1
R15か18か悩みました。
具体的描写を排し、一般小説にある程度の表現で収めたと判断したので15を選択いたしました。
空が真下へ遠ざかる。海が頭上へ落ちてきた。
それもこれも、私の父が外資系企業からフリーカメラマンへ下方転身(下方は母が命名した)して我が家の家計をひっくり返したせいだ。
無論そんなことはなく、父の影響で東南アジアに興味を持って大学の国際比較文化科に入学した私、明石由美子が、フィールドワークを目的にケアンズから定期船でニューギニアへと何度目かの渡航の際、時化の荒波が船の横腹を打ち据え、そのまま底をすくって裏返したせいだ。
翡翠色と天鵞絨色の水の深みに背中から落ちて呼吸が止まっていたのが功を奏したのか、気がつけば私は幸運にも水を飲まずに浜辺へ打ち上げられていた。背中と首を焼くような砂地の熱と瞼をさす太陽の眩しさに加え、腰回りまで打ち寄せる海の冷たさと寝起きは最悪だった。砂と海の他は湿った木が寄せ集まった原生林にぐるりと囲われていることに気づき、そこで初めて私は遭難した事実を胸に突き付けられた。
木々がお互いをこすらせる音がして振り向くと、男の子がこちらを見ていた。が、そう見えたのはその子の頭が縮れた髪を短く刈り込んでいるからで、肩口からたすき掛けするように赤と黒のチェックの布で体を覆った上から、微かに存在を主張する身体の線が私の第一印象をはっきりと否定した。
私の拙いピジン語はその女の子に通じたようで、むこうもそれで安心したのか私の笑顔につられるように微笑み、私たちは間もなく友達として握手を交わしていた。年下だと思っていたが、話を聞くと私とほぼ同年齢だった。若干背は低かったが、日々生きる事で培った男のような腕肩の太さと、ややひび割れて固くなった掌が印象的だった。
「私の名は、由美子。ユミコ・アカシ」
「私は、アオ。海を見に寄り道してて、今から村に帰るの。貴方は?」
「実は、船から落ちちゃってここがどこか分からないの。街まで戻らないといけない。もしよかったら、街までの道を教えてくれないかな」
「街はずっと遠くにあるよ。送ってくれるように村の人にお願いしようか?」
私はアオの言葉に甘え、彼女について足元の見えないジャングルをおっかなびっくり進んでいった。
しばらく行くと、開けたところにたどり着いた。種々雑多な芋や果実の畑が、強い日差しに照り付けられて視界の先に広がっていた。長い森の中を抜けた私の目には、まるでそれらも同じようにこの森を抜け出してその喜びを表現しているように思えた。
畑を越えると、村にたどり着いた。アオとよく似た服装をした人間たちの視線が、私に集中していく。あっという間に彼らに取り囲まれ、アオが傍にいなかったら、私は悲鳴を上げたかもしれなかった。
アオの説明を聞くと、老若男女反応はこもごもといったところだが、私を快く迎えようとするのが大勢のようだった。歓待を受け、食して眠り、翌日、車で十数時間かけて着く最寄りの街まで、村に一台しかないジープで送ってくれることになった。
「色々ともてなしてくれてありがとう、アオ。皆にもよろしく伝えてね」
「こちらこそありがとう、楽しかったよ、ユミコ」
「ねぇ、アオ。良かったら、日本にも遊びに来ない?」
「ありがとう。でも私、ここの村長の娘だから。父は私を男として育てたかったみたいだけど。……どっちにしろ、ここを離れるのは許してくれないかも」
「その事なんだけど、考えがあるんだ。ここの人たち、とてもいい人ばかりだから。きっと近いうちにまた会えると思うよ」
アオと握手を交わすと、最寄りの街まで連れて行ってもらった。そこの役所から領事館へ連絡を入れるとしばらくして迎えが来た。私は無事保護されて日本に帰る事が出来た。