11.ザ・エーカちゃんのペース
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時間もちょうどお昼時だったから、ウチとエーカちゃんは近所にあったファミレスに入った。
「二名様、ですか?」
応対した店員さんは、エーカちゃんの装いを見て若干顔をひきつらせていた。でもエーカちゃんは堂々としたもので「いえ実はここに三人目が。え、見えない? 失礼な人ですね。彼のクラスでの呼び名はエアーマンというんですよ」などと言って店員さんをさらに困らせていた。
席に着くや否や、エーカちゃんは口を開いた。
「さて、ではお聞きしましょうか。その湯煙温泉つらら殺人事件とやらの顛末を。いえ先にまず一つだけ言っておきましょう。雰囲気出すためにあえて犯人はまだ明らかにしませんが使用された凶器は一つはっきりしています。つららです。間違いありません」
「なんとなくそんな気はしてたよ。でも今回はその話じゃなくてね、」
「ん、ちょっと待って下さい。先に注文を済ませてしまいましょう。それからでも遅くはありません」
店員さんが素晴らしい営業スマイルで置いていってくれたメニュー表を開いた。うん、とウチも適当に一番上に置いてあったものを取って開く。うん、ランチメニューだ。
しばらく黙って眺めていたエーカちゃんは、だんだんと難しい表情になり、とうとう低く唸り始めた。
「どうしたの?」
訊くと、エーカちゃんは表情もそのままに、
「いえ………このお店はお客のニーズにやや疎いようですね。私が外食のたびに注文しているお気に入りのメニューがこのお店にはありません」
「ちなみにどんな?」
「ズヴァリ、カツカレーラーメン丼です」
ぴっ、と人差し指を立てて、エーカちゃんは断言した。
「カツ……濃そうだね」
激しく胃にもたれそう。言うと、エーカちゃんは大きく頷いた。
「その通りです。そのあまりのハイカロリーには力士もびっくり、深窓の令嬢であれば見る暇もなく卒倒すること間違いなしの一品です。しかしこれが、私のこのびゅーちふるかつわんだふるそしてからふるなスタイルとびぼーを維持する秘訣であるのです」
握った拳を振り回し、熱を入れて大真面目に力説するエーカちゃん。確かにエーカちゃんの肌は綺麗で、身体もびっくりするくらい細身だ。カラフルなのはエーカちゃんが両腕に通してるたくさんの輪っかだけど。
「さらには私はこれを一食するだけでその後一週間は飲まず食わずでいけますしね。これほど効率的な食べ物はこれの他にありません。健康食品? はン、私に言わせれば、身体にいい食べ物なんてこの世には存在しないのですよ。世の中にあるのは身体に悪い食品か別に何ともなく身体を維持するには十分な栄養素を含んだ食品の二つのみです。要はバランスですよバランス。何につけてもバランスが唯一肝要なのです」
ふふん、と鼻高々に胸を張るエーカちゃん。
それはむしろ効率悪そうだけど、どうなんだろう。
バランスも取れてないし。
脂質に傾いてるよねえ?
「んー……で、それがこのお店にはないの?」
「そうなんですよ……」
しゅん、と小さくなってエーカちゃんは座った。それから口の中で何かぶつぶつ言っていたけど、やおら顔を上げて呼び出しボタンを引き寄せながらこっちを見た。
「工藤さんは注文決まりました?」
「あ、うん。決まったよ」
「では呼びましょう。ハリーハリー!」
楽しそうに、エーカちゃんは呼び出しのボタンをちゃかちゃか連打した。人差し指と中指で交互に連打している。ピアノ連打だ。普通ならピンポンと鳴るのだろうそれは高速の連打のせいでポポポポポポポになっている。厨房の方でチャイムがリンゴンリンゴン鳴って、店員さんが大慌てでやってきた。
「では工藤さんからどうぞ」
やや息を切らしてやってきた店員さんを一瞥して、エーカちゃんはウチに振ってきた。
「え、あ、じゃあ……この鱈子スパゲティで」
「鱈子スパゲティお一つですね。かしこまりました」
「あ、では私ですね。えーっとですねえ」
エーカちゃんはメニュー表を持ち上げ、しゃらしゃらと腕の輪を鳴らしながらペラペラとページを捲り次々と注文していく。
「このカツカレーと、こっちの味噌ラーメンと、それからこれ、この牛丼と、ああそれにサーロインステーキ、レアで。あ、味噌ラーメンはやっぱり醤油ラーメンに変えて下さい。全体的に油分多めでお願いします」
店員さんは目を白黒させながら注文を復唱し、ぎくしゃくと一礼して厨房へ向かった。
ほえー……とエーカちゃんを見ていると、満足げに微笑んでいたエーカちゃんはウチの視線に気づいて、天使のような笑みを見せた。
「苦肉の策です。いつものメニューがいただけないとなればやむをえません。あ、御財布事情は心配ありませんよ。実は私ついこの間臨時収入があったばかりでして、私の御財布は現在赤道直下のサウナばりに暖かに、お腹いっぱいぽんぽこりんなのです。あ、もちろんいかがわしい収入ではありませんよ。ネコババなんて誓ってしていませんからねええ誓って。そんな暇はありませんでしたし。ふむ、何に誓えばいいでしょう。ではここはギリシャ神話はヘルメス神に誓いましょう。ともあれそう言うわけでして。むしろ工藤さんの分も払わせていただこうかという勢いですよ」
「え、あ、いや、ウチの分はウチが払うよ」
値段がどうとか言うよりも………ほんとに食べきれるのかな、と心配になった。エーカちゃんならぺろっと食べちゃいそうな気もするけど、胸やけしないのかな。純粋に、かなり脂っこい取り合わせだったし。油分多めだし。
ふふふ、と微笑んだエーカちゃんは、その穏やかな表情のままに不意に姿勢を正した。膝や手を揃え、真っ直ぐに背を伸ばし、長くて綺麗な黒髪も相まって、まるで茶道にでも臨むかのような、凛とした風格すら漂う居住まいだ。先程食い倒れ人形も食い倒れそうな注文を取り付けた人と同一人物とはとても思えない。自然、こちらも無意識に姿勢を正してしまう。
「さて、注文も終わったことですし、工藤さん」
「うん?」
「お話を、お聞かせ願いましょうか」
にっこりと、エーカちゃんは微笑んだ。
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