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自分が置かれた状況とは裏腹に、外からは姦しい女たちの声と、子供たちが缶詰を蹴って遊ぶ騒ぎ声が聞こえていた。その日を待つだけの身となった私は、以前に図書館の文献で読んだこの国に伝わるハイヌウェレ型神話の一部分をおぼろげながら思い出していた。
男たちは成人するとき、人間と神の間の存在とみなされ、人間となるために生贄となった女性たちを狩猟と称して強姦し、殺す父と呼ばれる役割のものが殺す。そして、食べる。骨はココヤシの側に埋められ、その幹は血で赤く塗られる。
アオに殺されることはいい。しかし、その前に私に待ち受けているものを思うと、真夏の暑さの中、悪寒が止まらなかった。
数日後、アオが姿を現した。
「ユミコ。今日、祭が行われるわ」
沈痛な面持ちでそう話すアオの唇を見つめながら、私は自分の身体から血の気が引いていくのを感じていた。その代わりに毛細血管へ絶望と悲しみが流れて体中をめぐっていくかのように、涙が溢れて止まらなくなった。
「殺して」
私の口から言葉が割れてほとばしる。止まらなかった。
「お願い、アオ。今ここで殺して! 私、あの人たちのところに行きたくない!」
私はアオの足にしがみついて懇願した。しばらくして、アオがゆっくりと小屋の隅へと進み、そこに横倒しにしてあったカヌー漁で使う櫂を拾い上げた。私はアオの足元に正座して、その瞬間を待った。
私の頭を、微かな感覚がてんてんと叩く。
見上げると、アオは泣いていた。顔から落ちた涙が、私の頭に、そして見上げた顔に落ちて来ていた。
アオは櫂を握りしめ、歯を食いしばってむせび泣いていた。
「ユミコ……ゆるして!」
アオはそう叫ぶと手の中の櫂を捨て、顔を覆って外へ走り去った。残された私は、幼子のように大声を上げて泣いた。
涙も枯れ、それと同時に感情も枯らしたように私は、入口へ斜交いに漏れる陽の光を無言で見つめていた。女の声も、子供の声も、いつの間にか聞こえなくなっていた。
夕暮れ。外の闇から草を荒々しく踏み分ける音が近づいてきた。入口に目を向けると、男の影がそこにあった。夜の暗さに同化したような肌の黒い顔に、両目と剥きだした歯の白さが微かな光を吸い取ったかのようにぎらついていた。
暗い影が荒々しく私の身体にのしかかった。間近で顔を見る。
ドリだった。濁った眼が瞬きもせずに私を見つめ、開いた口からのぞく前歯が妙な臭気を放っていた。私はその正体を知っていたが、考えたくなかった。私は顔をそむけて歯を食いしばり、小屋の奥で咲いていた野良のインパチェンスやヘリコニアの花の色を数えて事が終わるのを待った。
誰かの叫び声が聞こえた。ドリの身体が離れ、私は自由を取り戻した。が、私は小屋の奥の花に視線を置いたまま、動かなかった。体中にはいよる気持ち悪さと不潔さの上に、絶望が肌に当たる夜気を従えて私の心を蹂躙していた。
妙に静かだった。もしかしたら、私は知らず自分自身の感覚を全て遮断しているのかもしれなかった。
しばらくすると、私は両脇から腕を通され、入口へと引きずられていった。相手は、私を連れて裏手に回ると、しばらく森の中をゆっくりと突き進んでいった。
どれぐらい進んだろうか。私を抱えていた力が抜け、私は深い草の中に投げ出された。
動いてはいけない。そんなことを言われたような気がした。拭き流れる風に草と草が身体をこすり合わせる音を聞きながら、私はいつの間にか目を閉じていた。