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『これが私の世界だから』  作者: カオリ
第四章《慟哭》
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第四章《慟哭》:少女と刀と(2)

「あーあ、オレも修業すっかなぁ」


チトセと一緒にさ。

柘榴を完食したルードが掌に付着した果汁をぺろりと舐め取りながら言う。行動とは裏腹な真剣味を帯びた声に、千瀬は僅かに首を傾げた。


「?、どうして」

「ユリシーズ、だっけ。あいつを取り逃がした」


むかつく、と呟く少年に千瀬は苦笑を洩らす。あれは仕方の無かったことなのだが、ルードは納得がいかなかったらしい。

体が鈍ってたんだきっとそうだ、悔しそうに顔を歪めたまま彼は言葉を続ける。


「オレ、あの時けっこー真面目だったんだ。本気で、殺す気でやったのに……殺り損ねたの、人生で二人目」


それは相手が上だったんだろ。そう静かな声が聞こえてルードは頬を膨らませる。言ったエヴィルは床の上に腰を降ろしながら薄く笑ったので、ルードの機嫌は益々下降した。

ミクもエヴィルの隣に腰をおちつける。服が汚れるのを厭う様子もなく、どうやら本格的に休憩の態勢に入るらしい。


「……二人目?」


気になった単語を聞き返す千瀬に、ルードはぶつぶつ何かを呟きながら頷いた。


「そぉ、二人目。一人目は誰だと思う?」

「さぁ……。誰?」


くすりと笑い声が聞こえた。犯人はミクで、何が可笑しいのか彼女は目を細めながらルードを見つめている。気のせいか、隣のエヴィルまで楽しそうだ。

困惑する千瀬の前でルードがしまったという顔をした。説明を求める視線にハァと溜息を吐き、答えを告げる。


「――ルカ姉」


千瀬はぎょっとして目を見開いた。声を出さずに驚いた拍子、噛っていた柘榴の果汁が気管に入り込んでケホケホと咳き込んでしまう。

むせる千瀬の背を軽く叩きながら、ホントだよ、とルードが笑った。


「な、なんでルカ……?」

「賭け、だったんだ」


賭け?

訳が分からない、といった様子で問い掛けた千瀬に応えたのはミクである。

金の髪を指にくるくると絡めながら、さも愉快そうに彼女は言葉を紡いだ。


「あの時のことは今でもルシファーで語り継がれてるわ。『無礼者伝説』ってね」


冗談めかした口調でそう言った彼女に、参ったなぁ、と苦笑するルードが可愛らしくてついつい千瀬も笑ってしまう。

笑われた少年はばつの悪そうな顔をつくった後、何かを誤魔化すようにぽりぽりと鼻の頭を掻いた。


「オレはさ、名前もない・家もない・金もないの三拍子揃ったどん底人生を送ってて。でも俺には“力”があったからどうにか一人で生きていけたし、そこそこに野良犬生活を楽しんでたんだ」


言外に、彼自身も“普通でない”タイプの子供だったのだ(それは今もだが)と告げて。

聞けばルードは東欧の貧民窟(スラム)の生まれで、窃盗や詐欺を始めに盗賊擬いの暮らしをしていたらしい。

捻くれた幼少期だったんだ、とルードは笑う。


「悪いことをしてる自覚はあったぜ。でもオレみたいなガキ、このくらいしか道はなかったし。何より、これで生きていける! って自信があった。まぁアレだ、“チョーノーリョク”もあったわけだし?」


あっけらかんと言い放つルードに、はぁ、と千瀬は相づちをうつしかない。

どうもここのメンバーは、自分の過去の悲しみや苦しみに頓着しない傾向があるようだ。実はそれは千瀬自身にも当てはまるのだが、生憎とそれを指摘してくれる者などここにはいない。


「で、だ。そこにオレを迎えにきたのがルカ姉でさ」


つまりは、彼は“スカウト”でルシファーにやってきたと言うことだ。

何か嫌なことでも思い出したのか、ルードは軽く眉を寄せ思い切り溜め息を吐いた。


「冗談じゃねぇ! って思った。自由だってのがオレの人生唯一の売りだったのに、ワケわかんねー組織に縛られてたまるかって。オレ、相手は年上だけど女だったから……まぁ、ちょっと調子に乗って」


ああ、そう言えば、とミクが口を開く。

芝居じみた笑みを浮かべ、彼女はゆっくりと言葉を紡いだ。


「どこかにいたわね、愚かにもルカを殺そうと試みた子供が」

「……うわぁ」


呆れとも感嘆ともつかぬ声を上げた千瀬の横でルードが小さく呻いた。やめてくれ、と懇願するかのように手を挙げればミクが笑う。

勘弁してよもう。困ったように眉を寄せれば、千瀬までが耐えきれなかったように笑いを漏らした。


「……今まで殺せなかった奴なんて一人もいなかったのに、ルカ姉には手も足も出なかった。それにあいつ、絶対本気じゃなかったんだ。ほんっとふざけてる――で、ルカ姉に惨敗した俺はルシファーに入って今に至る、と」

「後にも先にも、スカウトの時点で迎えを殺そうとしたのはあんただけだわ」


もう一度ミクが軽やかに笑った。止めを刺されたような気分になって、ルードは小さく項垂れる。自分からふってしまった話とはいえ、彼にしてみれば過去の大失態。それをこの新入りの日本人に知られることは、本意などではなかったのだから。


面白い子供を捕まえた。そう言って喜んだのはロヴだ。

名前の無かった少年は、後にこの話を聞いた他の初期メンバーから呼び名を贈呈されることになる。

――口の悪いおチビちゃん、“RUDE(無礼者)”と。


「ルカ姉がオレの生まれて初めて殺し損ねた相手ってのは、そういうこと。あんなやつ相手にするなんて、ユリシーズは自殺行為だ……いや、オレも大概馬鹿だったけど」


ルードは遠くを見つめ、ハァと再び息を吐いた。

何かを思い出していたのだろうが千瀬にはわからない。ただまた一つ、ここの人間の過去を知って共有させて貰えたような気分になった。


ルードは忘れない。あの日自分の吐いた暴言と、それを軽く受けとめてしまった黒髪の相手。

殺されたいのかよ、そう啖呵を切った少年に返ってきた言葉は『じゃあ殺してみる?』だ。


ルードは忘れない。

『私を殺せたら、この話無かったことにしてあげる』と、あの少女にそう言われた時点で負けは確定していたこと。今でもハメられたと思っている。

ルカの最後の一言にたまらなく戦慄した、あのぞくぞくする感じ。恐怖と羨望を同時に見せ付けられ、名前と家まで強制的に与えられたあの日を、きっと少年は忘れない。




『それじゃ、遊ぼっか?』




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