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『これが私の世界だから』  作者: カオリ
第四章《慟哭》
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第四章《慟哭》:パセティックの丘(1)


惨劇の夜が明ける。

世界はあまりにも無常だった。永遠にさえ感じられた闇を食い破るように昇った太陽が彼らを照らし、全ての終わりを告げ、そして新しい一日をはじめる。

地球は回り続けていた。たった一人の命など、この世界には何の影響ももたらさない。世界は、世界であり続けるのだ。


《パース》四十二人、《ポート》十五人。日本の任務先で関わった闇取引きの業者が二人。これが、今回の一件の犠牲者である。

犯罪シンジケート・ルシファーの下層部は激しく乱れ混乱したが、人員の補充や入れ替えの結果すぐに通常の均衡を取り戻した。詳しいことはまだ組織員に知らされていないが、空席だった副首領エイドにも新たな人間が就任することになるらしい。あのデューイ・マクスウェルは《ポート》のチームリーダーに昇格したらしいと、千瀬は聞いた。

この急な人員入れ替えに迅速な対応が可能だったのは、組織上層部にほとんど影響が出ていなかったからだ。幸いなことに《テトラコマンダー》からもEPPCからも、一人の死者も出なかった。


――ただ一人、サンドラ・ジョーンズを除いて。




*




ガチャン。

大きな音を立てて倒れる日本刀が床にその身を投げ出して、けたたましい音を鳴らした。持ち主の少女はそれを拾うこともなく、ただ一点を凝視している。

千瀬の視線の先に一人の男がいた。相も変わらず考えを読ませない瞳で辺りを一瞥する、それはこの組織の首領である。腕を組み壁にもたれるようにした彼は、一人欠けた〈ソルジャー〉達にゆっくりと同じ言葉を吐き出した。

サンドラ・ジョーンズの遺体を調べた、と。

次いでロヴ・ハーキンズが語ったのは、事件の一連の詳細とその末路だった。そして、“殺人鬼”であった彼女のこと。


「遺体から“痕跡”が見つかった。どういうものかを説明してもお前たちには理解し難いだろうが――言うなれば、“能力者”の残した足跡のようなものだ」

「……能力者の、足跡?」


淡々と紡がれていた会話の途中で春憐が首を傾げた。それってどういう意味なの。問えばロヴは曖昧に笑う。


「“俺たち”のように特殊な能力を持つ者の中には様々なタイプがいるんだよ。その影響を直接相手に及ぼすこともあれば、間接的にしか作用しないものもある。能力の使用後には微かな気配が――“力”を使用した、その残滓のようなものが残ることがあるんだが、それを読み取る事に長けた能力者もいる」

「……で、それが何?」


回りくどい説明に厭きたのだろう、ハルが思い切り眉を寄せた。ただでさえ彼は重苦しい空気が嫌いなのだ。今回の件の重さを十二分に理解しているだけに(そして逃げてはいけないのだともわかっているので)、彼の苛立ちはつのる一方だった。


「サンドラにその“残滓”とやらが見つかったから、だからなんだっつーの? お前の“翻訳”だってかかってたんじゃねェか」

「……ロヴの“力”に、使用の証拠は残らない」


ぼんやりと、しかし何かに気付いたかのように呟いたのはレックスだった。長い年月を共にしてきた彼だからこそ、他のメンバーより知ることは多い。

“残滓”があるんなら、それはロヴじゃねェ。確認するようにゆっくりとレックスは唇を動かした。そこでようやく気が付いたのか、ハルがその目を見開く。


「……ンだよ、じゃあ」


誰がサンドラに、“力”を働かせたんだ?

少年の声に辺りが震撼した。ロヴだけが悠然と前を見据えたまま、一時の沈黙が流れる。


「“煉獄カーマロカ”、ということですか?」

「――!?」


静寂を打ち破った声はオミのもの。瞬間空気が凍り付いた。そこにいる者は皆、一度はその名を聞いたことがあったからだ。

特別な能力を持つ者達で構成された平和維持組織。彼らはその力を駆使し、自らの“正義”の名のもとに“悪”を狩りとらんとする。ただしその存在は霧のような謎に包まれていた。聞いたことがあるばかりで確認のとれない、都市伝説のような。

仮に実在するとすれば、世の中の警察や敵対するマフィアなどよりずっと、ルシファーにとって脅威となり得る存在である。今この状況から連想できる“敵”はただ一つ――この、“煉獄”だった。


「……待てよロヴ。そのカーマロカが、サンドラと何の関係があるんだ」


重く閉ざしていた口を開いた駿の問い掛けに、ロヴは薄く笑ってみせる。


「ない、だろうな」

「――あ?」

「サンドラとカーマロカに接点はない。可能性があるとすれば」


ルシファーを内側から崩す為の駒として、利用されたのだろう。

平坦な声でそう言い切った、男に感情は見えない。何だよそれと表情を曇らせた駿はそのまま唇を噛み、今度は朝深がロヴに問いを発した。


「利用された?」

「まだ調査途中だが、どこかで接触はあったようだな。たまたま狙われたのがあいつだった……それだけだ」


良く意味がわからない。そう言って朝深は眉をひそめる。洋服の隙間からからのぞく真っ白な包帯が、彼の負った傷の度合いを示していた。

ロヴは直接的な言葉をさけるばかりで、結局どうしてサンドラがあんな行動を起こすに至ったのかはわからない。深い説明を求めようとする朝深を、やんわりとロヴが押さえ付ける。


「――サンドラの行為は裏切りだが、あいつ自身は反逆者ではなかった」


それだけを覚えていてほしいと、男は言った。それにサンドラを弁護する意味はなく、彼は事実をただ伝えただけだ。


「こんな方法を使ったということは、相手はこの本部の場所を知っているわけではないらしい。本気で来るなら直に攻め込めば良いんだからな。それか、まだ様子を見ている段階なのか……」

「だからそれは、どういう……」

「――なぁ、ロヴ」


腕を組んで黙り込んでいたレックスが再び声を上げた。皆の視線が彼に集中する。体に巻かれた、血の滲んだ包帯の理由は誰もが知っていた。そして彼が誰よりもサンドラと親しかったことも。

レックスは、問う。


「……“お前達”みたいなやつの中に、他人を“操作”できるやつもいるのか?」


ロヴは確かないらえを返すことをせず、目を伏せただけだった。そうかと呟いたレックスを、不思議そうに駿が見つめる。


「操作……されて、た?」


突如零れた少女の声に一同が振り返った。僅かに震えた、小さな声。

少女の足元の刀は倒れたまま、その漆黒を主張している。なんですか、それ。うわごとのようにぼんやりと繰り返した、その目は色を失っていた。


「チトセ……?」


怪訝に思ったロザリーが千瀬の顔を覗き込む。千瀬は緩慢な動作で刀を拾い上げると、その柄をぎゅうと握り締めた。ロヴを真直ぐに見上げた、その表情が瞬間くしゃりと歪む。


「どういう、ことですか。それって」

「チィ、よせ」

「そんなこと、できるんですか?」


宥めるように落とされたレックスの言葉は届くことなく、次の瞬間千瀬は声を張り上げた。


「あれは、サンドラの意志でやったんじゃない、って……それは、そういう意味ですか!?」

「――チトセ、お前何言ってんだよ?」


訝しげに名を呼んで駿が千瀬に近づいてくる。彼にはわからない。ここにいる誰もが知らないことを、千瀬だけが知っていた。ルシファーとカーマロカに接点が生まれた、唯一の日。


(――ユリシーズ)


その名を思い浮べて少女は戦慄する。彼の従者も彼自身も、不可能を可能にする能力を持っていた。

ロヴの言っていたことが、そういう意味なら。それが、千瀬の恐れていたことを指すとしたら。

予想が現実になっていた、それだけのことなのに千瀬は酷く衝撃を受けた。だってそうなら、止められたかもしれなかったのに。


「あの日……」


あの少年に出会ってさえいなければ。

あの路地に入らなければ。

人目を避ける必要がなければ。

ルードが能力を使わなければ。

――自分が、あんなへまをしなければ。


「……サンドラは、生きてたってことですか……?」

「……チトセ、」

「そう、なんですか……!?」


堰を切ったように千瀬は泣きだした。両親を殺したときにも、月葉と再会したときにも出なかった涙だった。

あの日千瀬が“煉獄”の使者と接触していたことを言わなかった、それはロヴの優しさだったのだろう。能力の残滓と言うものが本当にあるのなら、きっとルカは気付いたに違いない。それがあの少年と、その従者のものだということに。


「あたしのせいだ……」

「チトセ、」


少し躊躇った後、駿が千瀬の肩に手を置いた。それ以上どうすることもできず、困ったように少年は眉を寄せる。

ぱたぱたと溢れだす涙はとまらなかった。少女のそれを見つめながら、レックスが言葉を紡ぐ。


「チィ、お前のせいじゃない」

「……で、も!」

「サンドラはな、」


しゃくりあげる千瀬に小さく笑ってみせて、レックスは天井を見上げる。


「あいつァな、遅かれ早かれ、いつかはこうなることが決まってた」

「……どういうことだよ」


声を出して問うたのは駿だったが、全員がレックスに視線を注いでいた。千瀬も涙に瞳を濡らしたまま、その巨漢を見上げる。

注目をあびたレックスは一つ首を竦めた後、ゆっくりと口を開いた。

サンドラは俺より前にロヴに……正確にはルカに拾われたらしいから、詳しいことは知らねぇが。


「あいつはな、偶々その時ロヴ達が訪れた国の軍が秘密裏に行っていた、《人格改造プログラム》の被験者だ」


サンドラがそこに連れていかれたのは物心ついてからで、彼女には親の記憶もあったらしい。

ぽつりぽつりと語られる内容に誰もが息を呑んだ。今まで誰にも告げなかったのであろう、初期メンバーだけが知っていたサンドラの秘密。


「その当時の科学じゃな――まぁ今もかもしれねェが――人格改造なんて成功した試しがないんだと。成功してもそれは一時の話、最終的には皆壊れちまう」

「壊れる、って」

「ただの殺戮マシンになっちまうのさ」


サンドラには同じ境遇の“兄弟”がいたのだと、レックスは続けた。行方知れずになっていた彼らの末路を調べることができたのは、このルシファーが軌道に乗ってからだ。

誰もが同じ末路を辿っていたのだという。意思を持たぬ殺人鬼と化す、その最後を。


「ロヴがな、ルシファーを設立してからもずっと打開策を探してたんだ。どうにかあいつを救ってやりたかったけど、でも駄目でなァ」


なぁ、ロヴ。

ふいに話し掛けられて、成り行きを見守っていたはずのロヴが面を上げる。レックスは問い掛けた。お前本当は、わかってんだろう?


「サンドラは確かに操作っつーのを、されてたのかもしれねェ。でも最後、あいつァ……」

「……やれやれ」


説明が面倒臭いから、黙ってるつもりだったのに。

小さく呟いてロヴが苦笑した。そうだよレックス、言って彼は笑う。

お前の、予想通りだよ。


「サンドラが“操作”されていたのは間違いない。ただそれは始めのうちだけだ――無理な操作が、人格崩壊のきっかけになったんだろう。あいつの身体に巣食っていた“殺人鬼”を呼び出した」


一連の殺戮の大半は操作によるものでなく、殺人鬼と化したサンドラ自身の本能と望み故の行動だ。

ロヴが言い放つと同時にどよめきが走る。そんなことって、そう言ってシアンが口元を覆った。


「それでも俺は、サンドラは反逆者ではないと言うよ。“あれ”は俺達の知るあいつではなかった。コード“s”、“十九番目の殺人鬼”――」

「……?」


聞き慣れぬ言葉に皆首を傾げたが、ロヴはそれ以上を説明する気は無いようだった。

ふと息を吐いて再びレックスが唇を開く。


「あいつのリミットはいつ来てもおかしくなかった。ここまで保ったのも奇跡に近かったんだ……あいつも俺たちも、知ってて一緒に生きてきた」


いつかその日が来ることを、わかっていた。


「ルカがなぁ、サンドラと約束してたんだよ。その日が来たら、そん時は」


あいつを、その手で、ルカが殺してやること。

噛み締めるように言葉を吐き出した、レックスの唇は微かにわなないた。ルカとサンドラのやり取りを、立浪草の花言葉をもう一度思い出した千瀬の目が見開かれる。


(この人たちは、)


いつか必ず自分が殺す相手と。

いつか必ず自分を殺す相手と。

共に過ごし、共に生きた十四年。彼女達は一体何を見て、何を想って来たのだろうか。

嗚呼この人たちはこうして常に、生と死を見つめて教授してきたのだ。千瀬は悟って、その強さと悲しさに途方も無い想いを抱いた。

あいつは幸せだったよ。レックスが言う。約束が果たされて、あいつは幸せだった。


「だから、お前は泣くなよ」


そう言って、


「泣くなよ、チィ……」


レックスは泣いた。


千瀬はぎゅっと目を閉じる。駿がそっと頭を撫でてくれるのを感じながら、必死で涙を止めようとした。

彼女が幸せだったと、切に願う。己の無力を実感した子供でしかない千瀬には、全てを受け入れるのはまだ難しかった。


(だって、それでも)


考えて、しまうのだ。

あの日さえ無かったなら今もきっと、彼女はこの場所で笑ってた。



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