第四話 Feeding
ジミーはスラスターの出力を上げて、コロニーから逃走を図る貨物船を追う。僚機がやや後方、左右に分かれ追従する。
あの貨物船は異様だ。何故、単独で輸送をしている? 取るに足らない物資の運搬をしているからか? 自分のコロニーが襲撃されているこの時に動く必要があるのか?
ジミーはコクピットのインターフェースを操作し、長距離射撃モードを起動させた。ヤヌスは右手に装備している「エーテル粒子ライフル」を構える。本来ならば、長距離射撃モードでは人形を固定して精密に狙いを定める。しかしジミーは速度をそのままに移動しながら狙いを定めた。それ故に姿勢安定、進行方向や速度などを手動による補正が多々必要になる。
プログラムを立ち上げ、機械が場を整えるのを待ってから引き金を引くなど猿でも出来る。パイロットの技量無くして、機体の性能を引き出すなど有り得ない。ジミーはそう考えていた。
どんなに高く頑丈な壁が目の前に立ちはだかろうと、それを乗り越える事を可能にする要素。それは過去からの経験、技術の蓄積。これらは「力」だ。「今」を超える大いなる力だ。
ジミーは忙しく両手で操縦桿を操作しながら、ライフルを発射した。
放たれたビームが貨物船の左舷を掠める。それで十分だ。貨物船の装甲など紙も同然。直撃させては簡単に破壊させてしまう。現にビームが掠った左翼の縁が虫に食われた様に半円形に削がれ、焼けただれている。
奴の足を鈍らせる事が目的だ。これでデブリ内での航行に一層の重圧が掛かるだろう。
貨物船から弾頭が放たれ、黒い煙幕が形成された。どうやら、只の貨物船ではないらしい。さすがにジミーは機体を減速させた。視界が悪い中デブリに突っ込んで衝突するわけにはいかない。
煙幕を抜け貨物船を再度補足する。
(距離を取られたか…)
ジミーは再びライフルの照準を貨物船に合わせた。モニターにズームされた貨物船が表示される。モニターに映し出されている貨物船は、後部のハッチを開きつつあった。
ジミーは警戒した。いや、警戒よりも期待が大きい。もしかすると、これは「兎狩り」ではないかも知れない。その思いが胸の内に膨らんできていた。
現れるのは、虎か…獅子か…。ジミーは右の口角が吊り上がり、歪んだ笑みをした。モニターを凝視する。くじ箱に入れた手を、今まさに引き出す気分だった。そして中から帝国の人形が姿を見せた。
「はっ! 何を隠し持っているかと思えば、そんなお粗末な人形か! 」
現れたのは帝国のウェリテス。煙幕まで張って逃げるには、それなりのお宝を積んでいると期待したが。出てきたのは狼にも及ばぬ犬っころ。ヤヌスと大差無い人形だ。こちらの数は三、自分の機体は隊長機仕様だ。機動性とパワーは一般のヤヌス、ウェリテスを上回る。
敵はスラスターを点火し、貨物船のハッチから飛び立った。特に印象的なのは右肩に担ぐ様に長い銃身を持つ、大型の銃を装備だった。
(単騎の分際で長距離射撃用の武装? 止まった的がうろついていると思っているのか)
ウェリテス一機など期待外れもいいところだった。苛立ちの感情が腹の底で蛇がとぐろを巻くように蠢いていたが、今や冷え切った呆れに変わっていた。
「ジェフ! 俺が先行して人形を相手する。貨物船を押さえろ。エリック、後方から援護しろ」
エリックが乗るヤヌスは索敵仕様の為、火力が劣る。下手に敵に近づいてもやられるだけだ。指示を受け僚機がそれぞれの位置へ動き出す。
真っ直ぐこちらに向かっていた敵の人形は足を止め、両手で銃を構えて狙いを定めてきた。
即座にジミーは構えていたライフルで敵の左側面へ射撃する。これはフェイントだ。足を止めている奴はそのまま水平に右へ避けるだろう。上下はデブリが近くに漂っている。そちらへ逃げたとしても十分な距離を保てず即座にこちらが補足出来る。馬鹿でなければ上下へ逃げることなどしない。
右側面へ逃げる事を見越して、一気に距離を詰め奴の逃げ場所へ本命を打ち込む算段だ。
敵の足を打ち抜けば、宇宙空間における姿勢制御に乱れが生じる。背部に高機動用のブースターパックを装備しているが、それを打ち抜いては生じる爆発により簡単に鉄くずと化してしまう。それでは面白くない。徐々に追い詰め、嬲りながら四肢を撃ち落としていく。ジミーの思考は幼い子供が興味本位で虫の足をちぎる感覚に似ていた。自由を奪われた相手はその後どうするのか? 生物はそれでも生きようとするのか? 「純粋な好奇心」は時に、傍から見ると残酷に見えてしまうだろう。しかしジミーはそれを眺めながら悦に浸りたいという、好奇心に勝る感情があった。もがく対象を観察して楽しむ、ある種の「搾取」を行う事が目的だった。
数々の敵を屠って築き上げられた経験は決して虚栄では無い。地球において功績を称えられ、授与された戦功章がジミーの腕前を保証している。無論、フェイントも本命の如く打ち込んでいる。
「気づく事無く溺れろ。もがけ! 必死に空気を求め、水面を目指して逃げろ! 」
飢えた猛獣は相手の体に爪を立てようとしていた。簡単には殺さない。引き裂き、身動きを取る余力すら無くなったところで喉元に牙を立てる。何よりも自らが欲していたもの。それこそが至悦と成り得る。
ヤヌスが放ったエーテル粒子は紫色に発光しながら、獲物に食らいつく蛇の如くウェリテスへ襲い掛かった。
しかし、描いたビジョンが目の前に現れる事は無かった。戦功章も撃墜王の経験も意味を成さない、それは規定を覆す現実だった。
敵はその位置から移動する事無く、弓を引くように左半身を大きく捻ってフェイントの一撃を紙一重で躱した。そして右手のみで銃を支え、姿勢を変えることなく砲弾を放った。
ジミーは自分の目を疑った。既存の人形であの様な姿勢制御を行えるなど、見たことも聞いたこともない!
ジミーは急制動を掛け、方向転換をしようとするが間に合わない。猛スピードで一直線に距離を詰めていたが故に止まらない。砲弾の射線から離れられない。
「馬鹿な…まるで『人間』―― 」
ジミーの思考はそこで途切れた。砲弾はコクピットに直撃したエンジンを巻き込こんだ。ジミーは閃光に包まれ、空間に漂うデブリの一つとなった。
ジミーの後方を追従していたエリックは、自分の体が石になったのだと思った。体の動かし方が分からなくなったと言い換えた方が良いかも知れない。目の前で爆炎に包まれた隊長機。爆風で吹き飛ばされた破片がエリックの乗るヤヌスに降りかかる。重々しく鉄が打ち付ける音と共に、機体が揺れた。我に返ったエリックは咄嗟にヤヌスの両腕で防御の姿勢をとり、前方から飛んでくる破片から身を守った。
音と振動が止み周囲を索敵する。敵の姿がない。次の標的を貨物船に向かったジェフとしたのか。
エリックはデブリに紛れ、息を潜めた。戦闘開始から僅か3分弱、その短時間で隊長機が撃墜された。戦場に立った回数など、片手で数えられる程度の自分にあの敵を堕とすなど到底不可能だ。
「こちらエリック! 隊長が堕とされた、ブリッジ応答を! 」
しかし母艦へ援護を求めるも返事は無く、ノイズの音だけが空しくコクピットに響いた。
「くそっ! 煙幕と一緒に通信かく乱弾も打ち込んでいたのか…」
エリックはコンソールを拳で叩きつけた。今度はジェフへ通信を試みるが、結果は同じ。まさか、既にやられたのか…?
一対一では火力の劣るこちらが不利だ。ならばこのままデブリに紛れ、この「霧」が晴れるまで待つ。かくれんぼなら索敵仕様のこちらに部がある。そう考えヤヌスを一際大きいデブリの陰に移動させ、広範囲探索モードを立ち上げた。
震える手を誤魔化す様に操縦桿を握りしめる。自分の荒い呼吸音で鼓が覆い尽くされている様だった。
隊長の機体が爆発する姿が網膜に焼き付いている。あれが、戦場における死か… あまりに一瞬の出来事で悲観する間もない。だが、次にあの爆炎に包まれるのは自分かも知れない。その思いがエリックの胸中を占めていた。
コクピット内に突如、警報音が鳴り響いた。心臓が跳ね上がる。レーダーに反応…。レーダー上の敵を意味する赤い光点は、自機の下を移動し徐々に近づいてきている。
(敵…! やはりジェフもやられたのか…)
エリックは肩を大きく上下させ呼吸していた。レーダーで確認する限り、敵の接近速度は緩やかだ。まだこちらの位置を掴んでいない。このまま、デブリに隠れてやりすごせるか…。いや、その様な期待を持つだけ無駄だ。隊長を一撃で撃墜した奴が気づかずに通り過ぎる訳がない。敵との距離が六〇〇…五〇〇…と徐々に詰められる。ここに到達する前に逃げるべきか。
――隊長が敵のウェリテスへ一撃を放つ。
ウェリテスは左半身を捻りそれを躱す。
T字型のメインカメラが赤く発光する。
両手で構えていた銃を右手のみで持ち砲弾を放つ。
砲弾は一直線に彗星の如く隊長機を目掛け打ち抜いた。
――砕かれていく隊長が乗るヤヌスの装甲。
砲弾の浸食はエンジンに達し隊長は機体の爆発と共にデブリへ散った。
エリックの脳裏に先の光景が蘇る。何も出来なかった。呆然と見つめるだけ。連絡のつかないジェフも、同じ目にあったのだろうか…。俺も同じように……。
エリックは両手で頭を抱えた。零れた涙が透明なガラス玉の様に、パイロットスーツのヘルメット内で宙に浮いていた。自分も同じ目に合うことが怖い。それを認めたくない思いが感情を抑えつけていた。しかし思いと別に身体は、嘘偽りなくエリック自身を表現していた。
情けないとエリックは心の内で毒づいた。軍人として敵を目の前に、恐れて泣きっ面をしている自分。やられた味方を無下にし、逃げ隠れする自分。この世で最も卑下すべき存在は自分自身だと思えた。
やるしかない! 震える身体を押し黙らせる様に両手の拳で自分の腿を叩いた。エリックは意を決し、視線を上げモニターを確認する。ヘルメットの中には、まだ涙の水滴が漂っていた。
勝算はある。奴はまだこちらを補足していない。探し出そうと迂闊に近づいたところを背後から突く。出し抜く絶好の機会だ。
刻々と近づいてくる敵をレーダー上の赤い点が報せる。熱源探知をされない様に、スラスターの出力を停止した。デブリの陰に隠れ機を伺う。
距離二〇〇… 一〇〇………。
「うおおおおっ! 」
エリックはデブリから身を出し、腕部に装備されたガトリング砲を敵へ撃ち放った。不意を突かれた敵は、咄嗟に振り向く事も叶わなかった。轟音を鳴らし放たれるガトリング砲の弾丸により、爆炎による煙が巻き上がる。
銃身が焼き切れても構わない! エリックは心の内でそう叫んだ。
弾丸の雨が止む。画面には赤い文字で「OVER HEART」の表示が点滅していた。銃身は熱により赤色に変わっていた。まるで全速力で百メートルを走り切ったかの様に、激しい呼吸をしていた。額に汗が滲んでいるのを感じる。エリックはじっとモニターを見つめ爆炎が消えるのを待った。
(やった…。やったぞ! )
心臓がドラムに変わったかのように鼓動の音は大きく、全身を流れる血液にその振動が伝わる。全弾が命中した。この目で確認するまで安堵出来ないが、レーダー上に敵の反応は無い。隊長とジェフの死は無駄にしなかった。彼らの無念を一軍人として、果たす事が出来たという思いがエリックの鼓動を昂らせた。
「――なん…で? 」
爆炎が晴れていく。まるでコールタールの海から浮かび上がってくる様に、黒煙の奥から浮かび上がってきた。
モニターに映し出されているのは、無残な残骸となり漂うジェフの機体だった。
「なんで…味方の反応は無かったのに…」
考えられるとしたら一つ、有り得ないがそれしかない。敵は味方の識別信号を書き換えたのだ。だが、敵の本当の狙いは…
「――こちらの位置が…ばれた」
左側面から砲弾が一直線に、矢の如くエリックが乗るヤヌスを貫いた。