18.大抵の人はドン引きであろう
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ああ、そうか、とウチは素朴に思った。
ウチの中での『彼』の存在は、本当に大きいんだな、って。
『彼』は言っていた。
何でもない世間話のように。
実際、大した中身もない与太話の中だったんだけど。
あの頃は小学校も低学年だったし、ウチは大して頭の回るタイプじゃないから、『彼』の話は今思い出してもまだちょっとわからないことも多いけど。
『彼』は、こう言っていた。
『世の中にはね、誰にもどうしても証明できないことが二つあるんだそうだよ。一つは「物事の始まり」。そしてもう一つは、「存在しないということ」。この二つは、どんなに科学が進歩したって証明できないだろうね。そうだな、証明できるとしたら、それこそ神様くらいなんじゃない?』
多分、こんな感じだったと思う。
宇宙人も。
それこそ神様も。
そして、ユーレイも。
存在しないということを、証明することはできない。
誰にも。
『だけどまあ、存在しないことが証明できないからって存在してるってわけでもないんだけどね』
ただ、どちらだ、とも断言できないっていうだけで。
「正直なことを言うと、ウチに見えているのが本当にユーレイっていうものなのかって、わかんないんですよね」
「は?」
江ノ島君はさらに訝しそうな顔になるけど、ウチは気にせず続ける。
「見えなかったことがなかったものですから、それが『普通』だと思ってたんです。ウチにしか見えてないんだなあって、そう気付いたのは小学生の頃でした」
そう、教えてくれた『彼』がいたから。
「あなたの名前や、あなたと古崎さんの事情を古崎さんに聞いたのは確かなんですけど、でも、その古崎さんが、ウチが話した古崎さんが、あなたの知る古崎さんと絶対に同じ人かどうかは、ウチにはわからないんです」
ぶっちゃけて言いますと、
「全部まるまるウチの妄想じゃないって、否定することもできないんですよね」
妄想に従って行動してるとすると、それは相当にイッチャッテる人だけど。
ウチ自身は、ちゃんと確信じみたものをもって臨んではいるんだけど。
外から見れば、まあどっちも変わりはない。
「ここまで来ておいて何を言うかって感じですよね。すいません」
まるで古崎さんを、古崎さんの存在を否定するかのようなことを。
先に了解は得てある。
それでも、ウチの隣の椅子に座る古崎さんは、ウチの台詞を。
さっきの江ノ島君の言葉を。
どんな気持ちで聞いているんだろう。
横目には、古崎さんは俯き気味で、髪に隠れてその表情は伺い知れない。
「見えるにしろ見えないにしろ、何かおかしなところっているのはどちらにもあるんですけどね」
幽霊は、半透明だという。影もできないと。
幽霊は光を透過するのか。
人がモノの存在を認識するのは、物体から反射した光を眼球の感覚器官で受容しているから。らしい。
なら、どうして幽霊は目に見えるのだろう。
とか。
誰しも生前は似たり寄ったりの人間だったのに。
どうして死んだら手だけになったりテレビから出てきたり取り憑いたり超常的になるのか。
とか。
逆に、どうして自分が見えないからって他の誰もが同様に見えていないと思い込むのか。
とか。
まあ、そんなことは今は、どうだっていいんだけれど。
「……話が、見えないんですが」
江ノ島君が、口を開いた。先程までの勢いはないけれど、不機嫌そうに。
「それならどうして、俺に話しかけたんですか」
ここで、それじゃあどうしてあなたはここまでついてきてくれたんですか、なんて訊いたら、江ノ島君は怒って席を立っちゃうかな。
「一つ、確認させて下さい」
何となく手詰まりな感が出てきた気がしたので、ウチは、手札を新たに一枚切ることにした。何だかエーカちゃんの話していたシュミレーションとは少し状況が違うみたいだけど、これを言い出すならこれかな、とウチはそう判断しました次第です。
「小学校二年生の夏、家出したまま山の中で迷子になった古崎さんを見つけたのは、江ノ島君だった」
江ノ島君の顔から表情が消えた。
「でも、見つけ出したのはいいけれど、そこはかなり山奥だったから簡単には帰れなくて、一晩だけ山の中で野宿した」
何を言い出すのか、と。
何を、と言えば、そんなものは決まりきっている。
これぞエーカちゃん流『一発で相手の信用を(最低限レベルで)勝ち取るまあありがちな説得術』。
「その夜」
ウチは言う。
「二人は、流星群を見た」
それは、二人だけの秘密。
二人しか知らない、過去。
大切な大切な、宝物のような。
想い出。
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