20.君のそれはどんな小技なのかな
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『さて、では実際のところどうやって江ノ島氏に古崎嬢の言葉を伝えるか、ですが』
ドリンクバーから入手してきた珈琲にだばだばと砂糖とガムシロップを注ぎ込みながら、エーカちゃんは切り出した。
『どうやって……そういえば、どうやって? うん? ウチが江ノ島君に代弁するんじゃないの?』
ウチも同じくドリンクバーから持ってきたお茶を啜る。エーカちゃんは大量の筒砂糖とガムシロップを持ってきていて注意されるんじゃないかとひやひやしたけど、店員さんは見て見ぬフリをしていた。
『代弁……そうですね。それも悪くはないのですが』
追加投入された糖類でカップの八割程度にあった珈琲の水面が表面張力でぷるぷるするまでになっている。
あれは絶対に飽和してる。
沈澱した砂糖がカップの底で山脈を築いていると思う。
『やはり印象は大事だと思いますね』
『印象?』
『ええ。 工藤さんの代弁ですと、工藤さんの言葉、という印象をどうしても拭いきれない。古崎嬢の声音、口調、情感までは、再現することはできませんからね』
『成程』
確かにそれは無理だな。それにこれは、演技力云々の話でもないだろうし。
『最善策は手紙――それも、直筆が望ましいんですがね。まあ遺言書と言う奴です。あるいは死後文、でしょうかね。 しかし古崎嬢は既に亡くなられているのですからそれはできない。となれば方策は一つです』
エーカちゃんはティーカップの取っ手に手を添えた。
『代筆です』
そのままひょいと持ち上げる。ただでさえ表面張力でぷるんぷるんしていたところを、そんな何の気なしに持ち上げなんかしたらうわ零れるよとウチは思わず声を上げかけたが、大惨事になることもなくエーカちゃんはそのまま珈琲を啜った。
『どうかしましたか?』
『………いや、何でもないよ』
なぜ零れない。
『古崎嬢の生前の筆跡を知りようのない以上、筆跡を真似ることはできないでしょうが、それでも代筆であれば江ノ島氏が認識する印象は視覚情報に限ることができます。それを読み取る際には江ノ島氏自身の脳内音声、もしくは古崎嬢の記憶音声による再生になるでしょうからね。また、代弁の場合は工藤さんは古崎嬢の言葉をシャドーイングしなければなりませんが、代筆なら聞きながら書くだけですから難易度も下がります。もちろん、見栄えのいい字で、という条件は付きますが』
エーカちゃんはことり、と上品にカップをソーサーに置いた。
さり気なく覗き込むと、カップの中は完璧に空っぽだ。一山の沈澱もない。
どんな技術なんだろう。
『まあ、長々とは言いましたが、正直割とどうでもいい小技かもしれませんけどね。しかし小技は大事なんですよ。外堀はさり気なくかつ効果的に埋める。これが鉄則です』
と、そうエーカちゃんは言った。
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