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『これが私の世界だから』  作者: カオリ
第一章《始動》
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第一章《始動》:対面(1)

ぱたぱたと軽快な足音が響き渡る。だんだんと近づいてくるそれに千瀬が耳を澄ませた次の瞬間、勢い良く扉が開いた。


「チトセ!」


鉄製であることを忘れさせるようなスピードで開け放たれた扉が軋む。そこからぴょこりと顔を覗かせたのは、どこかへ行っていたはずのロザリーだった。予程急いでやって来たのか、頬がほんのりと赤く染まっている。


「ロヴが呼んでるよー」

「お、いよいよご対面だな。我らがボスに」


駿は軽く千瀬の背を押した。ロザリーがその腕をとり、案内するからと笑う。

千瀬は二、三度目を瞬かせ、それから小さく頷いた。


「ああ、おい、チトセ」


扉が閉まる寸前、部屋を出ていく少女達の後ろから駿の声が追い掛ける。少年は片手を振りながらにこやかに言い放った。


「間違っても、ロヴを殺ろうなんて考えるなよー」


目を見開いた少女前で、扉は閉まる。



*



「……えっと、ローザ?」

「なぁに?」


一定のリズムを崩すこと無く歩いていたロザリーは、小さな呼び掛けに反応すると顔だけを千瀬に向ける。千瀬は彼女の大きな瞳を見つめながら、躊躇いがちにその口を開いた。


「ローザにもお姉さんがいるの?」


ロザリーが僅かに目を見開いたが、すぐに柔らかな笑顔を浮かべる。そうだよ、と答えるその声は明るい。


「今は学園に入ってるの。年はあたしの三つ上でねー、」


駿と同い年だね、と少女は笑った。自慢のお姉ちゃんなのだと嬉しそうに。

千瀬は自分の姉――百瀬も同じ十七歳であることに気が付いて小さく苦笑を洩らした。皮肉めいた表情だと自覚したが、ロザリーもそれに気が付いたのだろう、どうしたのかと首を傾げている。

なんでもない、と千瀬は首を横に振った。


「シュンに聞いたのかな? シュンってばシスコンだからねー。妹さんが心配でしょうがないのよ。意外でしょ?」


あたしのお姉ちゃんは、しっかりしてるから大丈夫だもん。そう言ってロザリーは笑んだ。


「……そうだね」


ここには自分と同じような境遇の人間がいるのだ、と少女は思う。

きっと、まだ他にも。


「ロヴさんのところまではどのくらい?」


千瀬は話題を変えることにした。もうずいぶん歩いている気がする。

二人は今終わりの見えぬ程長い廊下を進んでいた。レトロな空気を漂わせる廊下の装飾は壁に備え付けられた銀の燭台、その上で揺らめく蝋燭のみである。薄暗い中を二人はただ淡々と歩いていく。時間の感覚が無くなりそうだ、と千瀬は思った。


「もうちょっとだよ。こっち」


漸く現れた廊下の突き当たりを左に曲がると、銀白色のドアが見えた。無機質な冷たい光沢を放つそれには中心に一本の境目が走り、横の壁には埋め込まれたボタン。いささか場違いな気はするが、どうやらエレベーターのようだ。


「ここから先はね、テトラコマンダー以上の地位の人しか通れないんだよ」


千瀬は《テトラコマンダー》という地位を思い出そうと眉を寄せる。上の方、だった気はするのだけれど。

千瀬はてっきり上階へ昇るのだと思っていたのだが、ロザリーが押したのは“DOWN”のボタンだった。そもそも今居る場所は何階なのかも知らないことに今更ながら少女は気が付く。


二人がエレベーターに乗り込むと自動的にドアが閉まった。その動きは存外滑らかなものである。

次いで、居心地の悪い浮遊感。少女達を収容した箱はゆっくりと下降を開始した。そのまま暫し待てばエレベーターは一番下の階である“Β3"に止まり、出口が開く。


「ローザ?」


千瀬が困惑の声を上げる。扉が開いたというのに、ロザリーは一向動こうとしないのだ。千瀬が戸惑っているうちに再び扉は閉じてしまった。

一体どうしたというのだろう?


「どうしたの、ろ……」


千瀬の言葉は続かなかった。――消えた、のだ。エレベーターの床が。

……否、『消えた』と言うには語弊があるだろうか。正確には床の中心に一本の亀裂が入って、そこを境に床が二手にわかれて開いたのである。丁度、外開きの観音扉のように。


ぱっくりと大口を開けた穴へ、千瀬は我ながら奇妙だと感じる叫び声をあげて落下した。叫んだのは久しぶりだと、ぼんやり思う。

覚悟していた着地の衝撃はいたく軽いものであった。


「大丈夫……? ごめんね、驚かせようと思ったんだけど……」

「だ、だいじょーぶ……」


顔を上げれば、ロザリーがバツの悪そうな顔で千瀬を覗き込んでいた。千瀬もろとも落下したはずの彼女は軽やかに着地を決め、座り込んだ千瀬に謝罪の言葉を掛ける。どうやらロザリーの小さな出来心に、千瀬は見事かかったらしい。

落下距離は大したことはなく、着地する地点にはこれを見越しての事だろうか、衝撃を緩和するためのマットレスが敷かれていたので怪我もない。

立ち上がろうとした千瀬はふと、違和感に気が付いて辺りを見回した。――そして硬直。


「やぁ。ご機嫌如何かな、お嬢さん」


不様な落下後の態勢のままであった少女に降り注ぐ男の声。それは柔らかく快活、どこか笑いを堪えているような響きの。


「あ、ロヴ。連れてきたよー」


千瀬はあんぐりと口を開けた。……こんなに恥ずかしい思いをしたのも久しぶりだったのだ。

エレベーターの穴は、どうやら《ヘッド》の部屋に直結だったらしい。少女が部屋へ落下してくるまでの一部始終を眺めていた彼は、さも愉快そうに笑い声を上げた。


「ようこそ、チトセ・クロヌマ」


ロヴ・ハーキンズはにこやかに、茫然と座り込んでいる少女の手を握ったのであった。




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