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村長の家に連れていかれ、私は弁解もむなしく、完全な村の敵とみなされた。奥の壁に貼り付けられた写真に写る村人たちの笑顔と、その傍に置かれた業務用の砂糖の袋が重苦しい雰囲気にそぐわず、私は他人事のように彼らの罵倒を聞いていた。
村の端の小屋に軟禁され、打ちひしがれているところに悲痛な表情のアオがやってきた。
「あの人たちを連れてくるべきではなかったわ。村は貴方を死刑にしようとしている」
「私も撃たれるの?」
「ドリは貴方も撃つつもりだった。私が止めたの。かつてはあんな子じゃなかった。村が彼を変えた。もし彼がここで生まれていなければ……。父たちは誰にも止められない。貴方を生贄にしようとしている」
「どうにかならないの? 私、この村に迷惑をかけるつもりはなかった。誤解を解きたいの」
「私だってそうしたい。本当の友達として、私を人間として扱ってくれたユミコを失いたくない」
「アオは人間よ。素敵な人よ。ここの人たちだって、きっと話せば分かってくれる」
私の言葉が終わらないうちに、アオは激しくかぶりを振った。
「あの人たちは女を人間と認めてくれない。女は祭に参加できないから。私、日本では人間だった。人間になれて、本当に楽しかった。でも、ここはM族の大地。大地に背けば、死んだ魂はあの暗い森の中で一人、姿かたちの見えぬ鳥となって、寂しく囀り続けるの。私はそれが怖い」
アオの潤んだ瞳にたまった涙がぽろぽろと頬を伝っていった。
「ユミコ、もしかしたら私、貴方を殺すかもしれない」
私は言葉を失った。
「私、貴方の『殺す父』に選ばれるかもしれないの。村長は娘である私を男として育てたかったみたいだし、私がユミコを好きなのを知ってるから、それを断ち切らせようとしているのがわかるの」
「そんな理由で、娘に友達を殺させようというの」
アオは私の言葉に顔を覆い、押し殺すように嗚咽した。
「ごめんなさい、ユミコ。でも、私はこの大地から離れられないの。例え貴方を手にかけようとかけまいと、貴方を助けることが出来ない」
私は絶望が胃の中で雨だれのようにじわじわと広がるのを感じながら、冷静に自分の状況を考えていた。自動小銃と車を持っている、地理に詳しい人間達の追っ手を避けて、車で一日かかる距離の街にたどり着く。
不可能だ。私は観念した。
軟禁された私はトイレ以外、外出を許されなかった。トイレに行くときは、外にいる見張りに話しかけて監視のもとで済ませなければならなかった。背中に小銃を突き付けられたまま、私は森の中へ分け入った。
ある日、私が用を足していると、視界の端に違和感を覚えた。目をやると、片目の潰れた白いセダンが川岸で横倒しになっていた。私は比較的新しいモデルのそれに、失踪したと河野が言っていた社員の事を思い出していた。
「あの女は闇に紛れて俺たちの仲間をひき殺した。そして報いを受けた。お前もじきそいつの後を追う」
それを裏付けるような言葉が背後からやってきた。振り向くと、ドリがいた。構えた小銃の先を村の方へしゃくるように向けて戻るように促している。
森から出ると、村の中心で老若男女が間を広くとって一所に集まっていた。見ると、石でできた無骨な台座の上に、輪島朝市でアオに買ってあげた玩具がせわしなく動いている。遠巻きに小屋に戻ろうとする私の視線の端で、アオがその男のような立派な両肩に砂糖を抱え、どこかへ運んでいく姿が目に映った。石川で玩具に目を輝かせていた彼女の姿を思い出し、私は思い出をどこかで裏切られたような気がして悲しくなった。