9.あの子は探すと見つからない
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というわけで、街の中をふらふらと散策してみているんだけれど、やっぱりというか何というか、エーカちゃんは影も形も見当たらなかった。
探してみると見つからない。
まあ真剣に探してみるのはこれが初めてなんだけど。
たいてい思いも寄らないときに現れるからねえ。いつ会っても制服だし。
そういえばエーカちゃんってどこの高校に通ってるんだろう。この辺じゃエーカちゃんと同じ制服の子を見かけた記憶がないんだけど。
……んー、謎の多い子だよねえ。
ミステリアス・クールビューティか。
羨ましい肩書きだねえ。
ウチも昔は不思議ちゃんとかって呼ばれてたこともあったけど、それとこれでは意味合いが大きく違うよね。
まあ、ウチが高校生だった頃は、遠巻きに敬遠されてたんだけどね。
目的はあっても目的地はないので街中を散策してみている。休日だから老若男女たくさんいる。喫茶店を覗けば高校生や大学生も集団で騒いでいるし、香水店には女子高生がたくさんいた。
香水店の前を通ると、あのもの凄い匂いでいつも軽く噎せてしまう。どうにもウチはあの手の匂いが苦手らしい。前を歩く人の煙草の煙が流れてきたときも同じように噎せるから、ウチにとって香水は煙草の匂いと大した違いがないみたいだ。
高校時代に、友達と言うほどじゃないけど顔を合わせれば世間話くらいはしていた同輩にそんな話をしたら、「いくらなんでもそれは女っ気なさ過ぎ」と呆れられた。
そんなウチだから当然化粧なんてさっぱりしておらず、いつだってすっぴんだ。アクセサリーの類も一切装備していない。
だって、ねえ。
他の人ならいざ知らず、ウチが見てくれを着飾って取り繕ったところで、大して変わり映えはしないからさ。
それはもちろん、ワタクシは着飾る必要なんてなくってよオホホホみたいなそれではなく。
素地が悪いから後付けではどうにも手の施しようがないというわけで。
だからむしろ、ウチは着飾ることに嫌悪感すら感じてしまう。
きちんと化粧をして、アクセサリーで少し飾り、髪型を整え、服装にも細心の注意を払ってばっちりのコーディネートを決めて。
そうした姿で鏡の前に立った、鏡の向こうの自分の姿に、違和感しか感じられないのだ。
言ってみれば、そう。
こてこての日本人形にシンデレラのドレスを着せているかのような。
そんな違和感。
馬子にも衣装、とは言ったものだけど。
どんな馬子でもいいってわけじゃあないだろう。
飾りげはないのが一番だ。
誰に見られて困ることもなし。
見てもらいたい人もなし。
そういうわけで、ウチは今日もしっかりすっぴんだった。
顔を洗って歯を磨くくらいはさすがにするが、髪には入れても手櫛、基本的に放置、朝に鏡なんて見たことはない。
しかしまあ、我ながら女子としてどうなんだろうとは思わなくもない。
とか何とか考えながら、数日後。
「最低限のお化粧は、した方がいいと思いますよ」
古崎さんにそんな話をすると、古崎さんはそう言った。
「んー、そうなのかな」
「はい。ほら、お化粧ってその、綺麗に見せるっていうこと以外にも、日の光から肌を守るって言うの、あるじゃないですか」
「あったっけ……ああ、あったね」
よくCMでやってる、最近流行の……何だっけ、
「友愛カットだっけ?」
「それカットしちゃダメなものですよ絶対」
そう言って、ころころと古崎さんは笑った。何か……いいなあ。新鮮な反応だ。
これがアイちゃんだったらジトッとした目で見返すだけか「むしろあなたが鮮やかにカットして下さい私に対して」とか言ってくれるんだろうし。エドワード君なら「えー……リスキーな化粧品ですね。使う人いるんですかそれ」とか呆れてくれるんだろう。エーカちゃんなら何て言うだろう。何か面白いこと言ってくれそうな気がする。お洒落に捻りのきいた感じで。
「その場合正しくは、UVカットです」
「ゆーぶい……って何だっけ。ユニバーサル?」
「ウルトラヴァイオレットですよ。紫外線ですね。これを浴びすぎると皮膚ガンになっちゃったりするそうです。よくても将来的にシミができてしまうかもしれません」
「ほあー……詳しいね」
心底感心してると、古崎さんは眉尻を下げた表情で、
「え、いえ、これはそんなに珍しい知識じゃないと思うんですが……」
そうなのかな。そうなのかもな。そうなんだろうな。
ウチに常識がないのはいつものことだ、うん。
「今日は江ノ島君は?」
「大学に行っていると思います。今日はついて行かなかったんです」
だからここにいるわけだ。駅前のベンチである。お陰でウチも古崎さんに会えたというわけだ。
ちょうどいいから、ウチはアイちゃんに相談して決めたことを古崎さんに提案してみた。
「んー……それは、できるのであれば、いい方法だとは思いますが……」
あんまり乗り気ではないみたい。
「やっぱり胡散臭いかな」
「あ、いえ、胡散臭いというか……江ノ島君は、疑り深いということはないんですけど、人並みには、その、ですので、難しいんじゃないかと」
「そっかあ。やっぱりそうだよねえ」
ではどうしようか、と考え込んでいると、古崎さんは困ったような笑みを見せた。
「やっぱり、そのまま待つのが一番でしょうか。下手に何かするよりも……」
「んー……でもそれは、嫌なんでしょう?」
訊くと、古崎さんは難しい表情で小さく頷く。ウチは笑顔を見せた。
「出来ることがないわけじゃないんだよ。無理にとは言わないけど、望むなら努力しなくちゃ」
江ノ島君にとっては有り難迷惑なのかもしれない。何を言ったって江ノ島君にとって、古崎さんは喪われている。それをさらに喪わせるのは、酷なこと、いらないことなのかもしれない。
過去に固執することは、別に悪いことだとは思わない。それで救われることはないにしても、慰めにはなることもある。
後ろばかり振り返っていては、確かに前には進めないだろう。でもそれを無理に前を向かせて歩かせるのは、必ずしも正しいとは思えなかったりもする。
しかし、だ。
古崎さんが望み、ウチがやろうとしていることは、もしかするとこの、無理矢理前に進ませようとしているということかもしれない。
有り難迷惑。
いや。
単純に、ただの迷惑かもね。
それでも、江ノ島君には前に行ってくれなくっちゃいけない。
古崎さんが望んでいるんだから。
ともすれば、これはウチの信条に反しているかもしれないけれど。
賽は投げられた、って奴だ。
投げたのウチだけどね。
しかも暴投気味。
「うん。それじゃあやっぱり、エーカちゃん探した方がいいかな」
弾みをつけて、ウチは立ち上がった。
「えーかちゃん?」
首を傾げてこちらを見上げている古崎さんに、ウチは頷いた。
「ウチの友達。何て言うかね、カッコいいファッションしてる人。見かけたことないかな。女子高生なんだけど」
「カッコいいファッションと言うと……」
んー、とウチは腕を組んで考えた。エーカちゃんっていつ会っても制服だけど、いつも違うもの装備してるからなあ。
前衛的、というのか。
「何て言うか……何か決まったアクセサリーをたっくさんじゃらじゃらさせてるとか、そんな感じの」
「あー……そんな感じの人ならさっき」
ひょいっと古崎さんは向こう側の通りを指差した。
「あっちの通りを、歩いていたと思います。手とか足に、たくさん輪っかを通した女子高生」
おお。それはエーカちゃんに間違いない。
「え、ほんとに? どれくらい前?」
「そんなに前じゃないですよ。ついさっきです」
そいつぁいいこと聞いたぜ。まだ間に合うかな。
ウチはぐっと拳を握った。
「それじゃあちょっと探してくるよ。またね古崎さん!」
手を振り返してくれた古崎さんの姿を見届け、ウチはエーカちゃんが歩いていったという方向へ急いだ。
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