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心渡し  作者: FRIDAY
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1.そんなこんなでこんにちは

 


 ●



 その女の子は、何だかもの凄く哀しそうな、寂しそうな表情をして前を歩く男の人を見つめていた。

 だからだったのかもしれない。ウチが彼女と彼に興味を持ったのは。



 立ち止まらない男の人と、その背を俯き加減に追う女の子。



 きっと二度と出会うことのない二人のそんな姿は、失礼だし不謹慎だとは思いながらも、ウチに一つの素朴な感想を抱かせたのだった。


 綺麗な絵を見ているみたいだ、って。


 すれ違い、そしてもう交差することのない運命の存在を匂わせるような、そんな構図だったから。

 彼女と彼の事情は知らない。もちろん二人の素性も知らない。顔は一方的に見知ってはいるけど、名前なんかは知る由もない。


 でも興味がある。

 興味本位で立ち入るべきではない次元の事柄ではあるのだろうけど。馬に蹴られて死にたくはない。


 それに、今までウチが興味本位でやってきたことは、それから今から興味本位でやろうかと思っていることは、彼ら彼女らにとっては大きな御世話、ありがた迷惑というものなんだろうけれど。

 興味なんかで首を突っ込んでくれるな、というものなんだろうけれど。

 状況を悪くすることはあっても、いい方に向かわせることはできないことなんだけど。


 まあいいでしょ、とウチは一歩目を踏み出す。男の人はともかく、女の子にとってはもう世間にしがらみはなにもない身────いや、一つしかない身、なのだろうから。そのしがらみをほどく手助けを、御節介にも買って出ようと言うわけだ。

 勝手に出しゃばろうと言うわけだ。

 百パーセント迷惑だろうが、お構いなく。

 まあ嫌と言われればあっさり引き下がるつもりではあるけど。


 なぜ、と問われれば、そう、ウチはこう答えることに決めている。


 ちょっとの興味と老婆心。


 や、ウチはまだまだ若いんだぜ。ぴっちぴちなんだぜ。花も涙ぐむ女子大生なんだぜ。

 念のため。


 それに、さ。もう一つ。

 ウチ、生きてる人に友達少なくてさ。話し相手がほしくてさ。


「というわけで君に話しかけてみたわけだけれども」

「え、え? ……え?」


 しまった性急すぎた。女の子は驚きで目を白黒させている。

 こういうときに対人スキルの無さが真価を発揮する。初めて話し掛ける瞬間は恐れと畏れがお腹の中で幅をきかせ、相手が振り向いた後は対人経験の無さがせっせせっせと焦りと不安を量産する。

 だからそういうときにウチは、深く考えずに行動することにしている。

 壁にもたれている女の子の隣で同じく壁にもたれた姿勢で、ウチは片手をすちゃっと上げた。


「ヘイ彼女、キミ可愛いねえ! ちょっとそこでお茶しない?」

「あえ? ……えーっと」


 さすがに短絡に過ぎるとは我ながらよく思うことだ。ほら御覧、女の子がちょっと引いてるじゃないか。

 下手なナンパもいいとこだ。

 ウチは一度咳払いして、仕切り直す。


「ウチは工藤・マユミ。あなたの名前を訊いてもいい?」


 名前、覚えてる?

 訊くと、女の子は一応、頷いた。


「古崎・静香です、けど……」


 よかった。名前忘れちゃってる人も多いから、今後どう呼んだらいいか困らずに済んだ。

 しかし、とウチはやっぱり困る。

 例によって、この後のことを考えていなかった。


「んーと、まずは何からがいいのかな」

「あの、工藤さんは一体……その、私が、見える、んですか……?」

「うん? ああ、そうだね。まずはそこからか」


 自己紹介って大事。第一印象ってとっても大事。

 高校のクラス替え後初の顔合わせ、新しいクラスでの自己紹介で、


『えっと、どうも。去年は四組でした。部活には入ってません。趣味は、ええと、散歩が好きです。これからよろしくお願いします』


 着席。

 座った後の皆の『……え、名前は?』という表情も、今ではもういい思い出だ。

 ウチは古崎さんににこやかに告げた。


「見えるかって言えば、見えてるよ。ばっちり。そう、何て言うか――ウチはね、どうやら他の人には見えないものが見える――っぽい人」


 ウチらが寄りかかっている壁の横の方、そこの通路から出てきた男の人が、変なものを見る目でこちらを一瞥して、そのまま立ち止まらずに歩いて去っていった。今の電波発言が聞こえたに違いない。ましてや男子トイレ横に立っての独り言なのだから、完全に不審者だ。


「ついて行かなくて大丈夫?」


 男の人の背を見送りながら古崎さんに訊くと、古崎さんはまた寂しそうな表情になった。


「いえ、大丈夫………です。行くところがないから、ついて行っているだけなので」


 それで、と古崎さんは口ごもった。


「それで、その、私ってやっぱり………」

「んー………うん」


 お互いにやや言い淀む。それはそうだろう。ウチもまだ経験がないから何とも言えないけれど、自分では掴みにくい感覚だとは思う。

 ウチからも、指摘しにくいことではあるし。

 でも、古崎さんは自分で最後まで言った。


「私は………もう、死んでいる、んですよね」


 そう。


「そう。今の古崎さんは、────ええと、まあ、俗に言うところのユーレイなの。だから他の人には多分見えてない」


 そう、古崎さんはもう生者ではないのだ。

 それを、何だかんだ言ってやっぱりあっさり肯定してしまうウチは、やっぱりデリカシーってものがないんだと思う。


 いつだったか、誰かにそう指摘されたことがある。

 あれから友達はできたけど、そのあたりは全然変わっていない。



 ●



 

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