灰にしてくれる!
そこには……『王国軍所属 董島 参謀部長を抹殺せよ』と書かれていた。
まさか、董島って……初日に戦ったアイツか……そんな、倒したはずじゃ……
「あたしだって、驚いたわよ……まさか、倒せていなかったなんて」
司は困惑の表情を浮かべた。
「あれで倒せないなんて――アイツ何なんだよ……」
今、俺は夢の中の世界にいる。俺は結局、帰った後すぐに寝てしまい、しばらくしてこの世界で目覚め、迎えに来た司をリビングに通しレポートの詳細を訊ねていた所だ。
「話を進める前に……そこにいるのは誰!」
そう言って司は、リビングのドアを勢いよく開けるとそこには優がいた。
「あんたもようやく、あたし達に協力してくれる気になった?」
優は腕を組み、口をとがらせ言う。
「勘違いしないでほしいな! ボクは金がほしいだけさ!」
「まあ、理由は何でもいいわ。これで三人そろったわけだしね」
司は少々、残念そうな表情で答え、続ける。
「それじゃ、詳細を話すわ……事の始まりは今日の正午、あたしの携帯に王国軍 特務部長を名乗るヤツから電話があったの『一昨日の貴方達の活躍を拝見させていただきました。ぜひとも任務を受けていただきたい。報酬は三百万でどうです?』って、そしてそのレポートがメールで送られてきたってわけ、なんだけど……」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。なんで、そいつ司の携帯番号知ってるんだ? それに、王国軍って董島と同じ組織の人間じゃないか、何で仲間を葬る必要があるんだよ。なんか、胡散臭くないか……」
「秀の言うとおり、明らかな罠だよ。クソビッ……」
優が何か言いかけると、司は殺気のこもった視線を優に突き刺し、黙らす。
「……どこであたしの携帯番号を手に入れたかは分からないけど……今、王国軍内では董島の率いる参謀部と、今日電話してきた特務部が覇権争いをしているらしいの、特務部としては参謀部のトップである董島が消えてくれれば都合がいいってわけ、それで、董島をかなりの所まで追い詰めた、あたし達に声がかかった……っていう話なんだけど、正直あたしも、かなり怪しいと思う――だから、今回は自主参加でいいわ……で、二人ともどうする?」
優は怪訝な表情で司に問う。
「戦うとしたら……勝算はあるのかい?」
「あたし一人だと勝算は三割程度……だけど――」
司はそこまで言いかけると、優を真っ直ぐ見つめて自信に満ちた表情で言う。
「あんたが協力してくれるなら、勝算は八割を超えるわ」
それを聞いた優は司の前まで行き、彼女を見据え告げる。
「面白そうだね。今回は特別、君に付き合ってあげようじゃないか――そのかわり、賞金百万の件、忘れないでくれよ」
「ええ、分かってるわ。これで二人ね――秀はどうする?」
俺の考えは昨日、司にパートナーを申し込んだ時点で既に決定している。
俺も優と同様に司の前まで行き、考えを伝える。
「俺は司のパートナーだぞ、司が行くのに俺が行かないわけないだろ。だから、俺も参加するよ」
それを聞いた司はなぜか一瞬うっとりしたような表情を浮かべるが、急に動揺しだす。
「あ、当たり前じゃない! 秀、あんたはあたしのパートナーなんだから当然、強制参加に決まってるでしょ!?」
そんな司と俺のやり取りを見て、優は頬を膨らませ悔しそうな表情で司に言い放つ。
「秀のパートナーを名乗るのは、僕との勝負に勝ってからにしてほしいな!」
「この戦いに勝ったらいくらでも勝負しあげるから安心しなさい!」
司は余裕たっぷりの表情で優にそう告げる。
「じゃあ、全員参加って事でいいわね」
「おう!」「うん!」
俺と優は司の問いかけにそう答えると、
司は気合を入れるように声を大きくして返えす。
「作戦の説明を始めるわ! 二人ともよく聞きなさい!」
……司の作戦とは、レポートに記してあった董島の飛行ルートの一つである、一昨日戦った場所、水門大橋で奇襲を決行するという内容だった。
レポートによると水門大橋では一昨日の戦い以降、付近一帯の川に機雷が敷設され現在は機雷原になっているという。そこで、ロケットランチャーを使い、何も知らずに機雷原上空を飛行する董島を乗せたドラゴンを迎撃し、そのまま機雷原に叩き落すという作戦だ。
俺達は各自、司の用意した無線やアサルトライフルなど装備を整え、すぐさま水門大橋へ移動し橋の中腹で車の陰に隠れながら、俺と優はロケットランチャーを構え、司は董島の捕捉に専念する。
「……来たわ――二人とも準備して」
ロケットランチャーの照準器を覗くと、数百メートル離れた場所に、あの赤兎とか言う真っ赤なドラゴンに乗った董島の姿が映し出される。
俺は赤兎に照準を合わせ、司に迎撃の態勢が整った事を伝える。
「まだ……もう少し……」
司は双眼鏡を覗きながらそうつぶやく。
やがて、董島を乗せた赤兎が機雷原上空に差し掛かると、司は号令を発する。
「撃て!」
俺と優は合図と同時に引き金を引き、勢いよく発射された二発のロケットは赤兎に向け猛進する。董島と赤兎は、ロケットの接近に気づいていないのか、その場に停止。
「様子がおかしいわ……どうして動かないの……」
司は戸惑いの表情を浮かべる。
「諦めたんじゃないか?」
「董島の性格を考えても、それはないはず……まさか、先手を打たれた?」
「どちらにしても、ヤツはもう終わりだよ」
優の言う通り、ロケットはもはや回避不可能な距離にまで迫る。
その一瞬、董島とドラゴンを守る様にして、壁状の半透明な物体が現れロケットは出現した壁に激突し爆発する。
「そんな!? あれは……」
驚愕の表情を浮かべる司。
「やったか!?」
「いえ……失敗よ。あの壁は魔術師が使う防御魔法の一種、そう簡単には破壊できないわ」
「そんな!? ヤツが魔術師のスタイルを持っているなんて、聞いてないよ!」
司に詰め寄る優。
「あたしだって、今始めて知ったわよ!」
「二人とも静かにしろよ。位置がバレるぞ」
俺の発言で二人は大人しくなり、俺達は董島の方へ目を向ける。
爆煙は消え去り、その姿が見えると董島とドラゴンは壁に守られ無傷。
さらに、その壁すら破壊できていなかった。
「……誰……だ……貴様ら……」
董島が無線に割り込んでくる。
「まさか……一昨日の……そうか、丁度いい。部下から奪った、このスタイル……試したいと思っていた所だ……覚悟しろよクソガキ共、灰にしてくれる!」
「黙りなさいよ! この死にぞこない! 今度こそ、確実に葬ってやるわ。アンタこそ覚悟する事ね!」
司はそう怒鳴り散らし、乱暴に無線を切る。
董島と赤兎はこちらに気づき、距離を詰めようと一直線に向ってくる。
「クソ――位置がバレた!」
「二人とも、作戦をプランBに変更するわ」
「「プランB?」」
小首をかしげる俺と優。
「この水門大橋を、戦いの場に選んだ一番の理由はあれよ!」
司はある物を指差す。
その方向を見ると丁度、董島を狙うにはうってつけの高台に、要塞砲が備え付けられていた。
「あれなら防御魔法を撃ち抜けるはず! あたしは、あの要塞砲を奪取してくるわ。だから、二人はアイツの気を何とか、そらしておきなさいよ!」
そう言い残し、要塞砲へ向け走り出す司。
「おい! 司!」
気をそらすって……どうすればいいんだよ……
そんな俺をよそに、優はにニヤけた表情で言う。
「まったく……勝手だなぁ、クソビッチは……秀、要塞砲はアイツに任せて、僕たちは董島の方に専念しよう」
「わ、分かった……なんか優お前、楽しそうだな……」
「いやだなぁ……久しぶりの戦場での緊張感が楽しくてしょうがないなんて、思ってるわけないじゃないかぁ……」
ぐへへ……とだらしなく、にへら笑いを浮かべながら優は一発残った予備弾を、ロケットランチャーに再装てんする。
「さて、秀、援護は頼んだよ!」
優は表情を引き締め、俺にそう告げると車の陰から飛び出し董島と赤兎を狙う。
「お、おう! 任せろ!」
俺はアサルトライフルを構え、董島と赤兎へ向け射撃を開始する。
命中する弾丸、しかし、赤兎の装甲は思いのほか固く、弾丸はいとも簡単に弾き返される。
「クソ!」
「それで終わりか? ガキ共!」
せせら笑いながら、無線に割り込んでくる董島。
一段と距離を詰めるべく、スピードを上げ迫る赤兎。さらに、速度を維持したまま、赤兎は口に火炎を溜め始め攻撃の態勢をとる。
「優! ヤバイ! 攻撃が来るぞ!」
「だめだ……スピードが速くて狙いが定まらない……」
赤兎はついに優を射程に捕らえ火炎を放つ。優はそれを見切り、火炎をかわして近くの車両へと身を隠す。
俺達の上空を飛び行く董島と赤兎、俺達からある程度距離をとると大きく旋回し始める。
「次は長久 秀、テメェの番だ!」
今度は俺に照準を合わせ、向ってくる。
くっ……何か策は……策はないか! 考えろ俺!
……このまま逃げ回って司からの連絡を待つか……いや、ダメだ。
橋という狭い範囲内では、やられるのは時間の問題――戦うにしても、董島には防御魔法が……待て! さっき董島が防御魔法を発動した時、壁は正面にしか発動してなかった! つまり、後ろから攻撃を加えれば勝機はある!
「優! 聞こえるか!」
俺は優に無線を掛ける。
「聞こえてるよ……」
「優、頼みがある。俺がヤツを引き付けるから、ロケットランチャーでヤツの背後を撃って欲しいんだ」
「でも、ヤツには防御魔法が……」
心配そうに尋ねる優。
「大丈夫だ。考えがある」
「分かった。喜んで協力させてもらうよ――やられっぱなしは嫌だからね」
俺は無線を切ると、董島とドラゴンをひきつける為、全速力で陸側に向け走り出す。
「長久 秀、見つけたぞ!」
董島はそう叫びながら、予定どおり俺の方へと向ってくる。
「もう少し…………よし、今だ!」
俺は優に合図する。
優は合図を受け取るとすかさず、董島と赤兎を背後からロケットランチャーで狙い、撃つ。
「残念だったな! 貴様らの見え透いた考えでは、この私は倒せんぞ!」
董島は俺達に向け大喝すると、咆哮を上げ言い放つ。
「防御、結界!」
すると、半透明な正方形の結界が現れ、董島と赤兎の周囲を包み込む。
ロケットは結界に当たり爆発。案の定、董島と赤兎には傷一つ負わせる事も出来ない。
「そ、そんな!? クソ……」
どうにか、あれを打ち破る方法! 方法は!
俺は再度、思考をめぐらすが考えは浮かばない。
「二人ともまだ生きてる?」
司から無線が入る。
「「司!?」」
無線を受け取った俺と優は、驚きと安堵に満ちた声を上げた。
「待たせたわね。二人とも隠れて!」
俺と優は直ちに、近くの車に身を潜める。
要塞砲が火を吹くと同時に砲声が腹に響く。砲弾は結界に命中し、爆発と共に結界を打ち破り、ガラスが割れる様に結界は崩壊する。
「そんな!? 馬鹿な!?」
董島と赤兎は、逃げ出すかの如く空高く上昇を始め、俺と優から距離をとると停止の後、再び結界を張る。
「畜生、砲撃か……どこからだ!?」
無線から董島の動揺にむせぶ声が漏れてくる。
「さあ、覚悟しなさい董島! あんたの負けよ!」
司は董島からの無線に対して一喝する。
再度、黒鉄色の砲身が董島と赤兎を捉え、猛り狂う嵐の様に連発での砲撃を開始。
「そこか!!」
董島は要塞砲の位置に気づくが、もう遅い。
幾重にも重なり響き渡る砲声は地面を揺らし、その砲弾は董島を守る結界を直撃する。
「なに!?」
董島からの無線はここで途切れる。
砲弾の爆煙で、その姿が見えなくなると同時に、司は砲撃を中止。
「「「倒した!?」」」
俺達は三人同時に叫んだ。
やがて、煙が消えその姿があらわになる。
「や、やるじゃねえか……ガキ共……」
そこには、狼狽した表情で赤兎に乗る董島の姿が現れる。
結界は、荒れ狂う砲撃で一部が崩れ落ちるも、全壊にまでは至っていなかった。
「今度は、こっちの番だ!」
赤兎は要塞砲に標準を定め、口に光状のエネルギーを溜め始める。
「司、逃げろーーーーッ!!」
俺は無線に向って出せるだけの大声を張り上げるが、司からの応答は無い。
赤兎は十分にエネルギーを溜め、放とうとする。
刹那、辺りに一発の銃声が響き渡った。
砕け散る結界。脳髄を撃ち抜かれる赤兎。
そして、赤兎は捨てられたぼろ雑巾のように機雷原へ落ち、川幅に迫るほどの大規模な水柱をあげ沈み行く。
一方、董島は落下直前に赤兎を見捨て、水柱を背に橋へと飛び移る。
「何者だ! 貴様ーーーーッ!!」
銃声のした方へ向け、怒号を上げる董島。
俺は優と合流し、董島の吼えた先に顔を向ける。
そこには、月明かりに照らされ小麦色に輝く美しい長い髪をなびかせる少女が、橋の欄干にたたずんでいた。
俺はその美しさに言葉を失った……少女は天使のように気品漂う優美な顔立ちに、すらりと細身の体系で主張しすぎない胸という、完璧なスタイルの持ち主で、まさに神の使いのような美少女であり、更にその装いもそれを物語っていた。
彼女はマントのように長い、白いブラウスにジャケットをはおり、純白のミニスカートとニーハイソックスという全身、一転の曇りも無い白のいでたちという、まさしく天使を思わせる服装であった。
そして、この少女が赤兎を仕留めたのだろう、少女はゆうに彼女の身長の二倍を超える長さの大型ライフルを手にしている。
少女は大型ライフルを再装てんすると、俺達の目の前に排出された薬きょうが落下してくる。
その薬きょうを一目見た優の顔が、次第に青ざめていく。
「あれは……」
「どうした?」
俺の問いに、優は声を震わせ続ける。
「……あの弾は、数キロ先から装甲車をも貫通できる威力を持つ弾丸で、普通は戦車や戦艦に使用されているんだ……だから、あの弾は到底人間が撃てるような代物じゃないはずだよ……」
――な!? い、一体……何者なんだ、あの少女は……
少女は董島が橋に降りたのを見ると大型ライフルを捨て、欄干から一瞬で姿を消し、瞬間移動のように董島の数十メートル前に出現、少女は董島に向け無言で歩を進める。
董島は俯き、立ち上がりながら語る。
「……仲間を裏切り、騙し、蹴落とし――ようやく、王国軍のナンバー2という地位を手に入れたんだ……この地位は誰にも渡さん! 灰と化すがいいクソガキ!」
気合を込め言い放つと、右手を前に突き出す。
「攻撃! 烈火!」
董島がそう叫ぶと、手の甲から火炎の球が現れ、それを少女に向け投げ飛ばす。
少女はそれに対しても眉一つ動かさず歩み、腰に刺していた刀を抜き火炎を真っ二つに切り裂く。
「ぐっ……ならば、これはどうだ!」
両手を前に張り出す董島。
「攻撃! 光!」
手のひらから青白く光る光線を放つが、少女はそれすらも両断してみせる。
「そんな!? ぬぐっ……まだ……まだだ!」
同じ攻撃を繰り出す董島。
少女は董島の放った攻撃を次々と難なく切り捨て、そして少女はついに董島の目の前まで迫る。
「な、なめるなーーーーーッ!」
董島も剣を抜き一心不乱に少女へと切りかかるが、彼女は赤子の手をひねるが如く一合いで、董島の剣を弾き飛ばした。
「馬鹿な!?」
剣を弾き飛ばされ、董島の胴ががら空きになる。
少女は間を開けず、がら空きになった胴を刀で切り裂く。
斬られ、剥がれ落ちる甲冑。
「あなたは、スタイルを略奪するというシステムに反する行為を行った。よって排除される」
少女はそうつぶやき、とどめを刺そうと刀を構え直す。
「……排除されるのはテメェの方だ!」
董島はそう叫び、甲冑の裾からリモコンのような物を取り出す。
董島の胴に目を向け、驚愕の表情を浮かべる少女。
そこには、甲冑の下に無数の爆弾が巻きつけてあった。
「優! 逃げるぞ!」
爆弾を見た俺と優は、死に物狂いで陸側に向け走る。
「安心しな! 俺が地獄まで案内してやるよ!」
董島は半笑いを浮かべ爆弾を起爆させる。
大地を裂くどの、凄まじい音と爆炎は少女を襲い更に、その衝撃で橋の半分を川底へと沈める。
「優、大丈夫か?」
「……ボクは大丈夫だよ。秀は?」
「俺も問題ないよ」
今俺達は、橋の入り口近くにある堤防から爆発のあった方を眺めている。
俺達は何とか爆発が起きる前に橋から逃げられたが、橋ですら吹き吹飛ばしてしまった、あの爆発では少女も恐らく……
しばらくすると、塵煙が消え始める。
「「な!? まさか!」」
俺と優は二人して同じ反応をする。
塵煙が消え、そこに少女の姿が現れる。さらに、少女は結界に守られてあの凄まじい爆発でも無傷であった。
少女は結界を解き再度、瞬間移動の様にこつ然と姿を消してしまう。
「二人とも無事?」
背後から声がしたので振り向くと、司がこちらに向け歩いてくる。
「俺達は大丈夫だぞ! 司も無事だったか」
俺の返しに司は安堵の表情を浮かべるが、気まずそうな顔で俺達の前に来る。
「えっと……二人とも残念なお知らせなんだけど……」
「残念?」
司は非常に言いづらそうに、言葉を選びながら言う。
「その……言うの、忘れてたんだけど……賞金は董島自身が持ってて……見ての通り……爆発で……ね?」
「「マジ!!」」
俺と優は司に詰め寄るが、体が金色に輝く砂と化し消えてゆく。