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『これが私の世界だから』  作者: カオリ
第五章《迷霧》
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第五章《迷霧》:Scapegoat(1)


彼女がそこに居合わせたのは、ただの偶然だった。


明日提出せねばならない課題のファイルを、一日の最後に使用した教室に忘れたらしい。それに彼女が気付いたのは夕食も済んだ、消灯時間寸前のことである。

今晩のうちに仕上げてしまいたい課題だっただけに状況は手痛い。彼女が夜の校舎に向かうことを決意したのは、ごく自然の流れだった。


幸い“学園”は全寮制の為か、しばしば夜にも利用者が現れるために教室に鍵はかかっていない。彼女はそれを知っていたので、ルームメイトに外出の旨を告げた後は真直ぐ目的地へ向かった。

ひんやりとどこからか冷気の流れ込む廊下を歩く。上履きのゴム底が床を擦る音だけが響いていた。静かな空間に心細さを感じた、彼女が“それ”を目撃したのはその時だ。

――Tの字を型取った廊下の先、彼女の目の前を小さな人影が横切ったのである。裸眼での視力1.0をキープしていた彼女には、その姿形が一瞬でもはっきり見えていた。


(女の子……?)


暗がりのせいではっきりした色はわからないが、おそらくは黒髪の。肩より僅かに長いそれを靡かせて疾走する、それは少女のようだった。身につけているカッターシャツとスカートは一見“学園”の指定制服に見えたが、多種多様のそれをすべて把握しているわけではない彼女に判別は付け難い。

細い足を覆っていたのは膝下までのブーツだったように思えた。それに彼女は首を傾げたが何よりも、少女の腰からぶら下がった棒状の物に目を引かれる。


(…………え、)


それが“刀”だということに気付くまで時間はかからなかった。

剣道部の持ち歩いている竹刀や、木刀とは違う。漆黒の鞘に白銀を覆われた、紛れもない真剣だ。

どうしてそんなものを――思うより先に身体が動く。彼女は弾かれたように少女の姿を追ったが、角を曲がったときにはもうその影さえ消え失せていた。

どこへ行ってしまったのだろう。彼女は見失った少女のことを思いながら再び首を捻る。途端、カタン、と背後から音がした。


「……!?」


いつから其処に立っていたのか。慌てて振り返った先には、すらりと一つ人影が伸びていた。しっかり床を踏みしめている足を確認して、一瞬幽霊の類いかと思ってしまった自分に喝を入れる。

そのまま、誰、と問おうとして彼女は身体を強ばらせた。さっと血の気が引いて、金縛りにあったように瞳ばかりが動く。目の前に立っている相手の手に、鈍く光る物が握られているのに気付いてしまったのだ。


「哀れな犠牲者スケープ・ゴート、貴女は運が悪かった……」


柔らかく子守歌を謡うように囁かれたその声音はしかし、ぞっとするほど無機質な冷たさを共に孕んでいた。

“それ”を握った手が、すっと持ち上げられる。彼女の方に真直ぐ向けられた銃口の、ぽっかりと開いた穴がただ恐怖を呼んだ。


「や、めて……」


懇願した声は震え擦れていた。彼女に許されていたのは、ゆっくりと引き金にかかる指を見ていることだけ。


「――Requiescant in pace(Rest in peace).」


サイレンサーを備えた鈍色の奥で、静かに一つの火花が爆ぜた。

紡がれた最後の言葉はもう、彼女の耳に届かない。









 RIP!


 RIP!


 祭壇に山羊を!


 密やかな終焉を、安らかな死を。


 さぁ眠れクライスト、朽ちた聖母のかいなの中で!





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