第六話 砂上の攻防
「それと、エドワードさんが言っていた帝国軍の動きについて調べてみました」
蜜蜂へ向かう途中、ティアが切り出してきた。
ティアは情報処理に関して俺たちの組織の中でもトップクラスの技術を持っている。恐らく軍にハッキングを掛けて得たのだろう。
「『宇宙鼠』が現れたみたいです。その対応で帝国が動いたところを連邦に突かれてしまったようです」
――宇宙鼠。その言葉を聞いてアレンの表情が険しくなる。
人類はこの広大で未知の宇宙に対して夢と希望を抱き、地球外生命体との邂逅を願った。かつて宇宙へ打ち上げられたボイジャー探査機には、地球の文化や人類について、画像や音楽そしてメッセージを記録した「ボイジャーのゴールデンレコード」を収めた。未だ見ぬ未来人、地球外生命体が発見し解読される事を願って。時の大統領はこのゴールデンレコードを「プレゼント」であるとメッセージに込めた。
しかし、人類の純粋な思いは無残にも裏切られた。突如現れた地球外生命体は言葉を持たず、人の形ではなく体表は非常に固い鱗に覆われ、四肢には強靭な爪を持つ。そして背中には体内からガスを排出する管があり、宇宙空間を驚異的なスピードで移動する。神出鬼没の鼠はスペースコロニーを無差別に襲撃する。未だにその生態と目的は謎のままである。
「コロニーに被害は? 」
「確認された鼠は二匹で、B-2コロニーの外壁に損傷があるようですが犠牲者は確認されていません。まだ戦闘は続いているようですが…」
「そうか…」
アレンは未だ終息していないまま去ることに、煮え切らない感情を抱いた。何故、人類は一つにならず殺し合っているのか。宇宙鼠の数も種類も解明しきれていないなか、何故続けるのか。
人類が一つにならなくてはならない。そこには様々な思惑がある。
権力・経済・テクノロジー…あらゆる「力」と呼べるものを手に入れるために戦争をし、統合を図る者たち。
人類が明日に怯えるのではなく、喜びと共に迎えられる様に。それを夢ではなく現実とするために。新しい形の統合を目指す者たち。
二元性とコントロールで覆われた地球が、両者の戦いの地となる。
蜜蜂のハッチが開きウェリテスは着艦した。ウェリテスをハンガーに収め、コクピットハッチを開く。飛び込んできたのは乗組員達の大きな歓声だった。
アレンはシートから立ち上がることも忘れ、ただ目を丸くしていた。いつまでも降りてこないアレンに業を煮やし二人がコクピットまでやってきた。腕を引っ張り連れ出す。格納庫に降り立つと口々に「よくやった」と声を掛けられた。背中や肩を思い切りよく叩かれ、自分より一回りも大きい体格の人物から頭を鷲掴みにされてグシャグシャにされる。
アレンは内心困っていた。歓喜の出迎えにではなく、これらに対してどう反応したら良いのか分からなかった。
この光景は初めて見るものだったからだ。初陣からの帰還。命の駆け引きから戻るというのは、これほどに喜ばれるものなのか。自分の事ながら他人事の様な感想を持つ自分が奇妙だった。様々な感情からアレンはようやく引きつった笑みがこぼれた。徐々にその笑みはつぼみが開いていく様に自然な笑顔に変わっていった。
宇宙空間の航海は約一日かかった。蜜蜂は大気圏を突入し、今しがた地球へ降り立った。北大西洋上空を東へ進む。大佐――スコル・グレイマン大佐の部隊は現在、砂漠地帯の中継基地に停泊している。あと数時間で蜜蜂はこの任務を完了することになる。
アレンは格納庫に立っていた。先の戦闘によるウェリテスの状態を確認するためだった。
「…状態はどうですか? 」
アレンは整備主任へ尋ねた。
「右腕は使い物にならないな。応急処置程度じゃだめだ。そっくり付け替えなきゃなぁ」
主任は頭を掻きながら手に持つ端末を眺めて話した。「動かない訳じゃないが…」と呟くように付け足した。
アレンはあてがわれた自室に戻り荷物を纏めていた。中継基地までもう間もなく、二十分程度だった。アレンの胸中は蜜蜂の乗組員への感謝でいっぱいだった。出会って一週間も経っていないにも関わらず、まるで家族の一員になったかのように接してもらえた。彼らの尽力に応える為にもこれからの任務を全うしたい。より一層の決意を心に宿した。
突如として船内に警報が鳴り響いた。同時に室内の通信端末から呼び出し音が鳴る。応答するとモニターにティアの顔が映し出された。
「アレンさん、敵襲です。連邦の哨戒部隊が現れました」
ティアはそのまま続けた。
「グレイマン大佐の部隊へ救援を入れました。到着までウェリテスで凌いでください」
「了解! 」
アレンは応えケルビムを抱えて格納庫へ向かった。最悪のタイミングだ。目的地まで目と鼻の先だというのに。ウェリテスの状態を考えるとケルビムシステムの性能を十分に発揮することは出来ない。先の戦闘で160mm砲の弾薬は使い果たした。よってミドルレンジでの戦闘となる。右腕が使用出来ないことは大きなハンデだ。
アレンはパイロットスーツに着替えず、着の身着のままウェリテスへ乗り込みケルビムを接続した。
「レオ」
「あいよ! 」
気前の良い声が発せられるのと同時に、ディスプレイが赤を基調としたフレームに切り替わる。
アレンが使用するケルビムシステムには「タウ」、「レオ」そして「アキラ」の三種類が機能として搭載されている。それぞれが担う役割は中から遠距離戦闘をタウ。近距離戦闘をレオ。特殊工作活動をアキラが担う。
「援軍到着まで凌ぐ。右腕は戦闘で使えない」
「わかってるよ。ティアから敵の情報が今届いた…。フォルトゥ二機。相手に分があるが、蹴散らしてやるよ」
「アレンさん。敵の情報を送りました。フォルトゥ二機です。大佐の到着までおよそ十分の間、なんとか凌いでください」
「アレン! 気を付けろ。フォルトゥにしては足が速い気がする」
ティアとエドワードから矢継ぎ早に通信が入った。フォルトゥはヤヌスの上位機にあたる。この状況ではかなり厳しい戦いを強いられそうだ。ウェリテスはナイフとマシンガンを装備し格納庫ハッチの前で発進体制に入った。
ハッチがゆっくりと開いていく。アレンは鼻から深く息を吸い込みゆっくりと口から息を吐き出した。
「ウェリテス発進します! 」
ウェリテスは砂漠の大地に降り立った。砂塵を巻き上げながら、こちらへ向かってくる敵を視認する。
――蜜蜂には近づけさせない。左手に持ったマシンガンを構えながらウェリテスは突貫した。
貨物船から敵の人形が姿を現した。一機のみでこちらへ向かってくる。モニターに表示されたその光景を、リッチーはどこか虚ろ気な眼差しで眺めていた。
「なぁ…。ジミーのやつ、宇宙で死んだって? 」
「隊長が話してたろ。また寝てたのか? 」
ジェニファーは決めつける様にそっけなく返した。
「あいつの事は気に入ってたんだけどなぁ…。あぁ…。これは弔い合戦になるのか…? 」
「好きにしたらいいさ」
貨物船と下級クラスの人形一機。気に入っていた奴の弔い合戦の割に質素な中身だ。リッチーの相手をまともにしていては、馬鹿を見るだけという事は重々承知している。
リッチーのフォルトゥは両側の腰に装備されたマチェットを引き抜いた。そして速度を上げ一直線に敵へ突き進む。
続いてジェニファーはエーテル粒子ライフルを構え、援護の体制を取った。
剣先を下に向け鬼神の如く迫る。アレンはマシンガンを放つが、まるですり抜ける様にこちらへ距離を詰めてくる。
「くそっ! 」
あからさまに近接戦闘を仕掛けようとしてくる敵に焦りを感じていた。両腕が使えるなら望むところなのだが…。
「左だっ! 」
レオの声と共にウェリテスが回避行動を取る。敵の僚機による援護射撃だった。一瞬の隙を突かれ、敵に一気に距離を詰められた。
「アレン、やるしかねぇ! 」
「わかった! 」
意を決し近接戦闘を開始した。こちらとの距離は十メートル無いにも関わらず、敵は砂上を滑る様にこちらの銃撃を躱す。左下から振り上げられたマチェットを後方へ飛び躱す。その時、初めて敵の左肩に特徴的なエンブレムが付いている事に気が付いた。
犬? 狼か? 黒い獣が左を向いている。アレンはマシンガンでけん制しつつ距離を取った。先ほどのエンブレムの画像をティアへ送信する。
二本のマチェットは蛇の様にしなやかな軌跡を描きながら、ウェリテスを追い詰める。対してアレンはマシンガンで応戦した。お互いの攻撃は紙一重で躱されかすり傷を負わせる程度に留まっている。掠めるマチェットはウェリテスの外殻フレームを刻み、弾丸はフォルトゥの装甲を削り取る。
しかし追い詰められているのはアレンの方だった。モニターの右端に表示されるマシンガンの残弾数がそれを物語っていた。
「アレンさん。相手は連邦の特殊部隊『ジャッカル』です」
ティアからジャッカルに関するデータがモニターに表示される。ジャッカルは帝国の重要人物カルロス中将の艦隊を壊滅させた戦闘、「グリトニルの戦い」で大きく名を広めた。データを見ずとも敵の力量は痛感している。
「レオ。正攻法じゃダメだ。見せてやれ。おまえだから出来る既定の概念を超えた戦い方を」
「あぁ! やってやるさ。アレン…耐えなよ」
「なかなかやるねぇ」
リッチーは薄ら笑いを浮かべながら、ウェリテスへマチェットを振り下ろす。間合いを詰めてもすり抜ける様に再び距離を取られる。このような事は初めてだった。自分の間合いにさえ入れば、敵は四肢を切断されるだけだった。
リッチーにとってこの世で最も高揚を得られる時は戦闘のみだと考えている。思うように戦いが運ばなくとも、リッチーは焦らなかった。開けたことのない宝石箱が目の前にあるかのようだった。何を企んでいる? 右の脇腹に備えられているナイフではマチェットの相手にならないと考えているからか? これほどの技術を持ちながら格闘戦を避ける理由。それこそがリッチーを高揚させる正体だった。その答えももうじき明らかになるだろう。
ウェリテスはマシンガンを突き出し、フォルトゥへ発砲した。
――カチッ。
鳴るはずの轟音が姿を現さなかった。突き出されたままのマシンガンを見て、フォルトゥは一気に加速した。
――来たっ! 箱の中身はガラクタか。それとも七色に輝くような石か。マチェットを振り抜いたとき、それは姿を現す。
フォルトゥは左手に持ったマチェットを大きく右肩へ回し、確実に仕留める一撃を振り下ろす。
ウェリテスはマシンガンを手放した。左足を大きく後ろへ下げ、右腕を曲げ肘で顔をガードする様に持ってきた。
ウェリテスは下げていた左足を前に出し、フォルトゥの懐へ屈むように潜り込みマチェットを躱した。左手を地面に付け、右足をピンと側面へ伸ばした独特の体制をしていた。
ウェリテスはそのまま左腕で体を支え、倒立する様に右足でフォルトゥの頭を蹴り飛ばした。
「うぉっ! 」
リッチーは何が起きたのかまるで理解が出来なかった。フォルトゥの顔面を蹴られた? モニターの映像が乱れバランサーが不安定になる。
「何なんだ! 今の動きは? 」
よろめく体をなんとか支え、リッチーは再びモニターを確認する。ウェリテスは飛び上がり空中で体を回転させる。リッチーは目を奪われていた。機械らしい独特の動きではなく、まるで人間の様に華麗な動きに。
リッチーの駆るフォルトゥは遠心力がたっぷり加わった、ウェリテスの右足に蹴り飛ばされた。
「まだだっ! 」
アレンは頭の中身が天体の様にぐるぐると回っている感覚だった。パイロットスーツによる身体補助を受けずにケルビムを使用した結果だった。酷い吐き気が全身を駆け巡る。しかしこの絶好の機会を失う事は出来ない。
ナイフで止めを刺す! ウェリテスは左手にナイフを持ち替え、一直線に倒れこんだフォルトゥへ向かう。
しかし行く手をエーテル粒子の砲撃に阻まれた。苦虫を噛み潰す様に歯を食いしばり、アレンは倒れたフォルトゥから離れた。先ほどまでと違い、味方が傍にいないため遠慮なく打ち込めるのだろう。胴体アーマーの脇腹部分に穴が空いていた。幸い基本フレームまでは達していなかった。
ジェニファーは敵をけん制しながら、いつまでも起き上がらない間抜けの傍へ駆け寄った。
「死んだか? 」
「…なぁ。…くっくっく。見たか? 今の? 」
先ほど正に殺されるところであったにも関わらずこの間抜けは。一度、死ねばいい。その一回を施す役割に自分が買って出てもいいくらいだ。
だがこいつも感じている通り、人形に出来る芸当では無い。そしてあの足技。ジェニファーには心当たりがあった。
「カポエイラ」
「あぁ? 」
「地球にずっと昔からある格闘技だよ。詳しくは知らないが、一度見たことがある。足技を基本としたアクロバティックな動き。今のはまさしくそれだ」
「下級クラスのウェリテスに何であんな芸当が出来るんだぁ? 」
だらだらとした口調が気に障るが、まさしくその通りだ。
「リッチー。あいつを生け捕りにするよ」
「…一つ。あいつ体を支えるのにも、ナイフを使うのもわざわざ左腕を使ってんだよ」
じめじめした声でリッチーは告げてきた。リッチーのフォルトゥは起き上がり、再びマチェットを構え突撃した。
絶好の機会を逃した。装備はナイフ一本、カポエイラを駆使したとしても手練れが二機相手では分が悪すぎる。
「やるしかないよ! アレン! 」
「わかってる! 」
アレンもマチェット持ちのフォルトゥへ突っ込む。鉈の如きウェリテスの脚部がフォルトゥを襲う。マチェットで防がれる度に激しい火花が飛び散った。
しかし敵も先のウェリテスによる蹴りが効いているようだ。バランサーが狂ったのか、蹴りを受け止めるたびに僅かながらよろめく。ウェリテスは片足を軸にしてこまのように回り、蹴りを繰り出す。押されるフォルトゥはこれまでにない程に後ろへ下がり間合いを取った。
逃さない! 体制など立て直させるものか! 軋む脚を奮い立てウェリテスは鬼神のように猛進した。
「アレン! 上だ! 」
レオが叫び声をあげた。頭上には跳躍した銃持ちのフォルトゥがいた。まずい! ウェリテスは急制動を掛けた。目の前にエーテル粒子ライフルが数発打ち込まれた。
「くそっ! 狙いはこれか! 」
砂上に着弾したエーテル粒子は激しい砂塵を巻き上げた。周囲は砂埃に覆われマチェット持ちの姿が見えない。
その時、右側面から凶刃が襲い掛かってきた。咄嗟にウェリテスはナイフでいなそうとするが、パワーが出ず押し負ける。銃弾を障子で防ぐ様なものだった。あっさりガードをすり抜けたマチェットは、ウェリテスの頭部にその刃を突き立てた。