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『これが私の世界だから』  作者: カオリ
第四章《慟哭》
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第四章《慟哭》:悲鳴の部屋(2)


*




巡回に出ていた少女たちが異変に気が付いた、それと同時刻。

絶望は彼女の目の前に広がっていた。


「……あ、あ……っ」


叫び声をあげたその女は、目の前に広がった赤から逃げるように身を捩る。その体は直ぐに壁へとぶつかり、それ以上の逃げ場はなくなってしまった。ずるり、と近寄る何かの影。


「やめ、て……来ないで……っ」


彼女は先日ポートに昇格したばかりの組織員だった。僻地での任務ばかりだった《パース》時代を過ごした彼女にとって、ルシファーの本部に勤務するのは初めてのことである。

自分が昇格した理由を彼女は知っていた。最近このシンジケートを脅かしている“ある事件”によって組織員が大幅に欠乏し、それにともない人員の移動と補充を行なったからだ。


(――組織員が減った理由)


気付いていた。この組織は今危機に曝されているのだと、誰もが。彼女自身も例外ではない。

――でも、まさか、自分が、こんなことになるなんて。


「……嫌……っ」


死にたくない。

女はきつく目を瞑った。目の前では今、一緒に書類を取りに行ったはずの男が引き裂かれている。

ボトリ、と。何かが彼女の足元に落下した。同時に生暖かい液体を頭から被って、視界が深紅に染まる。至近距離まで来られたのがわかった、ふっ、と肌にかかる《それ》の息遣い。


(……嗚呼、)


彼女が最後に見たものは、血糊に汚れた白刄だった。



*




「……酷い」


千瀬がその場所に辿り着いたときには、もう命あるものは何も残っていなかった。壮絶なまでの赤が一面に弾け飛び、壁を、床を染め抜いている。

椿は折り重なる肉塊に目をやると、躊躇う事無くその『人であったもの』に触れた。


「まだ温かい」


椿の白い指が深紅の臓器を撫でる。血濡れたそこから覗くのは、原型を留めぬ人間の一部だ。激しく破損し、混じり合い、元が何であったのか全くわからない。


「……死にたて?」


ぽつりと呟くオミに無表情で頷く椿は、千瀬の目にひどく幻想的に映った。

ランプの明かりがゆらゆらと揺れる赤い世界。血生臭いこの場所で、淡々と死体を調べていく少女達。それは、あの日自分が血に染めた家に悠然と入ったルカ、そしてミクを思い出させる。


(……なんだか)


懐かしい、と千瀬は思った。この光景に懐かしさを感じてしまう自分は、もう狂ってるのかもしれないと。


ここにある死体は二人分のようだった。一人は女で、手入れの行き届いたブラウンの髪がそうだと教えてくれる。もう一人は体中がバラバラになっているために性別がわからない。椿が親指だと思われる部位を拾い、その太さから男性ではないかと推測したが。

その時だった。ぴちゃ、と。後方から音がして、三人は咄嗟に振り返る。


「だれ」


鋭く問うた椿の声に、小さな音が帰ってくる。くすり、笑い声だ。

それを聞いてようやく、気配を全く感じさせなかったその人物の正体に千瀬は気付く。


「あーあ。間に合わなかったねぇ……わりと急いで来たんだけどな」


血溜りをぱしゃぱしゃと踏む音。ゆっくりとこちらに近づいてきた青年は、シニカルな笑みを浮かべた。


「それに生臭い。もう腐敗が始まってるのかな? みんな良く平気だねー」

「……キョーゴ。帰ってきてたの?」


目の前に現れた青年――〈マーダラー〉市原 恭吾は、日本遠征とほぼ同時期に単独の任務についていたはずだった。

任務内容は極秘。しかし今回千瀬は、恭吾の仕事目的を知っていたのだけれど。

――彼は“カーマロカ”について調べに行っていたのだ。ここに帰ってきたということは、何かしらの成果があったのだろうか。


「本部に戻ったのは一昨日だよ。……それにしても、ずいぶんやってくれる」


恭吾は辛うじて原型を止めている女の遺体に足をかけた。そのままそれを蹴り転がすと、死体はずるりと回転する。


「……な、」


なんてことを。思わず千瀬は叫びそうになったが、何とか言葉を飲み込んだ。

――ルシファーは弱者を切り捨てる。死んだらその場に置き去りだと千瀬に教えた、駿の言葉を思い出す。


「死体は蛻でしょ。ゴミと同じさ」


《ポート》なんて顔も覚えてないし。

千瀬の様子に気付いた恭吾が柔らかく告げる。だからといって何も足蹴にしなくても――少女はそう言おうとして、やめた。

死んだら終わり。彼が、否、ここにいる皆が、自分の死後をそうやって見据えていることに気付く度に千瀬は悲しくなる。


恭吾が蹴り動かした死体の下には鈍く輝く物が落ちていた。恭吾は血の池に手を沈めて、深紅に染められたそれを掬い上げる。濡れててらてらと光る、その物は。


「ナイフ……?」

「大切な凶器を忘れていっちゃったみたいだね。この血の量じゃ、指紋は出せないけど……でも」


恭吾は静かに笑う。地の底で何かが騒めいた、そんな気がした。


「――そろそろ、決戦が近いんじゃない?」



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