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『これが私の世界だから』  作者: カオリ
第五章《迷霧》
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第五章《迷霧》:嘘と噂と(3)

どっさりと積み上がった資料の山に沙南は悲鳴を上げた。全ては彼女と愛の生活している相部屋に屯する、少女たちの持ち込んだものである。

二人部屋に七人はきつい。定員オーバーだとぼやく部屋主にはお構いなしで、メンバー達はこの部屋を“会議室”に認定してしまった。この二日間で集めた調査結果と共に全員が腰を下ろせば、足の踏み場など一つも残らない。


「……とりあえず、集計しようか」


恐々口を開いたのは双子の片割れだった。声だけでは判別できないが位置的に翠子のほうだろう、と沙南は思う。ちなみに髪の長いほうが薫子、短いほうが翠子だ。

翠子の案に賛成の意を示して、全員が手持ちの用紙に視線を落とした。これを全て数えるのは骨が折れるに違いない。まずは項目を書き出すところから始めなくてはならないだろう。

私が書くよ、言って絹華がペンを取る。持ち方に癖もない、丁寧な字を少女は書くのだ。それじゃあ、と愛が声を上げた。手に持った紙切れにメモされた調査結果を、ゆっくり読み上げてゆく。


「まず……“学園の創始者は人間ではない”」

「えぇ……」

「それはないでしょ……」


さらさらと書き付ける、絹華以外の全員が息を吐いた。いきなり突拍子もないものが来たな、と沙南も目を細める。

“学園のトイレの三番目に”……続いて愛が読み上げたのは日本の小学生の間で流行した“花子さん”に酷くにていて、メンバーの間からは小さく笑いが零れた。絹華がペンを走らせる音が響く。


「“学園は昔軍事施設だった”――あ、これあたし知ってる」

「私も読むよ。“黒髪の少女の亡霊が現れる”」


時間短縮の為に参戦したロアルが読み上げた、それに沙南の身体がぴくりと震えた。それ、あたしのほうにもあるよ。翠子がそういうので探してみれば、他にも同じ内容を記されたものが幾つか見つかる。やはりこの怪談は多くの票数を獲得しているらしい。


「えぇと……“どこかの寮棟には開けられない部屋がある”」

「次ね、“出入り禁止の第三会議室はマフィアの会合に使われている”」

「“学園の生徒はみんな身元不明”……これ噂ってか事実じゃん」

「“第二図書室の閲覧禁止本棚には、学園の秘密を握る物が挟まった本がある”だって」

「挟まってんの? 本自体に何か書いてあるんじゃなくて?」


愛とロアルが交互に読むうちに、少しずつ資料の束は崩れていく。途中からは百瀬が絹華を手伝って書き取りに加わった為、作業もかなりスムーズになった。

進めていくうちに、中には伝説とはとうてい呼べないものまで混じっていた事が判明する。教師のプライベートに関するものが殆どで、恋人に関することや隠れた趣味を暴く話が多い。愛の読み上げた“物理教師のブリックマンはヅラ”という一文には、全員が腹を抱えるはめになった。


「あたたー!」

「あ、っはは……くるし、」

「ブリックマンってあの眼鏡でしょ? あたし怪しいと思ってたんだよねぇ」


沙南や愛など、大学受験を目指す者なら一度は件の教師を目にしている。ここにいるメンバーは皆勉学を疎かにしてはいなかったので、全員があの違和感満載の頭に見覚えがあったのだ。

ひとしきり笑い転げた後、ロアルは腹をさすりながら次の用紙に手を伸ばした。笑いすぎた目尻には薄らと涙が浮かんでいる。

日本人にはない白さの指先が紙切れの端を掴んで、色素の薄い瞳の前にそれを運んだ。ゆるりと動いた眼球が書かれた文字をなぞった、しかしその瞬間、ロアルの動きが停止する。


「……ロア?」

「ううん……ちょっと……」


どうしたの? 

訝しんで問い掛ける仲間の前で、ロアルは一人言葉を濁した。様子がおかしい、その原因が紙に書かれた内容にあることは明らかだ。

嫌な気配を感じ取って沙南は、その手から用紙を抜き取った。そっと文字を覗き込んで、彼女もまたその身体を強ばらせる。しかし唇だけはしっかりと、その言葉を読み上げていた。


「……“入れ替え”の後には……」


 入れ替え の あと には かならず 死人 が でる 。


周囲が息を呑んだのがわかった。

奇妙に歪んだ文字で綴られていた、それを誰が書いたのかはわからない。はじめこそ生徒一人一人聞き込みを行っていた調査方法は、その効率の悪さから途中で変更になった。授業など人の多く集まる場で無地の紙を配り、それに書いてもらって一度に大量回収する。そうして得た調査結果、これはその内の一枚だったからだ。


「……何それ」


気味悪い。憮然として言い放った愛の傍らで、薫子が顔色を失っていた。つられたように白くなる翠子と並んで病人のようだ。


「“入れ替え”って、つい最近……」

「や、めてよ!」


冗談にもならないことを呟く薫子を、愛が慌てて制止する。

ただの噂だし、てゆーか悪戯かもしれないし! 

懸命に場を和ませようとする愛のおかげで我に返った面々は、口々に同意を示しながらこの話は一旦保留にすることにした。この話題が一票だけなら――上位七つに含まれなければ、調べる必要はないのだ。忘れてしまえば良い。


「次は?」

「“学園の中には武器庫がある”」

「あとコレも。“学園は何かを隠すために存在する”……」


ロアルと愛が読み上げを再開して、書き取り組も再びペンを取る。残りのメンバーは紙の山の運搬と整理だ。

地道な作業を続けた七人がついに解放されたのは、それからさらに一時間半ほど経過した後のことだった。書き上がった噂話のタイトル一覧、その横に書き込まれた票数を見て沙南はそっと息を吐く。今度はこれを、検証しなくてはいけない。


「じゃ、選ばれた七つを発表しまーす」


明るい声で言い放った愛に全員が視線を送った。いよいよ、動きだすのだ。


「一、寮棟に開かずの部屋がある。二、学園は何かを隠している。三、食堂には学園運営者用の隠し通路がある。四、零時ジャストに見た人間が消える鏡がある。五、第二図書室の閲覧禁止本棚には学園の秘密が隠されている。六、夜中に悲鳴が聞こえる教室がある。そして七……、」


そこまでを一息に言い切った愛がすっと息を吸い込んだ。最後の一つをゆっくりと、告げる為に。


「――黒髪の少女の亡霊が、現れる」


瞬間、思わず息をついたのは沙南だけではなかった。ただし周りのそれは、沙南の行った意味合いとは異なっている。

やっとだね、と誰かが呟いた。ようやく形になった調査結果は、まだ始まりに過ぎない。

誰もが心配していたあの一件については、それ以上の票が集まらなかったために流されることになった。良かった、と心から沙南は思う。人が死ぬなんて話を立証したいはずがない。


「これからはこの七つに絞って、いよいよ検証開始。軽ーく分担決めとこうと思ったんだけど、希望あるぅ?」


勿論基本は皆で協力だけどと笑った愛の言葉に皆、僅かに逡巡したようだった。本音を言えば、一番調べやすく結果の出るものに当たりたいのである。沙南などはどうにも気になって仕方ないあの七つ目以外ならどうでも良かった。七不思議に七人、どうしても誰か一人は当たってしまうのだが。


「……“亡霊”と“学園が隠してるモノ”は、私とモモセでやるわ」


沙南の思考を突然引き戻したのは酷く静かな声だった。断定の意を含んだ声音を落とした、少女の髪がさらりとゆれた。銀の色。


「ロア……!?」


がたんと音を立てて立ち上がったのは、名前を上げられた百瀬本人だった。黒い睫毛に縁取られた眼が大きく見開かれている様を見て、沙南までもが驚いてしまう。いつも何処か一線を引いている百瀬の、こんな表情は珍しい。


「何でそんな、」

「二人で二つよ? 問題ないじゃない」

「そうじゃないの!」

「……モモセ、」


あとで、はなしを。

声を出さずにゆっくりと動いたロアルの唇を見て、百瀬はぴたりと口を噛んで押し黙った。ロアルの口元が見えなかった沙南と、その他のメンバーはただ首を傾げるばかりである。何かを考える込むように眉を寄せた、絹華の顔がちらりと沙南の視界に映った。


「……え、と。良いの? 百瀬」

「……うん」


おずおずと愛に問われた、百瀬は小さく頷いた。決まりね、とロアルが笑みを浮かべる。

沙南は開け放した窓の外にそっと目をやった。新月の晩が過ぎ去り、今は薄い猫の爪のような月が浮かんでいる。さわさわと揺れる木々の音は、何処からきこえてくるのだろうか。


(……?)


窓の形に切り取られた景色の、闇中に人影が見えた気がして沙南は首を傾げる。

島を取り巻く生温い潮風が、静かに部屋の中に吹き込んでいた。

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