間違い電話
ヤフーブログに再投稿の予定です。
「君はいつもポジティブだね」とよく言われる。
「もしもし」電話の向うで男が不機嫌に言った。
電話を受けたのに名前も名乗らないなんて、近頃の日本人のマナーも落ちたものだ。
しようがないのでおれは用件を言った。「お宅の奥さんを誘拐した。……」
劇的効果を持たせるためわざと沈黙の時間を持った。
でも、相手の反応は意外なものだった。
男は受話器の向うでおれ以外の誰かに言った。「おい、お前を“誘拐した”というとぼけた電話だ。どうする? 」
「あんた、誰? 」知性のひとかけらも感じられない女が直ぐに言った。知性・教養がない女は嫌いだ。大抵、知性・教養のない女はちびでデブでブスだから始末が悪い。つまり、取りえがないと言うことだ。
「名乗るほどのものではない」と、おれは冷静に言った。
言ってから状況が少し飲み込めてきた。確認のためにおれは言った。「そっちは42-3005だろう? 」
「はは」と女は笑った。「うちは43-3005よ。間違い電話ね! あんた、誰かを誘拐したのだけれど脅迫電話をかけ間違えたのよ。とんだドジね! 」
他人を“ドジ”呼ばわりするなんて失礼な女だが、今、そんなことを言っている場合ではない。
おれの判断は間違いなかった。
おれは冷酷に言った。「面倒に巻き込まれたくなかったら余計なことはするな」
電話の向こうで女が言った。「分かったわ! 余計なことはしない! 」
携帯を切ると隣の部屋が騒がしくなった。おれは肩をすくめ、椅子をたった。
誰にでも間違いはあるものだ。でも、二度、同じ間違いを犯したらあの女の台詞ではないが“ドジ”だ。ここは少し落ち着いてから電話すべきだ。で、おれはコーヒーを飲んでHuluで趣味のサスペンスドラマを一本見て、今度こそ電話番号を間違わないないよう慎重にボタンを押そうとしたとき、玄関のチャイムがなった。人の大事な時に突然訪ねてくるなんて失礼な奴だ。
でも、人間として放っておく訳にはいけない。「どちらさん? 」おれは玄関ドアの向こうの誰かに言った。
「宅急便です」と、玄関ドアの向こうで声がした。“宅急便? ”。おれは、時々、通販で買い物をするが覚えがない。お中元の時期だが自慢じゃないが、そんな間柄の人はおれにはいない。でも、失礼なので玄関を開けた……。
本当、この世の中、嘘つきばかりだ。
“余計なことはしない”と言っておきながら警察に通報した“知性・教養がなく、チビでブスな女”。その上、嘘つき! 最悪だ。(後で知ったのだが、世の中にはかかってきた電話番号を表示する“ナンバーディスプレイ”という電話があるそうだ。みんなも気をつけたほうがいい)
警察なのに“宅急便”だと嘘をついた権力の手先……。
おれはこうして誘拐容疑で逮捕された。
おれが警察車両に乗せられようとした時、男がパトカーから降りてきた。おれが誘拐した女の夫だ。
刑事が「奥さんは無事だ! 怪我一つしていない」と夫に伝えた。
「どうして、妻を殺してくれなかった! 」と、男が言った。勿論、言葉でなく目で言ったのをおれははっきり聞いた。このことは、おれとこの男の二人だけの秘密にしておいてやろう。
おれの目から涙があふれた。(警察はおれのこの涙を“悔恨の涙”と勘違いしたが、そのままにしておいた)
おれはこの男が可愛そうでしようがなかった。おれはこれから裁判のかけられ、刑務所に行くことになるだろう。でも、おれは今まで一切犯罪を犯していない。スピード違反は勿論、一旦停止違反すらしたこともない。全くの初犯だ。刑期はせいぜい五年だろう。
でも、この男は“結婚生活”という刑務所に一生入れられたままなのだ……。
作品中の意見は主人公の意見であり、作者の意見ではありません。