転生者の末路
ルルヴァニアの戦い、スベンノ側に立って参戦したとある傭兵団の団長の話です。
今回は、彼の生い立ちです。
「ドラナム、今回はでかい仕事ができるらしいな」
そう言って俺の肩を叩いた男の名前も、それどころか顔さえも、俺はよく覚えていない。
長髪だったか?
それとも禿げていたか?
色白か?
それとも……
何にも思い出せない。
「たいちょー、帰ってきたらいっぱいしましょーね」
煩悩の赴くままに血を流させてきた女の数は覚、やはりえていない。当然、名前も、顔も。
「そうだな……いつも通り、な」
笑顔をうまく作れなくなったのは、いったいいつからだろうか?
*****
産まれてすぐ、前世の記憶があるということは、分かった。前世の容姿も、成績も、経済状態も、人との繋がりの希薄さも、覚えていた。
なぜなら、初めの生を遂げた直後に俺は出会っていたからだ。
腰まで長く、それでいて軽くカールした金の毛髪。頭部と足首、手首を除くすべてを隠すような白いワンピースを着た彼女は、いわゆる転生をさせてくれるそうだった。
だから、喜んだ。きっと変えられる。俺は自由を手に入れたんだ。俺は最強なんだ。チートなんだ。誰にも負けない。
あいにく特別な力をもらえなくてガッカリしたけれど、それでも良かった。彼女(俺は神様だと勝手に呼んでいるが)は、『普通の人間は転生なんてされないで天地の裁定を下されるだけなのですよ』と言っていたから。
転生されるという時点で他の奴らより優遇されたんだ。きっと神様が俺の前世の不遇に嘆かれたのだろう。
そんなことを考えて、俺は『ゲート』(と言うらしい)白い光を放つ扉をくぐって今世に生まれ落ちた。
*****
なんとも幸運なことに、俺はとある貴族の家に生まれた。(と言っても四男で相続権なんてなかったが)
俺が生まれたスベンノとかいう王国は、どことなくドイツに似ていた。というか、言葉がドイツ語っぽかった。
貴族の息子という相対的に見ても、絶対的な視点で見ても恵まれていたのであろう俺は、幼い頃より魔法の実験を繰り返して貴族の家を8歳で叩き出され、フリーの傭兵団『ダリス傭兵団』に拾われた。
そこで親代わりとなった男は優しく、そして強かった。
……それは覚えているのに、どうしても顔と名前を思い出すことができない。確か、ヘイス……なんとか、だったような。思い出せない。
俺が人の顔や名前を思い出せなくなったのには、理由がある。それはおそらく、生き急ぎすぎたからだと俺は思っている。
傭兵団に拾われてから15年近くたって、俺の魔法と剣技の恐ろしさは、スベンノだけでなく隣国のニファーナ、果てはかの帝国にまで轟いていた。
いわゆる内政チートで傭兵団を内部から改革していた俺には、剣と魔法の腕も相まって『ダリス傭兵団・団長』などという肩書きが付けられるようになった。
その頃は自他共に認める性豪としても名を馳せていた俺の愛人の数は、おそらく両手では数え足りない。何しろ覚えていないのだ。
ある時から何か自分に違和感を感じ始め、手当たり次第に散在し、モンスターを斬り殺し、女を抱きまくった。
そして暇つぶしに隊列を組んで『黒い森』のモンスターを倒しに遠征に出向き、全く危なげなく帰ってきた時、俺は気付いてしまった。
虚しい。
団長という位に就いて、女を常に侍らせて(勝手に付いてくるのだが)。
魔法も剣も、前世であれほど恋い焦がれたはずの、名誉も金も女でさえも。もう飽きていた。
きっとその辺りから、人として大切な『何か』が、俺というセカイの異物から消え失せてしまったのだと思う。
そんな折。祖国スベンノと、ニファーナとの大戦争という知らせが、俺の耳に届けられた。
唐突でしょうか。
いいえ、物語が進まないので駆け足なだけです。