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Unity  作者: aula
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第一話 心の錨

 【レオール帝国領 スペースコロニ―群 ビフレスト】


 田舎にあたるビフレストは四つのシリンダー型スペースコロニーで構成されている。ビフレストの中でも特に人口の少ないコロニーが「B‐4」である。B‐4唯一の港に定期便シャトルが到着した。



 シャトルの到着を報せるアナウンスが空しく港に響く中、二人の男女が降りた。


 アレン・ベルンシュタインは緑のチェスターコートを羽織り、右手には銀色の丸みを帯びたアタッシュケースを持っている。黒い髪は男性らしいショートヘアをしているが、どこか幼さが残る中性的な顔立ちだ。


「あー、よう…やく到着」

アレンは窮屈な空間から解放された事を実感するように伸びをしながら呟いた。


 アレンに比べ小柄なティア・ベルは、灰色のツイードジャケットに黒のタイトスカート、印象的な長い金色の髪をなびかせながら、アレンに続いてシャトルから降りてきた。

「そうですね。でも地球までは、まだまだ遠いので早く『蜜蜂』と落ち合いましょう」

ティアは淡々とした口調で応じる。大きくくっきりした目は灰色の瞳をし、その端正な顔立ちを白く透き通った肌がより引き立ている。



 アレンは到着ロビーを見渡した。里帰りシーズンでもないためか、港の中は閑散としていた。

(初めて来たけれど、予想通りの田舎っぷりだな)

小惑星帯にある本部から長い時間を掛け、火星軌道と地球の間に位置するこの場所まで辿り着いた。お出迎えが溢れかえる人間達でなくて良かった。それに、ここでの目的も達成しやすい。


「蜜蜂」は俺達を秘密裏に地球へ送り届ける部隊名だ。この港で蜜蜂の使者と合流する算段となっている。しかし、如何に同じ組織の人間であっても蜜蜂が担う作戦の特性上、彼らに関する情報は必要最低限しか与えられていない。到着ロビーを歩きながら使者を探す。




「ティアちゃん、『蜜蜂』って何の事か知ってる? 」

ふと気になった事をアレンは尋ねた。「蜂」というからには、蜂の一種だと思うが初めて聞く名だった。


「地球に生息していた昆虫で蜂の一種です。もう地球にはいませんが。二十一世紀頃から蜜蜂がいなくなる現象が確認され始めています。なので、かなり前からいませんね」

「二十一世紀…俺の爺さんも生まれていないよ…。そんな昔の事よく知ってるね」

「『ケルビム』に聞きましたから」

「あぁ、そうか。他にはどんな情報があった? 」

アレンはティアに視線を向ける。相変わらずの無表情だ。

「そうですね、蜜蜂は外敵に針を刺すと死んでしまいます。針を刺したまま残すのですが、毒腺と筋肉も一緒に残します。外敵に毒を送り続けるために。それで内臓を傷つけて死んでしまうみたいです」

「決死の一撃か…。でも蜜蜂には、そんな感覚なんて無かったんだろうね」

もしかしたら、「自然界の非情さ」と言うのかもしれない。でもそれは人間の視点であり、人間の表現だ。価値判断も感情も無いという事が、人間の俺には分からない。

「何を生かすか。蜜蜂は蜜蜂という種を残す為に生きていたみたいです。人間は…どうでしょう。似ているところはあるかも知れませんが、それを強いられている様に思います」

こちらの考えを覗いているかの様にティアは話した。確かにそうかも知れない。国や社会、文化、インフラ…あらゆるものを維持するために、人間は軍または会社など組織に属し与えられた役割をこなす。俺自身もそうだ。それが間違っているとは思わない。苦しいと思うことも、嬉しく思うこともある。でも、何かを…忘れてしまっている様に思えた。




 エントランスへ向かう途中で、アレンは40代後半の男が壁に背を預けながら端末を眺めている姿を目に捉えた。

(端末を見ながら、左手に黒い時計…話に聞いていたのと一致するな)

一度ティアに視線を送ってから、男へ近づく。

「すみません、この辺りで花を売っている場所をご存じありませんか? 」

勿論、合言葉だ。男は端末に視線を落したまま、問い返してきた。

「どんなのを探してるんだい」

「レンゲを…」

男は初めて端末から視線を上げ、アレン達の顔を確認した。

「…金髪の女の子とアタッシュケースを持った若い男…あんた達か。俺は『蜜蜂』のエドワードだ」

予想通りこのエドワードと名乗る男が蜜蜂の使者であった。豊かな顎鬚に鋭い目つきは、如何にも軍人上がりという印象を受けた。

「初めまして、エドワードさん。私はアレン・ベルンシュタインと言います」

左手を差し出し、エドワードと握手を交わす。

「ティア・ベルです。宜しくお願いします」

ペコっとお辞儀をしてティアは、簡潔に自己紹介をした。

「軍の貨物船を装ってあんた達を地球の大佐まで送る。…急いだ方がいい。時間が無いわけじゃないが、何やら軍が動いている」

エドワードはそう言って端末を仕舞いながら歩き出した。

「こっちだ」


 エドワードに続いて正面入り口を抜ける。コロニーの気象管理システムにより、外は茜色に染まっていた。ポケットに入れていた携帯端末を取り出し、時刻を確認する。午後四時十八分か… 正直ずっと移動続きで、コロニーの街並みを散策したい気持ちはある。しかし、エドワードの背中は断固として「作戦行動中」だと主張しているかに見え、口にする事が憚られた。


 駐車場に停めてあったバンへ促され、アレン達は後部座席へ乗り込んだ。

「軍に動きって、戦闘があったんですか? 」

後ろ手でドアを閉めながらエドワードへ尋ねた。

「いや、詳しい内容は分からないが仲間からの連絡があった。悪いタイミングってのは重なるからな…」

エドワードはため息を漏らしながら、車を発進させた。




 港を出てバンは農業地帯を走る。ここビフレストは農業を中心に栄えている。窓からは広大な麦畑が広がっている。今や地球から輸入された麦を人工的にここまで繁殖する事が可能となった。


「母なる地球」とは良く言うが、スペースコロニーにおける有機物の成り立ちを見ると非常に納得する。数多くの人工物が「母なる地球」に代わり、コロニーにおける有機物を育んでいる。勿論、その有機物には人間も含まれる。太陽に代わり照らし、雨を降らし、植物を根付かせる土の役割を果たす。更に有機物のリサイクルまで可能としている。それを思うと、目の前に広がる麦畑は飽くまで只の「麦畑」だ。


 そう感じるのは、地球で暮らしていた過去が自分にはあるからだろう。発達した技術力は人間の生命をも育む、それは素晴らしい事であり、偉業だと思う。だが「人類が生き延びるため」という点を重視した技術力は、生産性を与えない「自然の美しさ」について二の次だった。気象、日の出入り、温度など挙げたら切りが無いほど管理されたコロニーは「地球の疑似体験」の場に思えた。宇宙開拓時代から数世紀経っても、地球ほど自然が豊かな惑星は見つかっていない。


 窓からの風景を眺めながら、アレンは思いを馳せていた。地球の大地を踏むのは何年振りになるだろうか。

「地球での暮らしを知っていると、いつの間にか地球の自然を五感で感じる事が恋しくなっていました」

窓から拡がる風景が麦畑から住宅街に変わったところで、アレンは呟いた。

「そう言えるのは地球で育った奴だけだ。宇宙で生まれて死ぬのが当たり前になったこの時代に、その感覚は他の奴には分からんだろうよ」


 信号で車が止まり、公園の砂場で遊んでいる子供達の様子が目に入る。

「あの小僧達は人工物の混じっていない『地球で生まれた砂』を知る事があるんだろうか。もしかしたら、そんな事を疑問に持つ事も無いかも知れねぇ。学校で教えてくれるのは、発達した技術で地球と変わらない自然が再現出来るようになったってところだろう」

ルームミラー越しに見えたエドワードの目はどこか儚げで、もう取り戻せない何かを見送っているようだった。



「地球の砂とコロニーの砂は違います。上手く言えないのですが、生命…というか砂という存在以上のものがあります。地球に育まれた砂…。砂なのに地球全体を感じるような…」

何が言いたいのか自分でも分からなかった。伝えたい事があるのだが上手く表現が出来ず、もどかしく頭を掻く。そんな姿を見てエドワードは声を出して笑った。

「人間は脳みそだけで出来ている訳じゃない。肌や目、鼻を通してくる感覚は言葉で全てを表現しきれるもんじゃない。本や話を聞いたって分からねぇ」

「エドワードさんも地球にいたことがあるんですね? 」

「地球にいた頃は、火薬の臭いに囲まれていた。目に入るのは敵か味方の死体だ。ただ生き残る事に全神経が働いていた。脳みそが全てをコントロールしているようだった」


 エドワードの顔は険しい顔付きのまま続けた。

「時によっちゃ自然から伝わる感覚に苦しめられる事もあった。雨に打たれりゃ寒さに凍え、太陽の熱に体力を奪われる。その内勝手に脳みそがその感覚を殺していった」

「…そうだったんですか。すみません、無神経に喋り過ぎていました」

エドワードはフッと笑いルームミラー越しにアレンに言った。

「あの頃の俺はとてもじゃないが人間らしくなかった。戦争にもなればそうならざるを得んかも知れん」

そう言ってエドワードは路肩に車を停めた。アレンへ振り返り、直接目を見て言葉を続けた。

「だが、アレンお前は人間でいる事を忘れるんじゃない。考えて、感じて表現する事が出来るという事を忘れるな。戦争から生きて人間として帰ってこい」

エドワードからの意外な言葉にアレンは少々、目を丸くした。エドワードの声に後悔や自責の念は感じられなかった。それらを超えた大切な「在り方」を、アレンの内側に存在する大切な場所へ伝えている様だった。

 この言葉を決して忘れたくないと感じた。これが自分にとってアンカーの様な存在になってくれると思った。深く胸に刻み込むように

「ええ。約束します」


――そう応えた。


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