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『これが私の世界だから』  作者: カオリ
第五章《迷霧》
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第五章《迷霧》:嘘と噂と(2)

“学園”を取り巻く伝説や怪談は、実は七つなどではおさまらない。創設されてからそこまでの年月を経ているわけでもないこの場所に噂話が蔓延するのは、孤島という特異な立地と閉鎖的な空間、そして何よりも謎に包まれた学園運営者の事が原因だろう。

“七不思議”という言葉は捨てたくない――そう希望した愛の言葉で結局、沙南をはじめとするメンバー達は他の生徒へ聞き込みをすることになった。調査内容は、『学園の噂と言えば何を思い浮べるか。』

“学園展”用のレポートには生徒が答えた話のうち、上位七つを取り上げようというわけである。


「……とは、言ってもねぇ」


沙南は人知れず溜息を吐いた。

聞き込みの後に実際噂の検証をしなければいけない事を考えると、“学園展”までに残された時間は少ない。それを良く理解しているメンバー達は授業の合間を利用して早速聞き込みを開始したのだが――その雲行きが、どうにも怪しかった。


「沙南、次行くよ」

「……うん」


調査自体は滞りなく、どちらかといえば予想よりスムーズに進んでいる。“学園の噂”に興味を持っている生徒は意外に多く、情報量も豊富であったからだ。

ルームメイトである二人が行動を共にする事は、自然と多くなり、実際今も愛は沙南を連れ回しながら呑気に聞き込みを続けている。沙南は相棒の背を見つめた後、そっと手元に目を落とした。自分の握っているメモ帳の、剥き出しにされたページが見える。


(……何だか)


直観的に、嫌だ、と思う。

沙南の視線の先には自らの字で綴られた、噂話のタイトルが並んでいた。そのうち一つの横には、既に多くの正の字が鎮座している。

調査の初期段階から凄まじい量の票を獲得しているこの噂は、沙南自身にも聞き覚えがあるものだった。ただ、調べるとなると話は違う。


「嫌だなァ……」


呟いた声は愛には届かなかったらしい。沙南はその文字に目をやったまま、そっと指先でなぞってみる。


(――“黒髪の少女の亡霊”)


この話には、深入りしないほうが良い気がするのに。




*




ワッと大きな歓声が沸いた。散り散りになった人間の間を縫って少年が一人疾走する。足でボールを蹴りながらの動きとは思えない、その速度に皆目を見張った。曲芸師かよ、誰かが呟いた声は風に掻き消される。

球を意のままに操っていた、その両足が不意にリズムを崩した。奪いに近付いていた相手の目の前でフェイントを一つ、二つ。するりと人の壁を抜ければ刹那、蹴り上げたボールが弧を描く。一点に向かってぐんと伸びたそれは吸い込まれるように――ゴールネットを揺らした。

瞬間沸き立つ観客の声。本日三度目の得点である。


「……武藤」

「あ?」


何時の間にやら集まっていた観客(と言っても全て生徒だが)の割れるような歓声の中、亮平はハットトリックを決めた相手に歩み寄る。一人で三点を叩き込んだ少年は軽い汗こそかいているものの、息切れ一つ起こしていない。


「お前……」

「……な、んだよ」


亮平の真剣な表情に怖気付いた、駿が僅かに身動いだ。ふらふらと近寄ってくる彼の顔色は心なしか青ざめていて、ますます駿は気味が悪くなる。

なに、なにこいつ。思っているうちに亮平は駿のすぐ目の前まで迫って、すぅと両手を伸ばしてくる。身構える間もないうちに、がっちりと両肩を捕まれた。


「ちょっ、」

「……お前、最ッ高―――!!」


言われたことがわからずに駿は目を白黒させた。

え、何、お前って? お前ってお前か。いや俺のことか。俺が何だって? 


「…………………はァ?」


間抜けな声を発した駿の肩を掴んだまま、亮平は勢い良くそれを揺さ振った。ガクガクと揺れる視界の中で何とか駿が確認したのは、きらきらと零れ落ちそうな笑みを浮かべた亮平の顔である。


(……えぇえぇ)


何コレ、この状況。

ますます駿は困惑したが、相手がそれに気付くことはないらしい。


「お前スゲーよ! 現役サッカー部に負けてない、てか勝ってる!」

「……どうも」


悪かったな負けてて!

後ろから叫んでいる山岡は完全に無視して亮平は続ける。もしかしてお前って選抜生?


「せんばつ?」

「うちの特待制度だよ。武藤、サッカー選抜ってわけじゃねェの?」

「いや、別に……」


そんなん知らねぇよ、と駿は心中で一人ごちる。詳しい“学園”の制度など一つも聞いていないのだ、話の合わせ辛さといったらない。


(教えとけよ馬鹿ロヴ……)

「じゃあサッカー以外も出来るんだな?」

「そりゃァ人並みには……って、え?」


しまったと思った時には亮平がにやりと笑った後だった。瞬間、墓穴を掘ったということを駿は悟る。それも超特大の。


「武藤、次はバレーな!」

「野球に来いよ」

「バスケが良いって」

「このままサッカーで決まりだろ?」

「フェンシングとかどう?」

「バレーだって。な、武藤」

「野球だよ。な、武藤」

「おい武藤、」

「武藤!」


それまで取り巻き見ているだけだった者に囲まれて、気付けば駿の周りでは武藤の大合唱になっていた。人垣に飲まれて何処へ消えたのやら、亮平の姿さえ見えない。

助けを求めて視線を彷徨わせると、遠くからこちらを眺める人物と目が合った。駿に気付いたのだろう、赤毛に片眼鏡の少年が手を振ってくる。


(あいつ……!)


苛立ちを極限まで募らせた駿は盛大に舌打ちをした。元はと言えばあいつのせいだ。

駿が先刻出会って道案内までしてやったウォルディとかいう少年は、サッカーの助っ人として召集されたにもかかわらず試合に加わらず見ていただけ。

実はサッカーって見たこともやったこともないんだよね――誰もが驚愕する衝撃告白を落としたウォルディに、まさか試合に出ろとは言えない。彼を誘った山岡にとっても予想外の展開であったらしく、結局山岡のチームは――駿の所属したチームは、メンバー予定のだったウォルディを欠いた十人で臨むことになったのである。 


(……どーしよ)


駿は深い溜息を吐いた。

チームの人数が少なければ当然プレーに無理が出る。開いた穴を埋めるには、その分誰かが動くしかなかった。

少年自身は気付いていなかったことだが、駿は一般男子高校生の平均と比べれば遥かに高い運動能力を持っている。ただのゲームだとわかっていても勝負事に力は抜けない、妙に不器用な駿だ――最終的に率先してプレーに加わってしまうことは自然の流れだったのだろう。目立つことはするまいと思っていた矢先にこの状況、それを作り出したのが自らのハットトリックなのだから本末転倒である。


「武藤!」

「頼むよ武藤ー」

「ハイハイ、そこまでェ」


駿が頭を抱えた瞬間、漸くストップの声がかかった。人波に流されていた亮平がそれを書き分けながら近付いてくる。

どうにか再び駿の傍までやってくると、亮平は片腕を伸ばして駿の首の後ろへと回した。肩を組んでいるような態勢になった後、亮平は取り巻きに向かってにかりと歯を見せる。


「悪ィけど、こいつは剣道部に入ることになったから」

「………………はぁぁァ!?」


大声を上げた駿の周りから非難の声が飛ぶ。ずりィぞ播磨!

それを全て無視して亮平はにこにこと笑ってみせた。


「いや、ダイジョブ。武藤は剣道でいける」

「何が大丈夫なんだよ!」

「あのフットワークがあったら完璧だから。飯食ったら剣道場に案内するぜェ」

「勝手に話を進めんな! だいたい、剣道なら俺より――」


半ば亮平に乗せられるようにして会話の応酬を続けていた、駿がはたと口を噛んだ。亮平が怪訝な面持ちで見つめてきたが、冷や汗を押さえるのに必死な駿にはそれを気にする余裕などなかった。心臓が嫌な音を立てて跳ねている。


(…………あ、)


あっぶねェェェェ!!

駿は声を出さずに絶叫した。ふと脳裏に浮かんだ“仕事仲間”である、あの少女の名を口にしてしまう所だったのだ。

名前程度ではわからないだろうが、下手に亮平の興味を刺激して調べられてはまずい。何せあっちは、正式な入学手続きをしていないのだから。


「俺より?」

「な、んでもねェよ! ……あれ?」


慌てて亮平から視線を逸らした、その先で駿は目を見開いた。先刻まで其処にいたはずの、ウォルディの姿がない。ぱちぱちと目を瞬いてもやはり、その景色は変わらなかった。何時の間に、と駿はひとりごちる。


「なぁ、あいつ……ウォルディとかいう。どこ行った?」

「え? ……あれ。マジだ、いねェ」


問いかければ亮平もきょろきょろと辺りを見回した。徐々に崩れてゆく人垣にも、帰ってゆく観客の中にもあの赤毛は発見できない。


「つーか、変な奴だよな。今時サッカー知らないって……」

「武藤、お前うちの噂知ってる?」

「ウワサ?」


首を傾げる駿に、そう、といらえを返す。亮平の顔は何故か真剣味を帯びていて、駿は僅かに眉を寄せた。


「わかると思うけど“学園”に来てる連中の身元ってさ、殆どの奴がはっきりしないんだ。俺たちはお互い詮索もしないし……だから」


とんでもない事情でここに来てる奴が、きっといるわけ。

言われた瞬間ひくりと口元を引きつらせた、駿の様子には気付かなかったらしい。亮平は冗談めいた笑みを浮かべた後言葉を続ける。


「俺が聞いたのだと、王家の隠し子とか。ここには色んな人種が集まるから、有名な情報屋が生徒に紛れ込んでデータ収集をしていくとか……犯罪者が身を隠してるって話まで」

「……へ、へぇ」


微妙に当たってるんですけどォォ……!

胸中に渦巻く焦りはおくびにも出さず駿は相槌を打つ。心なしか強ばった身体と上ずった声を聞けば、聡い者なら彼の変化に気付いただろうが。


「だからあいつ――ウォルディだっけか? あーゆー世間知らずは、可能性高いかもな。良いトコの坊っちゃんぽくね? なんかワケアリでここに来た……」

「ふぅん……」


この時駿は妙な引っ掛かりを感じていたことに、自分自身も気付いていなかった。



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