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『これが私の世界だから』  作者: カオリ
第四章《慟哭》
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第四章《慟哭》:ラスト・ハント(1)


***


……あれ、おかしいな。


《殺人鬼》はゆるりと首を傾げた。

何も考えられない。何もわからない。自分が何者で、今まで何をしていて、今どこにいるのか。

ただ一つだけわかっているのは、今から自分が何をするのか、だ。


(――さぁ、)


本能に忠実に。吊り上がった広角には赤色が散っていた。


(最後の狩りに出かけようか!)




*




その日開かれた緊急集会に、日本遠征組は来なかった。

意図的に呼ばなかったのか、連絡がつかなかったのかはわからない。実はハルあたりが、召集を拒んだのかもしれないと千瀬は思う。


千瀬と椿の発見した部屋は、後の調べで件の《殺人鬼》による狩りの現場だということがわかった。恭吾が持ち帰った血液のサンプル(壁や床に付着していた血痕を彼が採集したのだ)が、一週間前に殺害された組織員の血液型と合致したからである。

きっとあの部屋でじっくりとなぶり殺してから死体を別の場所へ運んだのだろう、というのが組織の見解だ。


『まるで、遊んだ跡みたいだね』


あの部屋を見てそう言ったのはジェミニカだった。千瀬達が報告にロヴのもとへ向かったあと、恭吾から話を聞いた〈マーダラー〉の面々も様子を見にやってきたのである。

ジェミニカは部屋の血の散布具合から、ひどく小さな子供を自由奔放に遊ばせておいたような印象を受けるのだと言った。

言われてみれば確かにあの血痕は、真っ赤なペンキで落書きをしたように残っていたのだが。


(……それにしても)


あの惨状を一目でそんなふうに解釈できるなんて。

千瀬はジェミニカという女性のことがいまいち掴めないでいた。肝が据わっているというか、物事を卓越して見ているというか。やはり常人とは違う何かがある。


『こう見えても私、本職は教師だから。子供の行動パターンはよく見てて……って、こいつはそんな可愛いモンじゃないけど』

『……え? 教師?』

『そ。まぁ、色々と事情がね』


少女は数時間前にやりとりされた会話の内容を思い出す。

ジェミニカをまじまじと見つめる千瀬に、そう言って彼女は笑いかけたのだった。


(……遊び。小さな子供がするような)


千瀬はきゅっと眉を寄せた。こうして集中しながら思考に沈むのは、もう少女の癖のようなものだ。

殺人鬼は、この殺戮を楽しんでいるらしい。遊戯のように感じている――でも、昨日殺された二人は何かが違ったと千瀬は思う。

死体は二人とも頸動脈を一掻きだった。散々弄ばれてから止めを刺され、その後に『遊ばれ』た――それこそ血で何かを描いたり――これまでの犠牲者とは違い、一撃で致死量の出血を与える方法だ。


(早く、殺したかったの?)


まるで焦っていたようだと思う。早く血が欲しくて、殺す過程を堪能する間もないままにめちゃめちゃに引き裂いて。

遊びに興じられるような一週間前の余裕は、昨日の殺人鬼にはなかったのだ。日本で犠牲者が出た頃は、もっと手の込んだ殺し方だったと聞く。


(余裕が、なくなってる)


日が経つごとに、我を忘れていっている?










「――以上だ。質問は?」


物思いに耽っていた千瀬は、突如現実に引き戻された。

静かな空間に響き渡るロヴの声。人々が息を呑む音。


「……今、ロヴ、何て?」

「何だよお前、聞いてなかったのか?」


駿は呆れたように笑いながら、千瀬の身長に合わせて背を屈める。

千瀬の耳元で彼はゆっくりと囁いた。



「決着をつけるんだとさ」




*




――近いうちにけりがつくだろう、とロヴは言った。言ったらしい、が正しいか。千瀬はすっかり聞き逃してしまっていたのだから。

駿の話によれば、ロヴをはじめとする幹部の面々は殺人鬼の異変――日々殺しを急いているようなあの様子――にとうに気が付いていたらしい。

自分がようやく辿り着いた結論をあっさり突き付けられた千瀬は僅かな虚しさを感じつつも、ロヴが打ち立てた『計画』を聞いて驚愕した。

内容は単純明快。その名で一目瞭然。


(――囮作戦)


千瀬はその名を心中で反芻させた。

殺人鬼が活動を開始する時間を狙い、普段のように組織員を警備に配置する。ただしいつも四〜六人行なっている団体警備ではない。各ポジションに、一人ないしは二人。殺人鬼にとっては、恰好の獲物だ。

――そして、その“囮”となる警備役を〈ソルジャー〉が全員で行なう。囮よりも寧ろ、餌と言うべきか。


「全員で、って……日本遠征組も?」

「だってさ。ロヴの考えはよくわかんねぇな」


理解できないと言うように駿が顔をしかめたが、千瀬は心のどこかで納得していた。もうこの方法しか残っていないのだ。

日本遠征組を監禁していたのでは殺人鬼を特定できないし、もしこの方法をとって殺人鬼が現れれば(もしそれが、EPPCではなかったら)皆にかけられた疑いは晴れる――そんな、淡い希望を持てる唯一の方法。

それは絶望的な確率だと、理解していたけれど。


「……ん? 少人数態勢をとって殺人鬼が現れた時、他のメンバーに連絡はどうするの? もしもあたし達じゃ歯が立たなかったら……」

「それが心配いらないらしいぜ。〈ハングマン〉や〈マーダラー〉には、この建物で戦闘があったらその場所が的確にわかるんだとさ。で、すぐあいつらが駆け付けるらしい」

「……うっそぉ」


どうすればそんなことができるというのだ、信じがたい話である。

珍しく気の抜けた声を発した千瀬に、駿は悪戯っぽい笑みを向けた。


「まぁ、ホラ。うちのお偉い方は俺達以上の“化け物”だし?」


そこはなんとかなるんじゃね?

笑って紡がれたその言葉に、千瀬は思わず首を横に振った。ほとんど無意識下の行動で、やってしまってから我に返る。なんだよ、と駿が訝しげな顔をして見ていた。


「え……と、」

「ん?」

「化け物じゃ、ないよ。あたしたちも、あの人たちも」

「へぇ。じゃあ何?」


面白そうにそう言った駿の唇の端が吊り上げられる。


「…………超人?」

「アホか」


気合い入れろよ。そう言って千瀬の肩を叩いた駿は、何故だか晴れやかな笑みを浮かべていた。



――作戦の決行は、今夜。




*




時間というものを気に掛けてはいけない。それは時に感覚を狂わせ、ひどく心を不安定にしてゆく。


夜まで何もすることがなかった、のがいけなかったと思う。

千瀬がはじめて時計を気にしたのは、まだ真昼のことだった。その後も焦りと不安と得体の知れない興奮に突き動かされて何度も時計を確認したが、時計の針は至極ゆっくりと進んでいた(ように思っただけだ、実際は。)

千瀬とロザリーで交互に時間を確認しては、『さっき確認してから十分しか経っていない』というのもしょっちゅうだった。その度に少女たちはばつの悪い思いをしながら笑い合い、ただ時間の経過を待って。


千瀬の時間感覚に大幅な変化が訪れたのは日が沈みはじめた頃である。

遠くから近づく暗やみを感じた瞬間から、千瀬達を取り巻く時間の流れは変わった。あくまでも、千瀬がそう感じただけのことだ。


「もう、夜……こんなに、早く?」


少女は驚愕した。先刻時計を確認したときは、まだ作戦決行まで数時間はあったのに。

心の準備ができてない、と呟いた千瀬を駿は思い切り笑う。


「ばーか。気にしすぎなんだよ、お前」


少年が取り出したナイフがカチャリと音を立てた。

それを合図にしたかのように〈ソルジャー〉達は各自の武器をとりあげる。その音に、千瀬は少しどきりとする。


(ああ、始まる)


日本遠征組はもう《監獄》を出ていったらしい。否、朝深だけが奥の方で武器の手入れをしていた。大小様々な銃と、ナイフの束。

千瀬はとくに何も考える事無く、その多様な武器をゆっくりと目で追う。

ジャックナイフ。サバイバルナイフ。レイピア。スローイングナイフ。コンバットナイフ。バタフライナイフ――――瞬間、朝深と視線が交錯する。

思わず千瀬は目を逸らした。ここ二、三日の間、千瀬は日本遠征組と一度も会話を交わすことができていない。忙しかっただけではなく、日本遠征組が居残り組を避けているようで。特に朝深やハルはそれが顕著なのだ。


「準備完了ー」


ロザリーが銀の拳銃に弾丸を込めて立ち上がる。同時に、オミが千瀬の横を通り過ぎていった。椿があとに続く。春憐は片手に投擲を。レックスの拳が鳴り、それから駿の声。


「時間だ――行くぞ、チトセ」


千瀬は漆黒の鞘を持つ日本刀の柄を握る。使い込んだそれはしっかりと掌に馴染んだ。


時間というものを気に掛けてはいけない。それは時に不条理で、恐ろしいまでに冷酷だ。

感覚を狂わせ、心を弄び、突然現実を突きつけるから。


――獲物はここだよ、補食者の君。



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