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Unity  作者: aula
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第三話 蜜蜂の針

「ゲート開きます」

「蜜蜂、発進しろ! 」

オペレーターの報告を受け、エドワードは即座に指示をした。一刻も早くこの宙域から脱しなくてはならない。

「対空監視を怠るな。敵が反対側にいるからと言って油断するなよ」

ブリッジにいる人間全員が分かっている事だ。それはこの張りつめた空気が物語っている。しかし、敢えて口にする事で全員の意識をより強く一つに結束させる。

「周辺に機影無し」

別のオペレーターが監視レーダーを確認して告げる。その言葉を聞いて僅かに胸を撫で下ろす。

「出力を上げて一気にデブリの中へ逃げ込め」

デブリの中では、この速度を維持することが出来ないが敵の目をやり過ごす可能性が高まる。ただの貨物船を少しいじった程度の蜜蜂は、通常の貨物船より速度が出せるものの人形を撒ける程ではない。


 蜜蜂がデブリへ近づく。デブリとの衝突を避けるため、相対的に速度を落としていく。全員が息をする事を忘れるくらい、全神経を集中させていた。

「デブリへ入りました。現在の速度を維持して宙域を離脱します」

オペレーターは安堵を隠さず、報告した。エドワードもふぅと溜息を漏らすが、表情は崩さない。安全圏到達まで気は抜けないが、どうにかなりそうだ。


 しかしブリッジにけたたましい警報音が鳴り響いた。一瞬何が起きたのか誰もが理解出来なかった。最初に我に返ったのはエドワードだった。

「何が起きた! 」

慌てた様子でオペレーターが確認する。

「熱源反応! 数は二…いや三! 真っ直ぐこちらへ向かっています! 」

「こっちに何が向かってんだ! 」

エドワードは声を荒げて問いただした。

「…連邦の『ヤヌス』です! 索敵仕様が一機混じっています」

哨戒に当たっていた部隊か。隠れていたのか。あと一歩のところだというのに…。

「くそっ! 」

エドワードは歯噛みする思いで、拳を艦長席の肘掛けに打ち付けた。

「煙幕と通信かく乱弾を撃て! …ウェリテスは発進準備だ」


 その時ブリッジの扉が開き、パイロットスーツを身に纏ったアレンが現れ、エドワードが座る艦長席の横に立った。

「エドワードさん、ウェリテスに乗せてください」

「パイロットは別の奴が船に乗っている。お前に死なれたら、作戦どうこう以前の問題だ」

エドワードは考える素振りすら見せず一蹴した。それでもアレンは引き下がらず、エドワードの目を真っ直ぐに見て続けた。

「ウェリテスは…そのパイロットの役割は殿を務めるという事ですよね」

エドワードはアレンを睨みつけた。



 蜜蜂は主に諜報任務を行う組織だ。エドワードはこれまで社会に、コミュニティに、人に溶け込み欺いてきた。数々の嘘という衣装を心身に纏う。相手には虚像の情報を与え、こちらは真実を手にするように仕向けてきた。だが今は「エドワード自身」の表情をしている。その事に気づいていながら、衣装を纏う気になれなかった。

 連邦の人形に追われたら、まともな装備の無い蜜蜂は逃げ切れない。そのため蜜蜂が逃げ切れるよう、ウェリテスは囮にならなければならない。帝国製の人形の中では下位クラスにあたるウェリテスがたった一機では、生存確率は極めて低いだろう。

「戦争の中で生きてんだ。わかってんだろ! 」

語気を強めエドワードは言った。その様な事は重々承知している。仲間は一人であっても失いたくはない。しかし戦争の中でその願いが叶うことなど無かった。常に小を犠牲に大を生かす選択を強いられ、そしてそれがキャプテンたる務めであった。


 しかし、アレンは臆することなくエドワードの目を見つめ返し言った。

「俺なら蜜蜂を逃がし且つ、敵を殲滅する事が出来ます」

「…なんだと? 」

とても信じられない事を口にするアレン。事前に渡された情報で、アレンがパイロットだという事は承知していた。戦闘において主要要素となる人と兵器。下位クラスに相当するウェリテスが敵を凌駕するなど、まず有り得ない。貨物船と見て敵が単機で襲撃するか? 酷い希望的観測だ。単機であろうと味方に連絡をされる。通信かく乱の効果時間も限られる。

この戦闘でクリアしなければならない条件は「迅速な殲滅」と「敵の物量を覆す力」だ。


 残りの要素である「人」…アレン。素人では無いだろうが、この状況を打開する事は百戦錬磨であろうと厳しい。エドワード自身の戦争における体験、経験が軍の不穏な気配を察知した。その磨き上げられた経験が、「有り得ない」と叫んでいた。

しかしアレンの表情は揺らぐことなく、真っ直ぐにエドワードの目を捉えている。

「正確に言えば、俺とこいつなら…ですが」

そう言ってアレンは持っていたアタッシュケースを前に出した。

「ケルビムシステム…。本部に備えられている量子コンピュータ。俺達をサポートしてくれる智天使です。こいつはその一部で、人形の性能をフルに引き出す戦闘支援システムです。軍で使用されているシステムも全て把握して敵の回避・攻撃パターンを分析、即座に対応する事が可能になります」


 無言でアレンと対峙する。ケルビムの存在は知っている。あれに触れて扱える人間は限られている。俺はその限られた人間では無いため触れたことは無いが、組織を支える重要な柱の一つである。


 これが「敵の物量を覆す力」と成り得るのか…? 言葉で言い合っても押し問答を延々と繰り返すだけだ。お互いが目で会話をした。初めてアレンの瞳が左右で違う事に気が付いた。右目は琥珀色、左目は青色をしていた。この目に馴染みのある光が見えた気がした。「戦士」の光が。

幼い顔つきから、無意識にパイロットだという事を忘れていたようだ。

「示唆か…」

エドワードは殆ど聞き取れない声で、呟いた。

「…いいだろう。アレン…必ず成功させろ」

「はい。必ず…」

力強い眼差しでアレンはそう応えた。




 【ビフレスト B-4コロニー宙域】


 ジミーに下された命令は周辺宙域の警戒であった。抑えていた憤りが漏れ出る様に、指が操縦桿を叩く。帝国のビフレストは四つのコロニーが十字になるように配置されている。地球側をB-1として時計回りに番号が振られている。友軍は敵の虚を突いて防衛ラインを突破し、B-3コロニー宙域で戦闘が行われている。自分達は離れた位置から伏兵を警戒し哨戒に当たっている。

「小蝿か…お前らは」

ジミーは味方から送られる友軍の戦闘を、映像で見ながら吐き捨てる様に口にした。

「隊長、何かおっしゃいましたか? 」

僚機のパイロットが尋ねる。

「……」

ジミーは無言で答えた。3機編成の分隊長を任されたのはいいが、自分に就いているのは世間知らずのひよっこ共だった。今はこいつらの顔を見る事すら苛立ちの種になる。



 宇宙に来てからというもの、こそこそと帝国の宙域を覗くだけの日々だった。敵の防衛ライン周辺をぐるぐる回る毎日。偵察で持ち帰った情報は、上の連中が考える進攻作戦の材料になるのか? 否だ。老人共が欲しいのは敵の情報ではなく、「何かやっている」という体裁を保つための記録だけだ。退役が顔を見せ始めれば、無難に日々を過ごそうとするのが奴らだ。

 宇宙での上官は自軍の兵を信用せずイレギュラーを恐れ、万事が想像通りに進む事を期待し保身に走るただの臆病者共だ。


 実際、現在の主戦場は地球だ。連邦と帝国も宇宙に領土を広げているが、地球からの輸入に頼る部分は尚存在する。宇宙ではお互い睨み合うだけの状況が続いていた。俺はというもの、本来であれば地球の戦場で武功を立てているはずだった。唐突に言い渡された異動命令により、その夢は断ち切られた。


 しかし、二日前にこの状況を変える情報を掴む事が出来た。鼠の姿を確認したのだ。鼠の動きを確認出来るなど、滅多にない事だ。鼠が確認された場所はB-1、2間。老人共はようやく重い腰を上げ、鼠の襲撃により帝国の防衛線が崩れた隙を狙う命令を出した。

 それでも、俺の前には障害が存在した。配属された部隊の連中は揃いも揃って、保守的な人間の集まりだった。他所から来た人間に発言力を持たれる事は、この上なく迷惑なのだ。

 これまで、俺は地球において数多くの敵を討ち取り、勲章を授与された。その様な人間を戦場に立たせ、戦果を上げさせる訳にはいかないのだろう。よって下された命令は、「襲撃する部隊が挟撃に合わないように伏兵を警戒しろ」であった。


 別同隊から鼠迎撃の帝国部隊が出撃したと連絡があった。連邦は敵の防衛ラインを前に機を窺っていた。先刻、帝国は鼠と戦闘を開始し、連邦はビフレストコロニーへ進攻を開始した。


 しかし始まってみれば、お粗末なものだ。両者の戦闘は拮抗しており奇襲の効果が、てんで生かされていない。

 宇宙における脅威は、敵軍より鼠の方が大きい。よって手練れは宇宙における主要な要塞や基地に多くを割かれている。連邦の火星基地から派遣された援軍は、戦艦一隻に人形五体。自分達が所属する部隊を合わせても、まともに戦える奴がどれだけいるのか。



「ジミー隊長! 機影を確認。この宙域から離脱しようとしています! 」

小型のレドームを装備した索敵特化仕様の僚機から通信が入る。捉えた映像が送られてくる。帝国の貨物船だ。

「隊長、母艦へ連絡を…」

「いや、やめろ」

臆病な老人共の指示など待つ必要は無い。

「あの貨物船を捕らえるぞ。やつらが助けを求めれば、前線に乱れが出るだろう」

思わず笑みが零れた。本音はその様な事どうでも良い。やつらは帝国の人間だ。一人でも多くこの宇宙から消えた方が我々の為だろう。どれだけ長い間、引き金を引く事が無かったか。老人共のお陰で鬱積した憂さを晴らすには丁度良い相手だ。

 ジミーは出力を上げ貨物船へ向かった。


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