これって……現実?
ゆっくりまぶたを上げると、そこには民家ほどの大きさがある、全身赤く染まった
ドラゴンが、目の前にたたずんでいた。
コイツは何を言っているのだ? と思われても仕方ないだろうが、
俺にだってわけが分からない、何でこんなものが目の前にいるのか。
だが、見間違うはずがない。長い首に、長い尻尾に、胴体からは羽が生え――
そう、ファンタジーゲームに出て来るドラゴンの外見そのままなのだから。
赤いドラゴンは、俺に気づいていないのか興味がないのか、俺を無視して、
その長く大木のように太い首を俺の目の前で大きくゆっくりと左右に揺らし、
何かを探ってるように見えた。
よし……今なら、逃げられる。
そう確信した俺は、現状のしりもちをついた体勢のまま、
恐怖で震える手足をゆっくりと動かし、後ろへ下がる。
クソ! 汗が止まらない、さっきっから何度も頬を伝ってくる。こんな状況のため汗を拭くこともできない、服も汗でびしょびしょで気分が悪いし、恐怖で気が狂いそうになる。
最悪、何で……何なんなんだ、何でこんなのが……
「チッ…… 見失ったか?」
赤いドラゴンから声がする。
「しゃ、しゃべった!?」
う――ッ!!
俺は思わず手で口を抑える。
ヤバイ、つい声を出してしまった!
赤いドラゴンの動きが止まり俺と目が合う。
もう、ダメだ……
俺は恐怖でもう動けない、ぐっと出せるだけの力を振り絞り、まぶたを固く閉じる。
「ん? どうした、赤兎?」
く、食われる……
目を閉じているせいか周りの音が鮮明に聞こえ、恐怖感をあおる。
――――ガシャン。
金属同士がぶつかり合う鈍い音がする。
――ガシャン、ガシャン。
音が徐々に大きくなりこちらに近づいてくるのが分かる。
い……いやだ――やっぱり食われたくない、まだ高二で死ぬなんてあんまりだ!
だが、どうすればいい、どうすれば!
ガシャン!
「おい、大丈夫か?」
……えっ? 大丈夫?
俺は固く閉じていたまぶたを持ち上げ、正面を見る。
そこには、赤いドラゴンの大口が――
……無かった。
口の代わりにそこには、西洋甲冑で武装し、その上から赤いマントを羽織った人物が立っていた。
兜をかぶっていて顔は見えないが、声から察するに男だろう。その後ろにはさっきの赤いドラゴンが大人しくしている。
さっきの声と金属音はコイツだったのか――これで……た、助かった――のか?
「立てるか?」
赤マントの男が手を差し伸べ、俺はそれにつかまり何とか立ち上がるが、よろけて壁にもたれかかる。
「おいおい、大丈夫か?」
「えぇ、大丈夫です。あの、助けていただいて、ありがとうございます」
「ああ、いや、こちらこそ、すまなかったね。それより君、新入りだろう?」
……新入り? どういう意味だ?
「私の名は、董島だ。おっと、これは失礼」
そう言って董島は兜を脱いだ。
髪は短髪で色は茶、年齢は恐らく俺より上、二十代前半位だろう。顔立ちは、結構こわもてだ。
「君の名は?」
「えっ、あぁ、長久……長久 秀です」
「そうか、長久君、よろしく」
「あぁ、どうも、こちらこそ」
二人で握手をする。
「さっきはすまない、驚かせてしまったね。赤兎にも悪気は無いんだ。」
「その――赤兎って……」
「あぁ、あのドラゴンの名前だよ。私の唯一無二の相棒だ」
董島は、赤いドラゴンを指差しながらうれしそうに語る。
「は……はぁ」
「ははは、心配しなくていいよ。私が命令しない限り攻撃はしないから」
「そ、そうですか……」
俺にとっては笑い事じゃないんだが……
「そうだ、少し待っていてくれ、本部に連絡を入れてくる」
そう言い残すと董島は赤兎のいる方向へ走って行ってしまった。
俺は安心し再び地面にへたり込み、ため息をつく。
「はぁ……助かった」
しかし、何であの童島って人は、西洋甲冑なんて着ているんだ? コスプレ?
それに、ドラゴンなんて空想の生き物のはずじゃ……これって現実だよ……な?
……ったく、ここは、ファンタジーの設定でよくある中世ヨーロッパでもペルシャ王朝時代でもない、二十一世紀、現代日本だぞ。
そして、俺が今いるこの場所は自宅のリビングだ。
俺は、うつむいていていた顔を持ち上げ、辺りを見回す。
リビングの壁はドラゴンによって破壊され、トラックでも突っ込んだのか!?
……とでも言いたくなるくらいの無残な惨状だ。破壊された壁からは庭が見えるが、今その庭は、赤兎とか言うドラゴンに陣取られてしまっている。
うちの庭、広くないから狭そうだな……
「……今日は、なんて一日だ」
今思えば、今日は朝から最悪だった。朝、テレビでの星占いは最下位だったし、さらに今日から夏休みでバイトがんばるぞ! と思ってたら面接落ちるし。そして仕上げは夜、家に帰りリビングでバイトどうするか悩んでいれば、壁を破壊してドラゴンが現れる始末。
クソ! 何が起きてるんだ!
……あの董島って人なら何か知っているだろうか? いや、確実に知っている。
「……長久君、少しいいかな」
董島が深刻そうな顔つきで目の前に立っている。
「どうしました?」
「残念だよ。非常に残念なことが判明した……本部に連絡を取ったら君が敵であることが分かったんだ」
そう言うと董島は不敵な笑みを浮かべ話を続ける。
『だから……君、死んでくれないかな』