二華動乱
「おう、優どうした?」
俺の質問に、優は司を指差し……
「どうしたじゃないよ、秀! 何で、クソビッチがここにいるんだい!」
と司に対し、余計な事を言う。
「ハァ!? あんた昨日それ、もう言いませんって言ったじゃない!」
司はさっきまでの笑顔が消え去り、鬼のような形相で優に詰め寄る。
「あれは、お前が無理やり言わせたんじゃないか! あんなの無効だよ!」
「あんた、自分の言った事も守れないの?」
「だから――」
優が何か言いかけると、それを遮る司。
「あ~あ、やだ、やだ、これだから〝ひんにゅう〟のガキんちょは困るのよね」
そして、司は自分の胸を強調するように腕を組む。
「う゛~~」
優は押し黙り、司をにらむ。
「ほら、何か言ってみなさいよ!」
「…………」
完全に優は沈黙し、その目には涙が浮かんでくる。
まずい……優は泣くと、暴れて手が付けられなくなる――その前に、止めなければ……
「まぁ……二人とも、その辺で……」
俺は喧嘩を止めるべく、二人へと近づく。
「秀~~助けて、クソビッチがいじめるーー」
優は瞳を潤ませ、だだっ子の様にそう告げて俺の後ろに隠れる。
「あっ、ちょっと! 優、逃げるんじゃないわよ!」
優を追いかけようとする司、俺は一歩前に出てそれを妨げる。
「司、落ち着けって……」
「そっちから喧嘩売ってきたんじゃない! 秀、あんた何でコイツの味方すんのよ!」
「いや、だから……」
何とかして、話題を変えなければ……
「そ、そうだ! 司、へ、部屋はどこがいい? よかったら今案内するよ……」
「部屋!? そんなの後でいいわよ! 秀、今すぐどきなさい!」
「い、いや……今、選ばないと……ほら、日が暮れてからじゃ、日当たりとか判んないだろ?」
それを聞いた司は、少し考え込む。
「そうね……日当たりは、結構重要だし……」
ふぅ……何とか二人を引き離せそうだ。
「ま、待ってよ――部屋を選ぶって……どういう事なんだい?」
俺の後ろから優が顔を覗かせ、尋ねてくる。
「ああ、それは――」
俺の発言を絶ち、優を見下すように言う司。
「あたし、今日からここに住む事になったの」
優はため息をつき、やれやれという表情で返す。
「はぁーークソビッチ、君はついに妄想と現実の区別もつかなくなったのかい……つくづく、残念なやつだなぁ」
また……お前は余計な事を……
「あんた……マジで何なの」
さすがの司も呆れてきたようだ。
「秀もそう思うよねー?」
優は俺の顔を見てにっこりと、微笑を浮かべる。
俺も司同様、呆れつつ優に真実を告げる。
「……あのな、優、妄想とかじゃなくて、本当に今日から俺達ルームシェアするんだ」
「な!? そ、そんな……どうして……」
崩れ落ち、床にへたり込む優。
「ほら秀、部屋案内しなさいよ」
司は俺のシャツの裾を引っ張る。
「認めない……絶対……ボクは認めないからなーーーーーーッ!」
優は静かに立ち上がり、そう吐き捨て玄関を飛び出していった。
「お、おい! 優!」
俺は優を追いかけようとするが、司に呼び止められる。
「秀! どこ行くつもりなのよ!」
「いや、追いかけないと」
司は腕を組み、憮然とした態度で言う。
「追いかけてどうすんの?」
「それは……」
俺は追いかけること以外、何も考えていなかった。
「何か考えてから行動を起しなさいよ――ほら、何も考えてないなら、早く部屋案内する」
「あ、ああ……」
こうして俺は司に、部屋を案内する事になったのだが……
「狭い」「日当たりが悪い」「ホコリっぽい」などと、彼女はわがままを連発し中々、決まらない。
一通り部屋を回った後どこがよかったか尋ねると、なぜか、わがまま三拍子のそろった、俺の隣の部屋で落ち着く事になった。
他にもいい部屋あったのにな……なんで、ここなんだ?
俺はそんな事を考えつつ、司の部屋に必要最低限の家具を運び入れ、リビングで彼女と小休止を取っている時だった。
ピンポーン――
チャイムが鳴り、俺は来客の応対をする為玄関の鍵を開けると、勢いよくドアが開かれる。
すると、そこに現れたのは……
「優!?」
だった。彼女の手を見ると、旅行用のキャリーケースが握られている。
「君たちがふしだらな行為に及ばないよう、監視する為にボクもここに住む!」
俺を指差し高らかに、そう宣言する優。
「ちょっ……お前は……また……」
俺が呆れて頭を抱えていると、タイミング悪く司が現れる。
「秀、コーヒーおかわり……」
優は司を見つけると、人差し指を彼女に向け言い放つ。
「よく聞け! クソビッチ! ボクも今日から、お前がふしだらな行為に及ばないよう監視する為、ここに住む!」
「あんた! 本当に何なのよ!? そんなのダメに決まってるじゃない!」
「どうしてだい? あ! やっぱり、〝そういう行為〟に及ぶつもりなんだーー」
優は少し棒読み気味で、ワザとらしく言ってのける。
「……そ、そ、そんな事……しないわよ……」
司は顔を赤くさせ、俺の方をチラチラ見ながら、恥ずかしそうに言う。
「じゃあ、ボクは〝そういう行為〟しようかな」
そう言うと優は俺の右手を握り、にこっと微笑む。
「お、おま、何言って!」
「行こう」
俺にそう告げる優。そして、うちに上がり俺の手を引く。
「んな!? マジ、何考えてんのよ!?」
司も同様に俺の左腕を掴み、自分の胸に寄せしっかりと抱きこむ。
う! ひ、左腕が……抱かれて……きもち……じゃなくて!
ヤバイぞ! このままだと……理性がーーーッ!
何とかして、現状を打開しなければ!
俺は頭をフル回転させるが、何も思い浮かばない――そして、俺はただただ、赤面してゆくだけであった。
「何でそんなに動揺しているのかなぁ? クソビッチぃ? ボクはただ、秀が新しく買ったゲームを見せてもらいに行くだけだよぉ~」
司を馬鹿にするような口調で言う優。
「は!? だって、あんたさっき……」
「ボクは〝そういう行為〟とだけしか言ってないよ」
心底悔しそうな表情をする司。
「ぐ~~ッ! 秀、あんたも黙ってないで、あたしの弁護しなさいよ!」
「腕……放してくれ」
俺は司から視線を落し答える。
司も事態を飲み込んだのか、顔を紅潮させ慌てて俺の腕を放す。
「そ、そういう事は……早めに言ってよね!?」
お前が掴んだんだろ……
そんな司を見て、優は見下すように言う。
「今といい、さっきといい……クソビッチは変態だなぁ」
「あんたに――」
優は司の発言を遮り、告げる。
「じゃあ、さっき何考えてたんだい? 言ってみなよ」
「えっ!? それは…………」
「ほら、早く言ってみなよ」
司に迫る優、それに対し司は黙り、今にも泣き出しそうになる。
「おい! 優、やめろよ!」
俺は強い口調で優に言い聞かせ、二人の間に割って入る。
「司、大丈夫か?」
司は俯き、頬に涙を伝わせ言う。
「ばか……なんで……もっと早く、助けてくれないのよ……」
司は潤んだ瞳で俺を見据えると、叫ぶ。
「秀のバカ! もう、知らない……ひぇっ……」
彼女はついに泣き出し、俺の頬に強烈なビンタをお見舞いする。
「ぶはッ!?」
そして、司は自分の部屋に向け、走り去って行った。
「全く、ひどいな、クソビッチは……秀、大丈夫かい?」
「お前のせいだろ!」
「ん? ボクはただ普通に、会話してただけだよ。どこかおかしかった?」
優は全く悪びれることなく、疑問に満ちた表情を俺に向ける。
……コイツの恐るべき所は、司とした一連の会話が普通の事だと本気で思っている点だ。
それ故、接する人間、全員にこの様な態度をとる。ある程度親しくなれば、普通に会話するのだが……
だから皆、優と親しくなる前に、彼女の前からいなくなってしまう。
そして、残ったのが俺と朝陽だけだった。
でも……司もなれるかもしれない――優の友達に……
正直、あの態度の優とまともに、会話したのは司が初めてじゃないか……今の優には、司のようにハッキリものを言ってくれる同性の友達が必要だ。
もちろん、司の意思も尊重するが……俺は友達になれる可能性に掛けてみる事にした。
「優、お前もルームシェアするか?」
「本当!? 秀~~大好き!」
そう言って、抱きついてこようとする優をかわすと、むーとふくれっ面をして見せる。
その後、俺は優に部屋を決めさせ、その足で司の部屋に行き、何とか機嫌を直してもらうよう二時間、謝り倒す。
さらに三人でルームシェアをする事に対し、司の同意を得る事にも成功する。
ふぅ……プライドもクソもなかったゼェ……
気づくと、すでに時刻は夕方をすぎていた。俺達は夕飯を食べる為、一度、三人でリビングに集まるが、優と司は目が合うとメンチの切りあいを展開、重苦しい空気を漂わせながら二人とも、対角の位置に座る。
「えっと……二人とも……夕飯、インスタントラーメンでいいか……」
俺はこの空気から逃れるべく、キッチンに向おうとする。
「秀、一人暮らしだからって、そんな物ばかり食べてちゃ毒だよ。たまには、料理しなきゃ」
優の意見はもっともだが、俺は料理が出来ない。
「男子、厨房に入らずだ!」
司は頬杖をつき、言う。
「優、そんな事言って、あんた自身は料理できんの?」
俺の事はスルーですか……
「当たり前じゃないか! 君こそどうなのさ!」
司の態度に、イラッとしたのか優は語気を強める。
「あ、あたし!? で……出来るに決まってるじゃない!」
司はそういったが、どこと無く自身がなさそうだ。
「ふ~ん、じゃあ得意な料理は?」
「ビ……ビーフシチュー……とか……」
優は司にじと目をむけ言う。
「へーすごいじゃないか――ビーフシチューって言えば、野菜を煮るときにジャガイモを重ねないようにして、多めの〝だし汁″で煮る事が肝心だよね」
「やっ、やっぱり……あんたもそう思ってた?」
目を泳がせる司。
「それと、肉を入れ煮込んだ後の〝しょうゆ″を入れるタイミングとかも重要だね」
思い出したように告げる優。
「そ……そ、そうね……重要よね」
……だし汁としょうゆが入ってるビーフシチューって、どんなのだよ……
「もう、ここまで出来れば、立派な肉じゃがの完成さ」
「ビーフシ……肉じゃが!?」
司は驚き立ち上がる。そんな司を見て優は呆れ顔で言う。
「やっぱ料理、出来ないじゃないか」
「そんな事ないってば!」
俺はさっきの二の轍は踏むまいと、司を止めるべく耳打ちする。
「司、あんまり意地張るなよ――優はああ見えて結構、料理は得意だぞ」
「余計なお世話よ!」
司は俺を一喝すると、優を指差し宣言する。
「優、昨日の約束を果たしてあげるわ! あんたとあたし、どっちが料理上手か勝負しなさい!」
「面白そうじゃないか、受けて立つよ」
優も立ち上がり、二人は再度メンチを切りあう。
そして、対決の審判は俺がする事となり、まず、一番手に優、次に司の順で料理をつくる事になった。
――数十分後。
優の料理が完成し、運ばれてくる。
「さあ、食べてよ」
そう言うと優は、俺の前にハンバーグを置く。
優の料理はハンバーグか……見た目は特に普通だな。
「いただきます」
俺はハンバーグに箸を入れる。すると、蛇口をひねったように溢れ出す肉汁。そして、ハンバーグの中にチーズが入れられ、それはとろけ、肉汁、ソースと混ざり、見た目にも食欲をそそる。
ハンバーグを一口大に切り分け、口へと入れる。
まさに、衝撃だった。
う、うまい……
もはやこの一言に尽きる。
肉汁で満たされる口内、噛むという行為を感じさせない、やわらかくふっくらと焼きあがった肉、さらに、とろけたチーズ、これが肉汁の旨みと混ざり合い、そこにソースのコクと香りが加わり、三つが完璧に調和し味を豊かにしている……すばらしい……
俺はあっという間にハンバーグを食べ終える。
「どう……かな?」
優が心配そうな面持ちで、尋ねてくる。
「いや、本当にうまいよ! 俺が食べたハンバーグの中で、一番うまいんじゃないか」
俺の言葉を聞くと、優は表情を明るくさせる。
「ほ、本当に、秀、ありがとう」
「次はあたしの番ね!」
司はそう息巻いて、キッチンへと向う。
しかし……案の定、彼女は料理が苦手だった様だ。
途中、焦がしたり、怪我したり、色々入れすぎたり……と残念な料理風景に、さすがに、見かねて俺も手伝おうとするが、全力で断られてしまう。
そして、数十分後。
「出来た!」
司は何とか、料理を完成させ〝何か〟を俺の前に持ってくる。
これ……ポテトサラダか? にしては、茶色すぎるし……それに、肉やしらたきが入ってるって事はやっぱり、違うのか……
俺の前には、褐色の汁に浸る、茶色いポテトサラダのようなものが置かれていた。
「司さん、一体これは何の料理ですか……」
俺は恐る恐る、聞いてみた。
「見て分かるでしょ! 肉じゃがよ!」
腕を組み、司は高らかにそう明言する。
それを聞いた優は、司の後ろで必死に笑いをこらえている。
「ほら、温かいうちに早く食べなさいよ」
司に促され、俺は肉じゃがもどきに箸をつける事にした。
「いただきます……」
まあ、見た目より味だよな、味。
俺はそう考え、口へと運ぶ。
う゛……
まさに、見た目どおりの結果だった。
何だこの食感……土か……これ……それにこの味……鉄?
マズい……マズすぎる――もはやここまで来ると、生命の危機すら感じる……
「どう、おいしい?」
何かを期待するような視線を、俺に向ける司。
さて、どうするか……
「…………う……まいよ」
あんな視線を向けられては、とてもマズいなんて言えなかった。
「でしょ! さすが、あたしの作った料理ね!」
優の顔から笑顔が消え、真剣な表情で彼女は俺に尋ねる。
「秀、ボクにも一口くれないかな」
……んな!? 余計な事を……
俺は急いで肉じゃがもどきを全部、口へとかき込む。
ぐがっ……ヤバイ……意識が遠くなってきた……クソ……こんな、ていど……
視界がグルグルと回転し、いすから転落する。ここで、俺の意識は完全に途切れた。




