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たんぽぽ -青い風に乗せて-

作者: kouzi3

・・・


 「知ってる?黄色い色って、人を元気で幸せな気持ちにしてくれるんだって!」


 日向に咲く花のように顔をほころばせて僕に笑いかける君の笑顔が眩しすぎて、僕は思わず目をそらしながら…つまらない答えを返してしまったね。


 「…黄色でいいんじゃないかな?…『い色』ってつけなくても…」

 「あははははは。そうだね。頭良いね、こうちゃん!」


 気の利かない僕の答えに機嫌を損ねる様子もなく、君はますます僕に笑顔を向けてくる。

 色々と上手くいかなくて、辛いことばかりの毎日にヒネクレてしまった僕は、そんな君の好意を素直に受け入れられなくて…君の宝石のように美しく奇跡のように眩しい瞳を…どうしても見ることができず………斜めに空を見上げるだけ。


・・・


 そんな意味のない僕の視線につられる様に、君も空を見上げて息を大きく吸い込んだ。


 「わぁい。空いっぱいの青い色の…あ…ごめん、青色の空だね!」


 君が僕の指摘を意識して、途中でわざわざ言い直したりするから…僕は、どうしてそんなツマラナい指摘をしてしまったんだろう…って心の底で後悔をした。それなのに…


 「…そもそも空が2回出てきてるし…青空でいいんじゃないか?」

 「いやん。また、やっちゃったね。あははは。ごめんね。アタシ馬鹿だから。」


 子どものように少しイジケる仕草も愛しい。でも、ロクデナシの大人の僕は…君に気づかれないように斜めにのぞき見るだけ。


・・・


 「…寒いから。もう、帰ろうよ。」


 だけど、恨めしい僕の愚かな唇は、君の薄紅のそれを見つめながら、せっかくの大切な君との時間を、くだらない理由で終わらせようとする。


 「あははは。相変わらず寒がりだね。こうちゃんは!」


 自分で帰ろうと言いながら、もっとここに居たい…と君が我が儘を言ってくれるのを期待してしまう僕。

 だけど…君を…こんな寒空の下に居続けさせるわけにはいかない。

 今度…もし…君の熱が上がってしまったら…


・・・


 「あぁあ。今年の桜も、見てみたかったなぁ…。でも、ま、いいか。冬でも、こんなに綺麗な黄色い花を咲かせる花を…見れたから…」

 「…見られた…ね」


 もう桜を見られない…などと不吉なことを言う彼女に…僕は、また…つまらない言葉の指摘を言うしかできない。


 「あは。そうだった。見られた…ね…私の秘密も…こうちゃんに…見られた…」

 「…え?」

 「なんちゃって!…日本語って難しいね」


 君は僕の前。僕は君の後ろ。

 僕が押す車輪付きの椅子に、君は大人しく座っている。

 去年の冬には、まだスキーにだって行けたほど…君は元気だったのに…

 今は…自分で歩くことさえ…


・・・


 「…あ。踏まないで…」

 「う、うん」


 君の見つめる左の車輪の下。

 さっきのよりも、随分と小ぶりの黄色い花。まだ、きっと咲いたばかりの…


 「…この子たちって…踏まれても踏まれても…元気な花をつけるって聞いたことあるけど…本当?」

 「あぁ。だから、こんな人や車が通るような道端に咲いていられるんだよ…」

 「そうか…でも、できるだけ踏まないであげてね…」


 なんだか…「私が居なくなっても」…と、君が言い出しそうだったから、


 「この花は、踏まれれば踏まれるほどに強くなるって聞いたよ。凄い生命力なんだ」


 君が続きを言う前に僕は遮る。



・・・


 「…そっか。………じゃぁ、アタシも踏んでもらおうかな?」


 僕は、どう答えていいか分からなくなって、ただ黙って車椅子を押す。あんまり速いと、君が怖がるから…沈黙に耐えながらも…ゆっくりと進む。

 ここ数週間の君の世界は、この広場と…清潔だけれど冷たい色をしたあの建物との間だけ。僕には、いつもと同じにしか見えない道なのに、君は毎日新しい発見をする。

 そして、今日、見つけたのが…この黄色い小さな花。


 四角く白いコンクリートのお城。

 君がそう呼ぶ建物に帰り着くまで、君は左右を注意深く見回しながら、思いの外たくさん咲いていた、その黄色く小さな花を見つけては僕に教えた。


・・・


 その時…


 一陣の風が吹き…砂埃と共に…白い綿毛が飛ぶ…


 何日か前の、陽差しの暖かい日に咲いた一群だろうか。

 既に、花を落とし、次の命を運ぶ綿毛となった、それは…どこか遠いところまで風に運ばれて…新しい花を咲かせるための旅へと飛び立つ…


 「…凄いね。もう、あんな高く…遠くへ…飛んでいったよ…」

 「うん…」

 「どこまで…飛んでいくんだろう?」

 「…どこだろうね」

 「そっか。こうちゃんも知らないんだね…じゃぁ…きっと、とても遠いところだね」

 「そうかもしれないね」


・・・


 話しながらも、もうほとんど見えないところまで上っていった…その綿毛の…向こう側…いつか辿り着く先を想い描きながら…君は、いつまでもいつまでも…空を見つめ続ける。


 「あ~ぁ…私も…もっと自由に生きたかったなぁ。…どうし…この世に病気なんて…あるのかなぁ…」


 どれだけ目を凝らしても、もう綿毛の姿が見えなくなった…と諦めた君は、想像の中の遠い野原から…現実へと還って来て…つまらなそうに言う。


 「…そうだな。なぜ…病気なんてあるんだろうな…」

 「あは。…こうちゃんでも…知らないこと…あるんだね…」


 君の言葉が痛い。そうだ。小賢しいだけの僕は、知らないことばかりだ。

 だけど…

 だけど…今、君に聞かせる言葉だけは…どうにか思いつくことができた。


・・・


 「あぁ…。だけど…」

 「だけど?」

 「…病気…って言葉が、何故あるか…だったら知ってるぞ」


 君は、小首を傾げる仕草で…それはどうして?…と目で問いかけてくる。

 僕は、君と目を合わせられずに…そっぽを向いて、柄にもなくキザなセリフを吐く。


 「医者が…治すために…あるんだ」


 呪いや運命…そんな不確かなものには…僕たちには、どうしたって太刀打ち出来ない。

 でも…それが「病気」なら…。

 僕たち医師は、戦ってやっつけることが出来る。


 たとえ…どんな原因不明の難病でも…それを「病気」と名付けた瞬間から…そいつは僕たち医師のテリトリーに迷い込んだ…倒すべき敵となる。


 原因不明だからって、ただ怯えて嘆き悲しんだり…神に祈るだけの不安な日々を送る必要はない。


・・・


 だって、僕たちは…その為に医師をやっているんだから。

 どんな未知の病気も…呪いも…運命も…いつかちゃんと名前を付けて、安心して治療のできる…軽い「病気」へと変えるために。


 「えへへ…」


 覚悟はしていたが…やっぱり笑われた。

 君は、それでも僕のセリフを何度か自分の口の中でも転がしてみている。

 何度か、小声で繰り返してからおもむろに空を指さし…


 「諸君!…病気とは、医者が治すためにあるのだ!…さぁ、存分に治したまえ!」


 ビシッ…という効果音が似合いそうな君の突然の一人芝居。

 同じように散歩に来ていた何人かが…クスクスっと笑う。

 でも、その笑った彼ら彼女らも…君と同じように車椅子に座っている。それぞれの後ろから、その車椅子を押すパートナーに…「そういうコトみたいだから…よろしくね」…などと微笑みを向けている。


・・・


 病気。

 病気がなければ…僕たちの出会いは無かったかもしれない。

 初期の症状からは…とても、こんな未来は想像できなかった。


 でも、その時点で…既に為す術は無く…


 君と出会ってから2年と少し。

 偉そうなことを言いながら…僕は、未だに自分が戦うべき相手の名前すら知らない。

 いくつかの可能性。でも、そのいずれもが…強敵。


 この2年の間。

 自分の運命を悟った君は…静かな療養生活よりも、充実した人生をと願った。

 君が疲れすぎないように気を付けながら、夏は海に…冬はスキーにも…できるだけ連れて行った。

 でも。この冬は…ついに…どこにも行けなかった。



 どこにも行けなかった。


・・・

・・・



 君の居ない最初の春。



 僕は、人混みの桜並木を一人歩いた。


 でも…

 不意打ちの土砂降り。


 誰も彼もがズブ濡れで…俯いていた。

 直ぐに雨はあがったけれど…濡れた前髪が邪魔で…行く先も見えない…


 「ねぇ…?…僕は、これからどこへ進めばいい?」


 これだけズブ濡れならば…誤魔化す必要もない。僕は、濡れて震える声で弱音を吐いた。

 結局、戦う相手の姿さへ突き止めることができず…そいつに君を連れ去られてしまった。

 二度と会えない…この世界の何処にも存在しない国へと…


・・・


 こんな日は…少しぐらい立ち止まったって許されるよね?


 さっきまで、花見の人の波に押されるように…自分の意志によらず、ただ流されるままに桜並木を歩いていたけれど…

 雨を避けて思い思いに散らばっていった人々。

 大きな水たまりが、あちらこちらに出来た桜並木には、人影はほとんどない。


 僕は、雨とは違う成分の水が、こぼれ落ちないように上を向く。


 まだ、雲に覆われた空は…それでも明るさを取り戻しつつあり…その雲も風に勢いよく流されている。


・・・


 どのぐらい、そうやって空を見ていただろうか?


 わずか…ではあるが、影の長さが長くなり…僕は、時の流れを思い出す。


 立ち止まって居たつもりだった。

 けれど、そんな僕も…この地球という星に乗って…嫌だろうとなんだろうと…明日へと勝手に運ばれていく。


 前へ進め


 …と、君に言われた気がした。


・・・


 僕は、前を向く。

 再び、自分の足で歩き始めようとした僕に、また、一陣の風が吹く。

 強く…厳しい…向かい風。


 だけど…未来あしたから吹く風は、いつもそうだ。

 人生、いろいろ。甘くはないさ。

 その未来あしたから吹く、強く厳しい向かい風…を、胸に深く吸い込む僕。


 君を失い。

 どう進めばいいか…道を見失っていた僕だけれど。

 なんだかまた…歩き方を…思い出せたような気がする。


 まだ頭上には灰色の雲が広がるけれど…空は明るさを増し…世界を銀色に包む。


 そして、その進む先。

 遙か彼方に、雲間から覗く青空。

 その隙間から、幾つもの光が差して…僕の行く先を示してくれているみたいだ。

 君からの…プレゼントかな?


・・・


 雨がやみ…子ども達の笑い声が、どこかから聞こえてくる。

 どこからか聞こえてくるのかは分からないけれど…いくつもの輝きがそこにある…それが温かく胸に伝わってくる。その声は…まるで…陽だまりのよう…


 僕は…その笑い声を絶やさないように、闘おう。

 君に言われたとおりに。


 「諸君!…病気とは、医者が治すためにあるのだ!…さぁ、存分に治したまえ!」


 誰もいない桜並木で…僕は、自分に向かってエールを贈る。


 気が付くと…嘘みたいに雲が消えていて、見上げれば深く怖いぐらいに青い空。

 平衡感覚を失いそうになって…慌てて顔を戻す。


 「…あぁ…」


 僕の目の前には、その青空を映す…広がる銀の水鏡のような幾つもの水たまり。


・・・


 いつだったか君と歩いたこの道が…

 空の変化に呼応して…不意に景色を変える。


 君に見せてあげたかった


 想いがこみあげ…胸の奥が熱くなる。


 ただ、ただ…君に会いたい…よ


・・・


 「はっくしょん…」


 雨に打たれたままだった僕は…すっかり体を冷やしてしまったようだ。

 そろそろ帰って着替えなければ、風邪をひいてしまう。


 帰ろうと振り返った僕は、また、驚きに出会う。


 逆立ちした虹。

 水たまりの中に…美しい虹を見つけて…また俯きかけていた顔を上げる。


 お日様に背を押されながら歩きはじめた僕の前の空には、大きな虹。


 なんだか奇跡みたいだ。

 思わず掻き上げた前髪のしずくが散って見上げた空に光が差す。


 それは、君と見た、黄色い小さなタンポポたちが、笑っているような…そんな無数の光の粒だった。


・・・

・・・


 「先生…知ってますか?…タンポポって、多年草なんですよ!?」


 君に良く似た笑顔の少女が…僕の押す車椅子の上から、目を輝かせて黄色い小さな花を指さしている。


 そんなに瓜二つに似る必要もないのに…僕が闘う相手まで…どうやら同じようだ。


 君と会えなくなってから…3度目の冬。

 僕は…だから、タンポポについては、実は人より詳しくなっていたんだ。


 「…ふふふふ。僕が、別名タンポポ博士と呼ばれているのを知っての質問かい?」

 「!?…えぇ………意外だぁ~。先生、お花になんて興味ないと思ってたぁ~」


 正解です。僕が詳しいのは、タンポポだけ。

 でも、そんなことはナイショで、僕は、偉そうに解説をする。


・・・


 「タンポポは、だいたい4月から12月にかけて花を咲かせるって言われてるけど…これは、外来種のことで…日本の在来種は、外来種より少しだけ寒さに強いかわりに…春の短い間だけしか咲かないんだ。温かければ3月に咲く奴もあるよ」

 「わぁ。先生…詳しいねぇ」

 「えっへん」

 「…じゃぁ、1月とか2月の本当に寒い時以外は…春夏秋冬…いつでも花を咲かすんだぁ…凄いなぁ…」

 「そう。タンポポは凄いんだよ。その生命力に、僕らも是非あやかりたいねぇ」


 僕が、そういうと…君に似た少女は、ハッと顔を上げて僕を振り返る。


 「あっ!…そ、それで先生の診療所は、『たんぽぽ診療所』っていう名前なの?」

 「あははは。そうかもしれないね」


 それだけじゃない…けど、僕は笑って誤魔化した。


・・・

・・・


 3年前…

 あの後、大学時代の友人で、気象学を専攻していた奴と飲み会で偶然あった。


 酔っぱらってしまって、どんな話をしたのか…翌朝にはほとんど忘れてしまっていたが、一つだけハッキリと記憶に残った会話…問答がある。


 「…じゃぁ…この辺りの気流や地形からすると…」

 「うむ。そうだな。だいたい…ここから…この山脈にそって…おぉ…ここか」

 「ここ?」

 「そうだな。この町の辺りまでは飛んで来てもおかしくはないな…」

 「そうか、この町か…」

 「うん。そうだ。分かったか…俺の気象学の偉大さが…分かったら飲め!」

 「応…飲むぞ…飲まずにいられようか!」


 君を失い…自暴自棄に陥っていたあの頃。

 酒にたよった夜もあったが…あの日を境に、僕は酒を断った。


・・・

・・・


 ここは、その町。


 自分で志願したワケでもないのに、偶然、舞い込んだ医師募集の話。

 僕は、断る理由などあるわけもなく…この町に来た。


 その診療所のリニューアルに合わせて呼ばれた僕は、診療所のイメージアップを図る企画まで任されて…「たんぽぽ診療所」と、新しい居場所に名付けた。

 町の規模に見合った、小さくて可愛らしい診療所は…今まで居た清潔だけれど冷たい印象の真っ白な建物とは違って、薄い黄色に塗られた壁を持ち…どこか心が落ち着くたたずまいを見せている。


 「知ってる?黄色い色って、人を元気で幸せな気持ちにしてくれるんだって!」


 あの日の君の言葉を…少女が、全く同じ笑顔で言う。


 僕は…

 突然、込み上げる熱い想いを堪えきれずに、急いで上を向いた。

 涙が…こぼれないように。


・・・


 その見上げた空を…タンポポの綿毛が飛んでいく。


 きっと…あそこから飛んで来たタンポポが、ここで芽吹き、花を咲かせ…

 そして、ここからまた…何処かへと飛んでいくんだろう…


 僕は、少女に悟られないように、目に浮かぶ熱い滴を払う。そして…想う。

 (君…見ててくれるかな?…僕は…今度は、勝ってみせるよ。)

 その想いを運ぶように…また一陣の風が吹く。

 (今度は、しくじらない。やっと…敵に名前を付けられたんだから…)

 舞い上がる、無数の想い…この僕の祈り…

 (病気は…医者が…治すために…ある。今度こそ…証明してみせる)


 僕の視線を追って、少女も遙か遠くの空を見上げる。


 そして僕は、心の中で、想いを叫ぶ…


 届け、届け、届け…この想いは、タンポポの綿毛。

 遙か彼方、青い風に乗せて…。


・・・

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