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『これが私の世界だから』  作者: カオリ
第四章《慟哭》
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第四章《慟哭》:少女と刀と(3)

千瀬はゆっくりと手足を伸ばした。爪先を反り返らせればふくらはぎの筋がぴんと張り、目が覚めるような気持ちになる。

ここ数日の経験上、そろそろ休息は終了のはずだった。ルードの話が一区切りついたところでエヴィルとミクが目配せをする、それは訓練再開の合図だ。


(さぁ、どうしようか)


千瀬は脇に置いた刀に目をやりながらふむと考え込む。次こそ一矢報いねば流石に悔しいものがあるのだ。どうにかして、人外の動きをやってのける二人に攻撃を当てなければならない。


(……フェイントとか?)


考えて、無理だと首を振る。そんなことをしても無駄なのはもう十分に理解しているのだ。

エヴィルは尋常ならざる反射神経の持ち主である。幼い頃からの環境がそうさせたのか、そのスピード自体が彼の“特殊能力”とやらなのかはわからない。

何にしろ、千瀬の攻撃があたらないことに変わりはなかった。

ミクの反応速度もかなりのものであったが、あたしのはただの勘よ、と彼女は言う。

何となく、この先に起こりそうなこと――例えば千瀬が今からどこに攻撃するかなど――がわかるのだと。


千瀬はそっと金髪の少女を盗み見る。ミクが〈ハングマン〉による〈ソルジャー〉のスカウトに同行する理由は(確かに千瀬の時もルカと一緒であった)彼女が自分達の仲間となりうる者を見分ける力があるからだ、と教えてくれたのはルードだ。

それは“気配”に近い“匂い”の様なものだというが、説明されても千瀬にはさっぱり理解できなかった。


「さぁ、もう一頑張りしましょうか」


ミクに促されて立ち上がった千瀬は、今度こそと気合いを入れる。次の休憩は昼食まで無いだろう。気合いを入れた傍から、お腹が空いたらどうしようかな、と不謹慎なことを考えてしまった。


「いけるか」

「はい。……今度は頑張りますよ、エヴィルの動きを追いきれるように」


千瀬が笑いかけて見れば、銀髪の青年は僅かに表情を和らげた。

エヴィルは怖い。無口だし無表情だし冷血だ、と見た目どおりのイメージをルードから刷り込まれていた千瀬であったが、この三日でそれは真実とは若干異なっていることがわかってきている。実は面倒見が良く、滅多に見せないが笑いもするのだ(多少凶悪な笑顔であったとしても。)


「……俺よりもルカのほうがずっと速いんだがな」

「え」


その、若干凶悪な笑みを薄らと浮かべながらエヴィルが吐いた言葉に千瀬は硬直した。

ルカって何者なんですか。何度も思ったこの疑問は、また千瀬の中に蓄積される。

その時、横にいたルードが素っ頓狂な声を上げた。


「な、なんだこれ!」

「何?」


見ればルードが持っているのは千瀬の日本刀で、(何時の間に、と少女は目を瞬いた)少年はそれを両手で支えながら驚愕の面持ちを浮かべている。

重すぎる。ルードは顔をしかめながら呟いた。


「お前、こんなモン振り回してんのかよ」


確かに真剣とは重たいものだ。規格のサイズでも重さは約一キロ強。千瀬が実家で練習に使用していたものなどは、生身で1480グラムと聞いていた。それに鞘の分と、使用する際は長さの比重がかなり加わる。

とても子供の、ましてや女児の細腕で使いこなせる代物ではない。――しかし、


「え、そうかな……?」


千瀬はことりと首を傾げてみせた。それは決して強がり等ではなく。

――少女は、今までそれを重いと感じたことが無かったのである。ましてや、重すぎて使えないと思ったことなんて一度も。


千瀬はルードから刀を受け取ると、片手でひょいと振ってみせた。うげ、馬鹿力! 叫び声を上げた少年を失礼な、と睨み付ける。重たくなんてない、刀に関しては、重いと感じたことなどない。それはもうずっと昔からだ。

刀を手にするとそれが一本の腕のように感じられて、苦もなく刀を振るうことができた。幼い頃から片手で扱うことなど容易く、今では呼吸に等しい感覚でさえある。


「ルードの腕力が足りないんじゃない」


冗談を含ませながら小さく笑ってやると、ルードがぷうと頬を膨らませた。

オレ、チトセよりは力あるとおもうんだけどなぁ。少年はそうぼやくが、事実彼にはこの刀を振るうことはできそうになかった。

千瀬は漆黒の鞘に視線を落とす。


(別に、フツーだよね……?)


やはり重くはない。柄を握っている感覚と、冷たい存在感だけがそこにある。

もしや自分はとんでもない力持ちだったのだろうか、いやそんなはずは、と少女は思考を巡らせた。

子供たちの様子を黙ってみていたエヴィルがとんでもない事を口にしたのは、その次の瞬間である。


「……その刀、ロヴがタカムラに打たせた特注品だろう?」

「あ、はい。そうですけど」

「そいつの重さは、従来の五倍だったはずだ」


千瀬はぱちぱちと瞬きを繰り返した。いま、なんて。

追い付かない思考を示すかのように、ワンテンポ遅れて間抜けな声が出る。


「…………はい?」


どーりで重たいと思った、と納得するルードをよそに、千瀬は一人首を傾げた。待て待て、それはおかしいんじゃないか。自問自答を繰り返しながら、手中の日本刀を持ち上げ下から覗き込む。


(重い?)


本当に、これが?

刹那、その異常さに気が付いた千瀬は背筋が冷たくなる感覚に襲われた。おかしいじゃないか、これが本当に従来品より重たいならば、どうしてわからなかった?

千瀬は昔稽古に使用していた、一キロ強の刀の重みを思い浮べる。あの感じを忘れたわけではなかったが、今持っている漆黒との違いがわからない。

――おかしいのは、あたし、だ。


「気付いて、なかったのか」

「……はい」


黒沼千瀬は剣技の才に愛された子供だった。少なくとも、彼女の一族ではそう言われていた。

千瀬はけして力の強い子供ではないし、発育が良いわけでもない。どちらかといえば小柄であったし、腕の筋肉も必要最低限しかついていないのである。

それでも千瀬は特別だった。刀を扱うことに関してだけ、特別な才を発揮していたのだ。


(あたし、は)


千瀬は目を細めて思考に沈む。

幼い頃から苦もなく刀を扱うことができた。大人でさえ簡単にはいかない真剣を軽々と振ることのできたその日に、黒沼の伝統継承権は姉から実妹へと移行したのだ。

千瀬がそれを疑問に思ったことは一度もない。単に自分は剣に向いているのだと、だからこそ自分は選ばれたのだと自らを納得させて。


「あたしって、変なんですか?」


無意識に口をついた疑問にはっと体を強ばらせる。声に出してしまった瞬間、それは確信にかわった。


(……なにか)


何か、忘れている気がする。

千瀬は刀を握り締め眉を寄せた。自分は刀を扱えて当たり前なのだ。重みなど感じなくて当然なのだ。どうして当然なのだろう?

なにか、なにか。忘れていること。忘れちゃ、いけなかったこと。


「……訓練は終わりよ、チトセ」


ぐるぐると堂々巡りの考えに囚われていると、静かな声が降ってくる。それがミクのものだということに気が付いて、千瀬はぽかんと口を開けた。


「……え、えぇ? なんでですか?」


もう一頑張り、と。先刻言ったばかりではないか。

疑問に溢れた少女の顔を一瞥し、エヴィルが低く言葉を紡ぐ。


「この訓練の目的の大半は、お前にこの刀の重さを慣れさせるためだった。どうやらもう必要ない……それに、こちらの目的も遂げた」


銀髪の青年はすっと目を細める。千瀬を見つめながら、何かを考えるような素振りをみせた。

数秒の後、くるりとこちらに背を向けてエヴィルは廃棄場の外へ向かってしまう。


(――“こちらの目的”?)


最後に残された気になる言葉の意味を尋ねる間もないまま、ミクもエヴィルに続いて行ってしまった。

あっと言う間の出来事に千瀬はただ茫然とするしかない。


「……な、」


なんで?

物言いたげに口をぱくぱくさせる少女に、困ったようにルードが笑いかけた。


「終わりだってよ、ごくろーさん」


あいつらって我が道をゆくタイプだから気にすんな、そう言って千瀬の肩を叩く。

そうは言われても納得などできようはずもなかったが、上司の背を追い掛ける勇気は千瀬にはなかった。残されたのは、釈然としない妙な気持ちだけ。

斯くしてあっさりと、千瀬の訓練は終わりを迎えてしまったのである。




*




青年は連れ立っていた金髪の少女と別れ、単身組織の深部へ向かう。ここにあるのは巨大な通信機だ。幹部の人間にしか扱えない、ルシファーの建物内全てを瞬時に繋いでみせる電子機器。

青年は乱暴に機械のパネルを開けると暗証番号をたたき込んだ。すぐに反応音がして、冷たい電子の声が響き渡る。


《暗証番号、指紋、確認しました。照合済みです。回線解除に入ります》


Evill Brutus.

使用者の欄に照合された名前が浮かび上がる。それをちらりと確認した後コードを告げ、繋げ、と小さく吐いた。


《声紋確認しました。お待ち下さい》


暫しして、プツ、と回線の繋がった音が響き渡った。瞬間青年の聞き慣れた、低く穏やかな声がスピーカーを介して聞こえてくる。


『俺だ』

「チトセの訓練を終了した。結果はお前の読み通りだ」


いきなり用件を告げるが、相手は驚いた様子もない。この男は自分の性格さえも熟知しているに違いない、とエヴィルは思う。それだけの時間を、共に過ごしてきた。


『……そうか。チトセは気付いていたのか?』

「――いや、全く。訓練中も刀を操るスピードは上がり続けた。重さを苦にする様子もない」

『やはりな。エヴィル、お前はどう思う』


その問うような声音に、エヴィルは迷わず答えを告げる。疑いが確信に変わるにはまだ早い、しかし可能性は極めて高い。


「――本物かもしれない、と」


そうか、と答える声がした。もちろん顔は見えないが、エヴィルには相手の表情が手に取るようにわかる。

きっとこの男は笑っているのだ。自らの読みが当たったときの、悪戯に成功した瞬間の、あの顔。


「ああ。お前の言っていたとおり――チトセは、本当に“黒沼”の可能性がある」

『――“オミナエシ”が動くかどうか』


楽しそうな声色にエヴィルは小さく息を吐いた。また、何か企んでいるのか。


「どうする気だ? ロヴ」

『アサミに策を聞いてみようか。アジアの魔女を拝めるかもしれないぞ』

「……知らないからな。どうなっても」


ロヴ・ハーキンズのすることに間違いはないのだ。エヴィルはそれを十二分に承知していた。

地の果てまでも、自分は彼について行くだろうと思う。あの新入りの日本人についても、ロヴの考えを邪魔立てする理由はない。


『それより――気になる情報が入ってな』

「……?、どうした」


ふいに落とされた声にエヴィルは眉を寄せた。良くない知らせだと直感で理解する。血生臭い、避けられぬ気配と影。


『遠征に同行させた《パース》と《ポート》に死者が出ている。何者かに襲われたらしいが』

「……どこだ? 派遣したソルジャーに連絡は。確か二人、シュンとシュンレンは台湾に行っているな。残りは確か全員――」


ああまた、血の匂いがする。

通信を断つ寸前、エヴィルは確かにその香りを感じていた。


『――日本だ』

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