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心渡し  作者: FRIDAY
19/28

19.信じてもらえないかなあ



 ●



 江ノ島君は微動だにしない。

 顔から血の気が失せている。

 ただ、テーブルの上に置かれた江ノ島君の手だけが、強く固く握り締められていた。

 エーカちゃん流『一発(中略)説得術』。

 二人だけの秘密を知っていること。

 使い方にもよるけど、これはかなり大きな力を持つのだそうだ。


『特にこういう場合にはよく用いられる話術でしょうね。鉄板と言っていいでしょう』


 エーカちゃんはにやにやと笑いながらそう言った。


『鉄板?』

『ええ。亡くなった恋人の霊。その人の言葉を第三者が伝えるためにまずその相手の信用を勝ち取るための台詞。何だかアヤシゲなその第三者の言う恋人の霊は本物であると信じさせるための論術。絶対に二人しか知らない知りようのない知る由もない二人だけの秘密を開示することによって相手の度肝を抜きこれから告知する恋人からの言葉に厚みと重みを与える。この状況はこれの典型と言えるでしょう。――まあ、ぶっちゃけて平たく言うところの、コールドリーディングダイレクト版って奴です。ただし注意して下さい。これ、使い方、使うタイミングを誤ると相手を激昂させて不信感十割増になって頓挫する危険もあります。ちょっとした諸刃の刃ってところです。そこだけ留意していただければ、これはかなり大きな効能があると言えましょう。まあ古崎嬢と江ノ島氏にそのような想い出があることが絶対条件ですが』


 絶対条件は、満たしていた。

 古崎さんに訊いたところ、古崎さんは長いこと悩んだあとで恐る恐る、教えてくれた。

 考えてみれば。

 そもそも、二人だけの秘密、というものは、そんなにあるものでもないのかもしれない。

 加えて、必ずしも互いに覚えている、互いの認識が一致している、とも限らないわけで。

 さらには、『二人だけの』秘密を言葉通り『第三者』のウチに教える、ということが既に抵抗あることなのかもしれないわけでもあり。

 そう思えばこの手法、確かにエーカちゃんの言うとおり、よく使われると言う割にはかなり博打の要素が大きい。

 でもまあ、幸いにも、今回は何かしらの効果はあったようだ。

 江ノ島君の硬直具合を見る限り。


「どう……して」

 掠れた声で、江ノ島君はようやく言葉を紡いだ。


「どうしてあんたが、それを知っている?」


 ビンゴ。


「古崎さんから教えてもらいました。江ノ島君に信じてもらうために」


 江ノ島君は黙り込んで、自分の手を見つめ始めた。

 古崎さんは未だ俯いたまま何も言わない。

 沈黙。

 この沈黙を利用して、ウチはこの後の展開を模索する。

 正直に言って、状況は(多分、感触として)それ程悪くはない。でもそんなに芳しくもない。

 少なくとも、事前にエーカちゃんとシュミレーションしていた運びとは違う――まあ、そのエーカちゃんがそもそも「こういう都合のいい展開にはまずならないでしょうね」と言っていたのだけれど。

 さて、どうしようか。

 最終目標、というか、うん、目指すところは『江ノ島君の納得』だ。

 江ノ島君の納得。

 すなわち、江ノ島君の前進。

 古崎さんの望み。

 江ノ島君が古崎さんから離れること。

 そしてそのために。

 江ノ島君に古崎さんの言葉を伝えなければいけない。

 どうしたらいいのかな。

 どうしよう。


「――――え?」


 ウチもウチで自分の頭の中に沈んでいたために、江ノ島君が何かを言ったのを聞き返してしまった。


「だから、静香の言葉って言ってましたよね」


 かすかな苛立ちを浮かべながらも、静かな声で江ノ島君は言う。


「あ、はい。そうです……信じてくれるんですか?」


 思わずそう言ってから、何だかもの凄く間抜けなことを言った気分になった。江ノ島君もウチをそういう目で見てくれる。

 阿呆な、あるいは残念な人を見る目。

 ふっ――もう慣れたもの、サ。


「取り敢えずは、聞くだけ聞きます。信じるとか信じないとか、そういうのは別として」


 低い声で、江ノ島君はそう言った。何か感情を抑えているように見えたけど、どんな感情を抑えているのかは、今のウチにはまだわからない。

 でもまあ、取り敢えずはステップクリア、かな?


「わかりました………では、これから古崎さんの言葉をあなたに伝えます。それをどう受け止めるかはあなたに任せます。それを本当に古崎さんの言葉なのかどうかを信じるか信じないかも、その言葉を聞いてこれからあなたがどうしていくのか、何も変わらないのか、それとも古崎さんの願い通りに変わっていくのか、全てあなたに任せます。ただ、これだけは忘れないで下さい」


 ウチは、江ノ島君の目をまっすぐに見た。


「これからあなたに伝える古崎さんの言葉は、古崎さんの心です」


 少なくともウチに見えている古崎さんの、などと、思わず雰囲気ぶち壊す注釈を入れそうになった。

 危ない危ない。

 いくら拘りといえども。

 その程度の分別はある。

 だからウチの心の中で呟くに留めた。

 江ノ島君は頷いた。

 それを見届けて、ウチは自前の手提げ鞄を探り始めた。



 ●



 


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