第七話 大地母神と月の女神
大地母神はやさしい感じにしよう。
というか、おれの話をちゃんと聞いてくれるやつにしよう。
よく考えたら人型の神がことごとく自分勝手すぎる。
あとちゃんと仕事してくれるやつ。これ重要。
むしろ人型じゃない方がいいのか? 犬は作ったから猫とか。
いや、猫はダメだろ。自由気まますぎる。それに大地母神って感じじゃないし。
なら牛とか。ただの牛だと怖いので乳牛とか。
でも、おっとりすぎると時の長女神みたいなアホになったら困るし。
じゃあブタ? ニワトリ? だめだ畜産じゃなくて豊穣の神だってのでも兼任させた方がいいのかどうなんだいっそ植物にすればいいのか稲穂とか豆とか。豆はねーな。どうしよう。人型でいいか。よし。
そして出来たのがこちらです。
ひっつめの黒髪にお団子頭。
きりりとした凛々しい顔立ちに、黒縁メガネ。
すらりとした長身にブラックのパンツスーツ。
フリルのついた純白のブラウス。スーツに合わせたローヒールのパンプス。
手には知識や予定表が詰まったタブレットPCを持ち、いかにも仕事が出来そうな社長秘書っぽい女神が出来た。
なんだこれ。
「はじめまして、創造神ジョージ。何なりと御命令を」
うわあ、挨拶してきた!
いや別にそれが普通なんだけどさ。
これに驚いちゃうほど変なのしか作ってなかったという事実に突き当たり、ダブルのショックですよ。
「お、おはよう」
思わずキョドりそうになるおれ。
大地母神は不敵な笑みを浮かべ、メガネの位置を正す。
「あまり大地母神らしさはないですね」
メアリーが感心したようにうなずく。
いや、そ、そんな事ないし!
お団子頭にかんざし差して女子力あがってるし。
この金のかんざし、おはしに稲穂とかおしゃれじゃないか!
ブラウスもかわいいフリルついてるし、あと……あと。
「あと、おっぱいがデカい!」
思わず声に出す。叫ぶ。
大地母神はスーツからわかるほど、胸の双丘が盛り上がっていた。
「創造神! それはセクハラです!」
キッと睨んでくる大地母神。
すいません、失言でした。
「は、話は変わるけど、眷属いる? さすがに広い大地に人類バラバラに住んでたら、管理も大変だし……」
大地母神はなんとなく神ではなく、土地を維持する土地神様的な役目を持たせたかった。
しかし、そうなるとかなりの力が必要となる。私欲で暴走するような神だとアリゲータの大地そのものが荒廃してしまうかもしれない。
だから非常に不安で、ひどく悩んだのだが……。
「お願いします。現在、農耕を始めた人類は十二ほどの部族がありますので、それと同数を御用意いただければ最適かと。サンプルさえいただければ、それ以後はこちらで徐々に増やします」
タブレットPCを操作しながら、大地母神は正確な情報をくれる。
なんかすごい。すごい信頼できる。
はじめはどうなる事かと思ったけど、超仕事してくれそうじゃん。
どんどん要望に答えてあげたくなる。抱きしめて愛してるって告白したいレベルだよ。
またセクハラって言われそうだからしないけど。
「そうかそうか。大地母神っていうくらいだから、眷属は子供がいいのかな? 男の子と女の子どっちがいい? 十二人もだもんね。張り切っちゃうよおれ」
神からの要望を聞くなんてはじめてだ。
おれはウキウキしながらそう言うと、大地母神はビクッと小さく震え、その身を硬直させた。
え?
油の切れた機械みたいに、大地母神の首がギギギと動き、こちらを向く。
唖然とした表情で、口をぽかんと開けている。
そして見る見るうちに顔が赤くなっていき、端正な顔が照れだか怒りだかわからん感じに歪んでいく。
え、なんかマズった?
「ど、独身者に向かって、こ、子作りしようだなんて、さ、最低です! 最低! パワハラで訴えます! し、しかも十二人もだなんて。十二人も。ああっ」
独身だったんだ……。
それどころかこれじゃ男性免疫もなさそうだ。大地母神なのに。
悩みながら作ったせいで変な属性がついてしまったらしい。
社長秘書じゃなくてワーカーホリックのキャリアウーマンだったか。
やっぱりおれの作った神だな。変だ。どこに訴える気だ。裁判の神とかいないぞ。
「じゃ、じゃあなんか土のゴーレムっぽいもの作るよ。知能はそれなりで、自己判断は多少しか出来ない感じに抑えておくんで。細かい指示が必要な場合は直接命令してください」
たぶん、この大地母神ならそのほうがいいだろう。
眷属も自我が強すぎると、どうなるかわからんしな。
「完璧です、創造神。私の要望を的確に見抜くとはさすがですね」
そう言って笑顔でほめてくるが、まだ頬はほんのり赤い。
さっきの取り乱しはなかったことにする気だろう。
ういやつめ。
「大地母神よ。お前は大地恵美と名付けよう。名の如く、アリゲータに恵みをもたらす存在となるのだ」
「ありがたき幸せ。ご期待に添えるよう、微力を尽くさせていただきます」
「あ、あと外にゴーレム十二体作っといたから持ってって」
「はいっ」
大地恵美は仕事をもらってうれしそうに外へ出て行った。
働きぶり次第ではドンドン仕事を回してあげよう。きっと喜ぶに違いない。
うーむ。
最初はナニコレと思ってしまったが、結果的には想像以上の大地母神が出来たようだな。
よかったよかった。
仕事ぶりを見なければわからない面もあるが、おれの勘は成功を告げている。
きっと未来は明るい。
次は月だが……どうするかこれ。
太陽がただのファイアーボールだから満ち欠けもないんだよなあ。
今更変えるわけにもいかんし。石を空に打ち上げるのも芸がないしな。
衛星にしてしまうのもいいが、平面世界で衛星がぐるぐるじゃそのまま落ちてきそうだ。
空から吊そうか? でも、その吊すってどこからだ。
創造神の塔の天辺から透明な輪っか作って、その輪っかに月を通して回すとか。
やっべ想像したらすげえダセえ。その場限りの特撮映画じゃねーんだぞ。
あーだめだ。こんな悩んでたら大地母神の時と同じだ。
「では、私が月の女神をしましょう」
そう言ったのはメアリーだった。
えっ? 出来るの?
「許可さえいただければいつでも。これでも夜明けを告げる神ですから」
そうか。
夜明けを告げるからには、夜通し起きてるわけだから夜の神でもあるのか。
「まあ昼も起きてるんですけどね。昼寝の場合でも目やに作らないとですし」
昼もかよ! いつ寝るんだよ!
「神様なので寝る必要もないですから。ジョージだって寝てないじゃないですか」
そりゃそうだった。
そうか。おれは今、全日本人の憧れである『眠らなくてもいい身体』だったな。
毎日夜通しゲームしても平然と通学通勤できるとは夢のよう。
感動でブラック企業の社長も熱くなるな……。炎上的な意味で。
そういうことで、おれはメアリーを月の女神に任命した。
メアリーは穏やかな心を持ちながら激しい怒りによって目覚めた伝説の戦士のような金色のオーラを身にまとい、月の女神としてのちからを新たに獲得した。
そして、なんかババッバッと腕を複雑に動かしたかと思うと、
「破ぁ!!」
気合い一閃。
突き出した両手からでっかい岩の塊が飛び出し、家の天井を突き破って空高く舞い上がった。
「え、ちょっ」
いや、すぐ直せますけどね。創造神ですからね。
ただ心の準備というか、一言なんか言ってくれないとびっくりしちゃうというか。
飛び出た岩が大きすぎたおかげで、穴どころか天井まるごとなくなっとるやないかい。
衝撃で玄関のドアは吹っ飛ぶわ、部屋の中はしっちゃかめっちゃかだわでヒドい有り様だ。あーもう。
「出来ました」
空を指さすメアリー。
無表情のままだが、どことなく満足げだ。
ここは神の塔の最上部。
広がる大草原から見える空は、そのままアリゲータの青い空だ。
そこには、見事な昼の月があった。
ご丁寧に地球の月を模したのか、大小のクレーターによって描かれる模様がモチをつくウサギさんになっていた。
完璧だ……。
「いえ。太陽の問題が解決されたわけではないので、月の満ち欠けがないのはそのままなんですよ。これじゃ暦も開発されないのではないでしょうか」
「暦……? あっ」
そういやそうだ。
太陽球サンボールもほぼ同じルートを通るだけ、そして月は満ち欠けもなく宙に浮かんでいるだけ。平面世界だから月に影も落ちない。
これじゃ太陽暦も太陰暦も作れるわけがない。年月を計る物差しがないのだから。
他に時間を計るようなものがあったかなと考えを巡らすが、アホ三姉妹が思い浮かび慌てて打ち消す。そんなものなかった。時の神があれだった。
変化と言ったら天候くらいだが、それも雲や雨は気まぐれの風神雷神が張り切ったときに漏れ出でる程度。
そう言えば、季節もない。
ん?
季節がない?
そのことに、何か引っかかるものを感じた。
同じ日照時間。欠けない月。安定しない天候。
照れて赤くなる大地母神。独身。結婚願望。エア子育て。独り繁殖期。
「あ、ああああっ」
気づいた。
人類に繁殖期を設定したことを。
季節もなくほぼ同じ毎日。しかし天候が常に安定せず不安を抱えるなんて、種の遺伝子がいつ子作りすればいいのか混乱するだろう。
そりゃ人口安定しねーわ。ろくに子作り出来ないんだもん。
そもそも繁殖期なんて、安定した生活をすごせばなくなるような習性なのだ。
現に地球上では家畜化した動物に繁殖期なんてない。毎日新鮮な牛乳が飲めます。
動物的特徴が強いというだけで、人類特徴に盛り込むべきではなかった。おかげで矛盾を起こして種が増えないという状況を招いてしまった。
そして同時に、ゲンニンの耳短族をふがいなく思う。
お前らには別に繁殖期ペナルティなかったじゃん……なんで人口増えてないの。
頭を抱えそうになったが、何か別の事情があるのだろうと無理矢理納得した。
「私に四柱の眷属を作ってください。それぞれ春夏秋冬の四季イメージで」
「お、おう」
急にすんごいやる気になっているメアリーに押し切られ、おれは言われるままに作ってしまう。
ま、まあ、やる気ある子は好きだしね?
春は桜花のイメージ。
夏は新緑のイメージ。
秋は紅葉のイメージ。
冬はこたつのイメージ。
植物の妖精を思わせる、色鮮やかな小人たちが現れる。
「春が、いっちばーん!」
ピンクの髪、赤い瞳、花びらを思わせる薄桃色の装いをした春の妖精。
「夏だよぉ! 妖精たちが刺激する夏だよぉ!」
グリーンの髪、青い瞳、若葉を思わせる黄緑色の装いをした夏の妖精。
「……秋は、何処かもの悲しいね」
イエローの髪、オレンジの瞳、カーキ色した膝上丈のトレンチコートを身にまとった秋の妖精。
「ねむい。さむい」
茶色い木目の天板に、ベージュとブラウンを主調としたこたつ布団。そんなこたつから真っ白い頭だけ出した、糸目の冬の妖精――。
好き勝手に騒ぐ季節妖精たち。
春と夏は元気に飛び回り、秋は冬のこたつでくつろいでいる。
春はブロッサム。夏はリーフ。秋は十六夜。冬はこたつむりってとこかな。
ひとりコンセプトがおかしいのがいるが気にするな。即興だったからな。
「この子たちと私たちで一年を作りましょう。暦が出来るかは人類次第れすけれにょ」
きゃっきゃと騒ぐ春夏妖精に、頭や肩に乗られ髪の毛をおもちゃにされているメアリー。
ほっぺを引っ張られて語尾が歪んでも無表情だ。
え、おれも作るの?
「太陽球の管理はジョージがお願いします。太陽と月の女神になってもいいなら、私がそれもやりますが」
ふーむ。
おれは創造に専念って言いたいとこだが、ま、それくらいならいいか。
一度ギョンエーのときに太陽球動かしちゃったしな。
何ひとつ世界に干渉しないのもアレだ。
こうして四季が出来た。
日照時間も日々変化することになり、一日は約二十四時間で一年の巡りは約三百六十五日となった。
誰かが異世界から召喚されてきても馴染みやすいように、地球と似せたのだ。
なんと親切な創造神。おれの事だが。
繁殖期は秋とし、ウロコダインの繁殖期はうるう年と言うことになった。
ユリウス歴に合わせた一年にしたから、四年に一度必ずうるう年が来る計算となる。
ま、ここまで作っといても人類が日々の変化に気づかず、暦なんてスルーだったらそれまでなんだが。
メインは繁殖期を設ける方だから、それはそれでよし。
ついでにゲンニンと交流が盛んになったケモッタには、繁殖期が消えるという特性をつけた。
微妙にケモッタの繁殖条件がキツかったからな。共生を強化したい狙いもある。
ちなみに月の満ち欠けはどうしても無理だったので、メアリーに任せた。
太陽の外側を月が回ることになってしまったので、地球のような天体ショーは太陽自体を変えないと無理になってしまったのだ。
変にオリジナルにするとツケが来る良い例ですね。
でも、まあおれのイメージ力で平面世界に天体の恒星が共存する世界観は無理があったし、かといって『太陽神』なんていかにも力強い最高神みたいなのは作りたくなかったから、なるべくしてなったとも言う。
その結果、月のウサギさんがなんやかんややって、欠けたり満ちたりのイリュージョンをしてくれる事になったそうな。
あとパッと見で、ここが地球上ではないとわかるベタな仕掛けも作っておいた。
いやあ異世界召喚者の驚く顔が楽しみだなあ。
どうやって来るか、ホントに来るのか知らんけど。
「しかし、どうして急にやる気になったんだ。今まで前に出てくる事なんてなかったのに」
月の女神の申し出から、メアリーのテンションが微妙に高い。表情がなくてわかりにくいが微妙に高い。
今は落ち着いたようだが、ちょっと不自然で気になったのだ。
「…………」
メアリーはその問いに、めずらしく無言で、ふいと視線を逸らした。
『大地母神に喜ぶジョージを見て、ちょっと働いてみたくなっただけです』
そして聞こえる心の声。
あれあれ? おやおや?
これはこれはジェラシー? ヤキモチ? イカスミ焼き?
はっはっは、こやつめ。
感極まったおれはメアリーを抱きしめると、そのまま回転した。
世に言う抱っこぐるぐるである。
首のすわっていない小さいお子さまにはしないでください。
『ジョージ……ジョージ……ちょっ……』
されるがままのメアリー。回転で首がガクガク揺さぶられているせいか、心の声も途切れがち。
しがみついている春夏妖精は楽しそうだ。
「はっはっは……」
回転しすぎて、そのうちおれも気持ち悪くなってくる。
これも受肉の影響か。寝なくてもいいのに回転で酔うとはままならぬものよ。
「そ、創造神!? 一体なにが……」
回転疲れでぐったりしていると、ドアのなくなったー玄関に大地母神の恵美が立っていた。
まあ、ちょっといない隙に家が半壊してたらビックリするよね。
若干顔が赤いが、いつからのぞき見してたのかは問わないで置いてあげよう。
「ちょっと一仕事したんでな」
おれはそうとだけ言うとニヤリと笑った。
創造神は多く語らないのだ。
「そ、そうですか……」
あまり納得してない様子でチラチラおれらを見ていたが、はっと我に返り手に持つタブレットPCに目を落とした。
「ご、ごほん! 創造神に報告したい事があります。人類の事なのですが、少々気になる事例がありまして」
「気になる事例?」
「はい。想定のことなのか私には判断がつきませんので……」
大地恵美は、そう言って顔を曇らせる。
一体何のことだろう。
そこまで深刻な事態になるなら予兆くらいはあったはずだが、見た限り大規模な何かが起こっているようには思えなかった。
土地活用的な話かな? と、おれが首を傾げていると、
「現在、大量のスケルトンが発生し、人類の最大派閥となっております」
彼女は、タブレットPCの画面をこちらに見せた。
「なんじゃこれ……」
思わず、絶句した。
それは一枚の写真だった。
骨だけになった人類の行列。スケルトンたちの白い髑髏で、引きの画面がいっぱいになるほどの大行進が写っている。
中心には、玉座付きの御輿。
そこに座ったスケルトンは、王者の風格を持ち、天に向かって大口を開けていた。笑っているのだ。
それはまさに人類の王だった。




