第四章《慟哭》:間話
ごぽり、とそれの口から溢れ出した血液を見て自然と口元が弛んだ。もう少し、もう少し見ていたい。生命の消えゆく瞬間などもう見慣れたものだったが、今日は妙に気分が高揚をしてしまう。否、今日だけじゃない、ここ数日ずっと。
衝動が抑えきれなくなって、手当たり次第に手にかけてみたのがつい先刻。殺したばかりのそれの腹部に手を捻じ込んで掻き回せば、ぐしゅりと滑稽な音がした。
内臓とは案外温かい物らしい。そこから湯気が立ち上っているのを見て、思わずほくそ笑んでしまう。
(嗚呼、)
返り血を指先で掬い取って舐めると、ほろ苦い鉄の味。それがこの上なく芳しく感じてしまって、どうにもならない。
――先日“あれ”と接触してから自分はどうにもおかしい、とぼんやり《それ》は考えた。殺人衝動が溢れて、溢れて、仕方がない。
(まるで、昔みたいだ)
昔のように。それが存在理由だったあの頃のように。
《それ》はこくりと首を傾げた。妙な気分である。自分は自分なのに自分じゃない、自分のなかに、もう一人いる感じだ。
今まで表で生きていた自分は、今は静かに眠っているのだろう。眠らされている、というべきか。他でもない、今表に出ている自分のせい。
(これは自由、だ!)
《それ》は小さく笑った。
隠してきた殺人衝動が今の自分となったに違いない。ようやく形になったのだ。
いつかこうなることはわかっていたが、きっかけは間違いなく“あれ”だろう。
嗚呼、苦心して押さえ込んできたのに。嗚呼、可哀想な“自分”!
気付けば周囲に生きている者はいなくて少しだけ落胆する。もっと、もっと。血肉が欲しい。
次の獲物を定める前に、ちらりと“あの子”の顔が頭を過ぎった。
ごめん。
ごめん。
ごめん。
でも、もう止まらない。
(従えない、従いたい、それはア・プリオリ!)