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 9月上旬。私の新学期が始まるのを目前に控え、アオが国に帰る日がやってきた。

 家族全員と悠一の四人で見送りに来ていた。私はアオとハグし、涙ながらに別れを惜しんだ。

「また冬に、今度はこっちから行くからね」

「約束よ。また会いましょう、今度はニューギニアで」

 父が「カメラ好きだろ、これ、その場で写真が出るやつ」と、ポラロイドをアオに渡した。使い方を通訳をすると、アオは喜んでそれを受け取った。

 アオが搭乗口に消えて見えなくなると、私は踵を返して滑走路を見渡せるおおきな窓の前に立った。しばらくして彼女を載せた飛行機がゆっくりと横切っていく。

 きっと、アオは窓から私たちを見ているに違いない。そう思った私はアオがどの窓際にいても自分が見えるように大きく手を振った。両手で空を半円にかくように、何度も、何度も。


 大学の後期末試験が終わり、クリスマスを間近に控えて、大学は冬期休暇に入った。

 ニューギニアに着くと、一人の日本人女性と現地の警察官二人が私を出迎えた。

「明石由美子さんですね? 驚かせてすいません。私はM族の村の付近で資源採掘を行っているY製作所の河野と言います。実は、レアメタルを採掘する際、彼らの生活用水である河川を汚してしまい、今、日本人とM族との間で緊張状態が続いています。そんな中、現地社員の一人が通勤で車を出したまま失踪してしまったんです。その経路はM族の村の付近で、行方を彼らにも聞きたいのですが、私たちでは話もしてくれません。どうか由美子さんに彼らとの仲立ちをお願いできませんか」

 気は進まなかったが、しぶしぶ承諾した。

 村に着くと、私の顔を覚えていた村人たちが破顔してこちらに近づいてきたが、後ろの三人の姿を認めると表情を硬くした。

「ユミコ。彼らはだれだ」

「実は――」

 説明している間に、私たちは半円状に囲まれた。河野と警察官たちが私と入れ替わるように前に出て、行方不明の女性について現地語で尋ねた。返ってきた言葉は明らかに敵意を含んだ否定のものだった。

 押し問答していると、村長ほか年寄連と、乾いた粘土で顔に模様を塗って人間が進み出てきた。それがアオだと分かり、私はハッとして言葉を失った。彼らは一様に、三人と私へ険しい眼差しを送っている。

「ユミコ。お前がこいつらを連れてきたのか」

 村長の言葉に、私ははっきり否定も出来ず、どうしてもと頼まれてと弁解するしかなかった。河野は責められる私をフォローするでもなく自分の主張をするばかりで、私は承諾するんじゃなかったと彼女を憎らしく感じた。

 いい加減しびれを切らせたのか、河野は一つ荒い息をついてネイビー姿の男二人へ視線をよこした。 

「見ましたよね? とりつく島もないんです。お願いします」

「我々は国家の安全と治安を維持する責任があります。が、二人では心もとないので、この事は一旦帰って上に報告し、後日また捜査人員を増やしてここへ戻ろうと思います。その際にまた非協力的であれば、強制執行も視野に入れるという事で。河野さん、ご了承ください」

「ありがとう。それじゃあ、帰りましょう。明石さん、ごめんね」

 何がごめんね、だ。どんな顔をして村に入ればいいんだ。河野へ憎々しげに送った視線の端で、村長の動く気配がした。

 竹を土間に打ちつけたような、乾いた音が小気味よく響いた。背中を向けていた河野とネイビーの身体がびくんと跳ね、糸の切れた人形のようにうつ伏せにその場に倒れる。

 私が悲鳴を上げるのと、アオが何か叫ぶのが同時だった。村人が倒れた三人と乗ってきた車に殺到し、手にしたもので殴りつけていく。

 顔を上げた私の目の前に、自動小銃を持った若い男が仁王立ちになっていた。その銃口は私の方を向いている。

「ドリ! 駄目よ、撃たないで」

 アオは強い口調でそう叫ぶと、河野の身体を背負い、村人たちに警察官の大柄な体を持つように指示を出した。アオと村人でめいめいに村の奥へ入っていく中、私も脇から腕を抱えられて村の中へ連れていかれた。

「殺さないで! 助けて、アオ!」

 私の叫びはむなしく空に消えていった。

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