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『これが私の世界だから』  作者: カオリ
第五章《迷霧》
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第五章《迷霧》:孤島の檻(2)

播磨亮平はりま りょうへいはぽかんと口を開けた。

寮の集合区“箱庭”の中央、事務連絡などが貼り出される掲示板の前である。いつものように朝食後、掲示を確認にやって来た彼はそこに“部屋替え”の知らせを見つけて驚愕した。

二人ないしは三人の形で相部屋となるこの寮では、部屋割りの変更は珍しいことではない。生活のリズム、性格面の問題など理由は様々だが、希望を出せば簡単に変更のきくシステムになっている。ただ、今回はその数が異常だった。

部屋割りが変更になる部屋は全部で二十五、亮平の所属する第二棟のほぼ全てだ。無論、亮平自身の部屋もルームメイトも変わっていた。その相手の名を読んだ彼は首を傾げる。


「……武藤?」


誰。

呟いて思わず眉を寄せた。亮平の知り合いに、武藤なんて人間はいない。同じ棟の者なら全て把握していたはずなのに。


「新入り……?」


しかし“武藤”が今回の“入れ替え”による新入生ならば、部屋に空きがある第三棟に組み込まれるのが普通だった。

おかしいな、と亮平は思う。この“学園”に謎が多いのは、今に始まったことではないけれど。




*




「ミドリ! カオル!」


こっちこっち。沙南が手招くと人の間を縫って、二人の少女がやってきた。

昼間のカフェテリアは酷く込みあうが、しっかり人数分の席は確保できている。少女達は示されるままに空き椅子に腰を下ろすと、同時に愛が大量のマフィンをトレイに乗せてやって来た。


「食べ過ぎ」

「まだ食べてないもーん」


沙南の突っ込みを愛がまぜっ返す、そのやり取りはもう見慣れたものだ。愛が腰を落ち着ければキープした席の全てが埋まる。

では始めましょうか、畏まって絹華が言った。


「第二回……三回だっけ? “学園展”計画会議ィー」


芝居がかった調子で愛が続ければ、わぁー、だのイエーイだの、周りも乗って合いの手を入れる。

集まった少女たちは全部で七人だ。沙南、愛、絹華の他に四人。

ミドリとカオルは本当の名を翠子、薫子という一卵性双生児である。二人の見分けは現段階で唯一、髪の長さでしかつかない。その双子の正面には銀と黒の髪色のコントラストが出来ていた。

ひょんなことから繋がりを持った七人は、今は一つの目標に向かって団結している。あと二月程で行われる学園展に、共同課題を提出するという。


「とりあえず、課題の題材だけでも今日決めたいんだけど」


“学園展”とは定期的に催される、日頃の学習の成果を発表する場のことである。成果と言っても、小難しいレポートや論文を出せというわけではない。題材も発表方法も自由、共同作業も可。スポーツやダンスの実演でも構わない。要はマンネリ化しつつある学園生活にメリハリを付けるために何かやろう、ということだ。


「やっぱあたし、題材はアレが良いと思うんだけど」

「アレ?」


アレだよアレ。挙手しながら言う愛に沙南が首を傾げる。そのまま暫し、不毛な掛け合いが続いた。

アレって何。アレはアレさ。だからそのアレって。なんでわかんないかなぁアレだってば。わかんないわよ。だからァ。


「アレですよ……“学園の七不思議”」

「うっげ!」


途端嫌悪の色を浮かべた沙南とは正反対に、双子がぱっと顔を輝かせた。楽しそう。翠子と薫子の声が綺麗に重なる。


「そんな小学生みたいな題材……」

「良いじゃない、誰もやらなそうで」

「でしょ!?」

「私も賛成」


なおも渋る沙南などお構いなしに話は進んでゆく。止めに絹華までが賛同の意を示して、沙南はがっくりと項垂れた。


「“学園”に伝わってる話を片っ端から検証してくわけ。うちは寮長がいるから、深夜の外出も思いのまま。ね、ロア」


楽しそうに語る愛が話を振った先、プラチナブロンドがさらりと揺れた。薄い碧にも似た瞳がすっと細まる。ロアと呼ばれた第四棟寮長――正しい名はロアル、という――はにやりと笑ってみせた。


「寮長に規則違反の片棒を担がせようってわけね、アイ」

「お願い!」


ぱん、と両手を合わせて拝み倒す。愛の様子にひとしきり笑ったあと、とうとうロアルは頷いた。やったぁ、愛が声を上げるのを沙南は苦い顔で聞く。いよいよ敗戦濃厚だ。


「ね、モモセは?」

「――――良いよ」


決まり!

最後の一人が承諾して、愛が勝ち誇った声を上げた。自分の意見などとうに忘れ去られていることに気付いた沙南は、決め手の発言を落としたモモセに恨めしげな視線を送る。――送って、おや、と思った。


(……?)


黒沼百瀬くろぬま ももせ。染色や脱色の目立つ髪色をした学生達の中で、彼女の長髪は潔いまでの漆黒だ。艶のあるそれと切り揃えられた前髪のせいか、女子高生、よりは女学生と言った風体である。

黒目の大きな瞳が印象的な整った顔立ちをしているが、それが何故だろう、今はどかか浮かない表情であるように沙南には見えた。


どうしたんだろう。

首を傾げたところで、沙南の頭上のスピーカーが何か音を吐き出しはじめた。校内放送なのだろう、雑音の合間から何とか声を拾ってみる。

――新入生を迎え入れる関係で部屋割りの変更が行われました、掲示板にて確認してください。


「部屋割り変わったの?」

「大丈夫、四棟に変更はなかったから」


ロアルの言葉に全員胸を撫で下ろす。七人は全員が第四棟所属で、沙南と愛、翠子と薫子は同室だ。


(そっか、今日やっぱ“入れ替え”なんだ)


沙南は改めて確認して、それからふと思い出す。

この中で百瀬だけは、入学式でも“入れ替え”でもない中途半端な日に、突然やって来たことを。




*




部屋割りが変更になった者は必ず、確認手続きの後新しいルームメイトと対面する。亮平は今まで生活していた部屋の荷物を纏めた後、寮全体を管理している窓口までやってきた。

同時に二十五部屋もの変更を行ったせいだろう、今日の窓口は人の列で溢れている。これでは相手を探すのも大変だろうと亮平がひとりごちたところで、


「……亮平、ってお前?」


声をかけられた。


「へ」


驚いて振り返った亮平の目の前に、同じ年頃の少年が何処か居心地悪そうに立っていた。白いワイシャツにネクタイの制服姿は、今亮平が着ているものと同じだ。

少し長く伸びた黒髪に手をやりながら、あーとかうーとか少年は言い淀んでいる。そこまで見て漸く、亮平の思考回路は追いつきを見せた。


「……“武藤”?」

「そ」


どこかほっとしたように言った、どうやら彼が“武藤”らしい。自分の新しいルームメイトだとわかって、慌てて亮平は手を差し出した。相手は不思議そうにそれを見ていたが、何を意図したものなのかわかったのだろう、同じように手を伸ばす。握手成立。


「そっかそっかー、よろしく。下の名前は何てーの?」

「駿」

「シュン、ね。知ってるだろうけど俺は播磨。播磨亮平」

「はりま?」


駿は首を傾げた後、ああ、と頷いた。


「はりま、って読むんだ。読めなかった」


自分の珍しい名字のことを言っているのだと悟って亮平は笑う。珍しいが、読めない字でもないのだけれど。

じゃあ、よろしく播磨。小さく笑って言った後、駿は亮平に背を向けて歩き出した。寮へ行くのだろう、気付いて亮平も後を追いかける。


「なぁおい、武藤! 待てよ!」


焦りを滲ませながら言えば駿はくるりと振り返る。なに? 唇の動きだけで問われて、ぐっと亮平は言葉に詰まる。

なにって。初対面でこれからルームメイトとしての生活が始まるのに。


(よろしく直後にサヨナラなんて)


そりゃねぇだろ、思いながら亮平は口を開く。どうもこの駿という少年は、人付き合いの何たるかを理解していないらしい。


「お前って今回の新入?」

「そうだけど」

「寮ン中案内してやろうか!」

「見取り図見てきた」


さらりと流されて会話は終わってしまう。見取り図なんて“箱庭”にあっただろうか? 考えながら亮平は、めげずに言葉を探した。


「じゃあ部活とかは?」

「やる気ねェし」

「つまんねーな。青春を謳歌できねーぞ!」

「……お前、何部なの」


漸く相手から会話らしい会話が帰ってきて、亮平は満足気に笑った。駿は(かなり嫌々、だが)亮平の話に耳を傾ける気になったらしい。 


「俺は剣道やってんの! 身体動かすのは基本的に好きだから、サッカーとバスケの助っ人にも少々」

「へぇ」

「運動得意?」

「まァ、そこそこ」

「じゃあ良いじゃん!」


何かやろうぜ!

そこまで言って、亮平の動きがはたと止まった。唐突に、ある疑問がぽんと浮かんでくる。

あれ? 言いながら亮平は首を傾げた。本当はこれ最初に聞くべきだったのに。あり得ないタイムラグに笑いさえ零れる。


「……何でお前、一目で俺のことわかったの?」


駿は亮平をちらりと一瞥した。ねェマジで何で、亮平は食い下がるように続ける。だっておかしいじゃないか、普通。


「……写真で」

「え?」

「何でもねェ」


行くぞ。

言い放ってそれっきり、駿が質問に答えることはなかった。初めて入ったはずの寮でも、駿は自分の部屋まで一度も道を誤ることなく辿り着いた。

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