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『これが私の世界だから』  作者: カオリ
第一章《始動》
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第一章《始動》:罪と禁忌(1)


「質問、あるか?」


ここでの規則を一通り説明し終えた駿は、真剣な様子で話を聞いていた少女を見下ろして尋ねた。

彼の語った内容は、食事、清掃、その他の日常生活についてエトセトラ。

千瀬は言われたことを頭に詰め込んでしまおうと、ゆっくりと頭の中でそれを繰り返した。(だが実際は必死だ、量が多すぎるのである。)


……EPPC内では原則としてファーストネームで呼び合うこと。仕事の際もコードネームは特になし――顔を見られた相手は殺してしまうのだから、名前を隠す必要などないからだという。そして武器の持ち込みは自由。

EPPC内での階級分けは実力順であり権力に大きな差はないこと。(ただし逆らわないほうが身の為であること。)それから、


「ロヴ・ハーキンズには絶対服従――裏切りは、死罪」


全てを反復し終えた千瀬は横で見守っていた駿に『大丈夫』と頷いてみせた。正直な話、頭は破裂寸前だったのだが。

用があるのだと言っては少し前に席を外していたロザリーに代わり、説明を手伝ったのはサンドラだった。彼女は千瀬の真っ黒な髪や瞳を見て、小さな頃のルカに似ていると笑う。


千瀬にはいくつかの衣服と古びたソファーが与えられた。しっかりとしたそれは体の小さな少女が眠るには申し分ないサイズである。風呂やトイレはこことは別に用意してあるようだった。


「俺たちはこの組織内じゃVIPなんだけどな。まぁ、こればっかりは仕方ないんだ。この建物には他に生活できるようなスペースがないし」


叩けば埃の舞うソファーを眺めて彼は言う。この圧迫感のある部屋は、EPPCの中でも〈ソルジャー〉の為に割り当てられた居住スペースなのだった。“監獄”――そう呼ばれる部屋。

犯罪者の俺たちは、ここでしか生きていけないから。そう言って駿は自虐的な笑みを浮かべた。


「ああ、最後に大事なこと教えとくぜ。俺ら仲間同士での殺し合いはタブーだ。〈ハングマン〉が制裁にやって来る」


千瀬は覚えたての知識を思い浮べた。ハングマン、EPPCの中では最上の階級だ。そして、ルカの役職。


「……制裁にあったら、どうなるの?」

「跡形もなく消される」


絶句した少女の肩を叩きながら、命は大切に、と駿が笑う。

あら心にも無いくせにシュンったら、と優雅に笑みを返すサンドラを千瀬は茫然と見つめることしかできなかった。

――やがて駿が立ち上がる。漸く全て説明し終えたということなのだろう、『それじゃあこんなもんで』と言って立ち去ろうとした駿を、咄嗟に千瀬は引き止めた。


「ごめんなさい、最後に一つだけ。『学園』って何?」


瞬間、駿の動きが停止した。沈黙が重い。何かまずいことを言ったかと後悔したその時、少年の唇が動く。


「……お前も、誰かを『学園』に預けたのか?」



*



学園、と呼ばれる場所がある。正式名称はわからない。

半世紀以上昔の話になるだろうか、当時そこには《学校》と呼ばれるものが建っていた。名も無き孤島を丸ごと一つ使って建てられたそれは、実は軍事施設であったという。

――学校の目的は、軍人の育成。


しかし歴史が流れるにつれ、その孤島からは軍人育成という名目が廃れ、最期には『学校』という容器だけが残ることとなる。

使用目的の消えた『学校』が破棄されるのは、時間の問題であった。


「ある時、その島をある人物が買い取り全寮制の学校として再起動させた。――それが、『学園』だ」


駿は再びその場に座り込むとゆっくりと言葉を紡いだ。何時の間にやらシアンがサンドラの隣に座り込み、一緒になって耳を傾けはじめる。私この話初耳なの、と嬉しそうに笑って。駿は増えてしまった聴衆に苦笑しつつ続きを語った。


「その人物ってのが、ロヴの義理の祖父――親父だっけ……忘れたけどどっちかだったらしい。当時からしたらものすごい金持ちで、趣味で始めたらしいんだが」

「詳しいわねー」


シアンの賛辞に駿は微妙な顔つきを見せる。

どうやらルシファーのヘッド、ロヴ・ハーキンズは大富豪の子息であったらしい。義理、と言っていたので養子なのかもしれないが。

だからあいつ金遣いが荒いんだな、と駿は一人で納得していた。


「そいつは初代理事長を務めて、死ぬ前に学園の全所有権をロヴに譲った。だから今学園は、正確にはロヴのものだ」


実際のところ彼は経営を第三者に任せて、自分は犯罪に勤しんでいるわけなのだが。

今や学園は多数の生徒を抱えている。初代理事長の意志を継いでなのか、自由な校風が売りで入学方法も様々。入学してからも、自分の得意な分野だけを伸ばしたり、進学をめざしたりといった個人別のカリキュラムを組む、一風変わった制度を実施しているらしい。


「それで、ここからが本題。『学園』は裏ではほとんどうちの金で動いてるから、入学も退学もルシファーの思いのままだ」


駿は声を潜めた。そうしたところで誰かが盗み聞きしているわけでもないとわかっていたけれど。


「だから時々うちは、学園にワケアリの人間を《預ける》んだよ」

「……さっきも言ってたけど、《預ける》ってどういうこと? あたしが預けたってどういう意味?」


ええと、と困ったように駿は頭を掻いた。説明という作業は思いのほか大変だと思い知らされる。


「そうだなぁ……。お前が殺人犯だと知ってるのに、まだ生きてる人間はいるか?」


千瀬はわずかに目を見開いた。確かにいるのである。たった一人だけ、だが。


「……姉さん」

「お前、迎えが来た時どうだった? そいつと一緒にいたか、そいつの身を心配したか――なんかあっただろ」


少女は目を伏せた。僅かに濡れた黒い瞳に睫毛が覆いかぶさる。


「――あの時」


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