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『これが私の世界だから』  作者: カオリ
第一章《始動》
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第一章《始動》:EPPC(2)

「紹介っつっても、今はこれしかいないんだけどな」


ごほん、と勿体付けるように咳を一つ。駿は体を強ばらせた千瀬に笑いかけ、俺たちの仲間だと囁いた。


「まずはシアン」


少女の視界の中で一人の人間が立ち上がる。年は二十代半ばだろう、薄いブラウンの髪と同じ色の瞳を持った“彼女”はこちらに手を振った。


「はじめまして、シアン・エルフィールよ」


よろしくね、と笑うシアンはイタリア出身なのだと横でロザリーが説明する。

千瀬は挨拶を返しながら、ここの人間は皆日本語が喋れるのだろうかと首を傾げた。少女にとってはありがたい話だが、何だか妙な気分にさせられる。


「そっちがサンドラ・ジョーンズ」


駿の示した先、ロザリーの向こう側にいたのは豊かなブロンドの髪を胸の前に垂らした紫の瞳の女であった。少女と目が合うとサンドラはふわりと笑む。次いで優雅な動作で礼をした彼女に、思わず千瀬は見惚れてしまった。

身に纏った黒のロングドレスから覗いた手足のラインが艶めかしくさえある。自分が何をしているのかを忘れかけた千瀬は慌てて礼を返した。


「――で、そいつがレックスだ」


レックスと呼ばれた大男が片手を挙げて笑う。会釈を返した千瀬は、壁に積まれた瓦礫に座り込んでいる彼の体の大きさに目を見開いた。

着古された衣服越しにもわかる腕の太さ、逞しい筋肉。何よりもその身長は、傍に寄れば大岩のように感じるに違いない。東洋人の少女にとって彼のスケールは驚異だった。何を食べているんだろう、と場違いなことを考えてしまう。


「あれ? おい、オミは?」

「今日は見てないわよ」


駿の言葉に答えたのはシアンだ。オミ、というのもきっとここで生活する人間の名なのだろう。


「じゃあ後で良いか、他の連中は出掛けてるしな」


今のうちに覚えておけと促され、千瀬は心の中で目の前の人物の名を繰り返した。駿とロザリー、シアン、サンドラ、それからレックス。いったいあと何人いるのだろうか。


「お前には覚えてもらわなきゃなんないことがたくさんあんだよ」


千瀬の心を見透かしたかのような駿の発言に、少女は僅かにどきりとする。


「さて、じゃーまずルシファーの構造から説明すっかなぁ」


面倒臭いんだよこれ。

そう言って嘆息した駿の頭をぺしりとロザリーが叩いた。


「命令なんだからしょうがないでしょー、文句言わないっ」

「でも何で俺なんだよ、俺が細かいの嫌いだってあいつ知ってんのに」

「だからでしょ」

「畜生、ロヴのやつ」


眉根を寄せて顔をしかめながら、駿はどこかから一枚の紙を取り出した。そこに鉛筆で書いては消し、書いては消しながら何かを作成していく。


「シュン、線曲がってる」

「うっせェ!」


少年は細かい作業を心の底から嫌っているらしく、はた目から見てもストレスが募っているのは明白だった。千瀬には彼が何を書いているのかはわからない。

作業を続けている間にも駿の口からは激しい悪態が飛び出していたが、どうやらそれは『ロヴ』なる人物に宛てられたものらしい。


「ロヴのサド! 鬼畜!」

「シュンをいじめるのが楽しいんだよきっとー」

「変人め!」

「あははっ言えてる」

「……あの」


話の全く見えない千瀬は恐る恐る口を開いた。このまま彼らのやりとりを眺めていても良かったのだが、聞きたいことが出来てしまったからだ。


「ロヴって?」

「俺たちのボス」


え、と一声あげるなり硬直してしまった少女を見ながら、何だよお前まだロヴに会ってなかったのかと駿が言う。

彼らが散々暴言を撒き散らしていた相手は、あろうことかこの組織の首領であったらしい。


「――と、完成!」


一度しか言わねぇからよく聞けよぉ、とぼやきながら駿は紙を広げてみせた。

見れば家系図のようなものが完成している。消し跡と歪んだ線で構成された、若干いびつな出来ではあったが。


「うちの組織図」


そういうと駿は図の一番上の指差して見せる。《HEAD》と書かれたその場所が何を意味しているのかは明白だった。


「《ヘッド》、首領のことだ。この組織のトップにあたる男――ロヴ・ハーキンズ」


千瀬はまだ見ぬ首領に思いを馳せた。彼女を迎えにきたルカとミクもこの男の命で動いていたのだろう。ならば千瀬をこの組織へ迎え入れた本当の張本人は、彼なのだから。

本人は変人、と渋い顔で駿は付け足した。


「《ヘッド》には《エイド》って呼ばれる補佐がついてる。こいつも男。その下に《テトラコマンダー》っていう大まかな仕事の司令塔となるやつが全部で四人」


ここね、ロザリーが指差したところを見れば、なるほど確かに図もそうなっている。上から順に樹系図のように枝分かれしたその先がどんどん複雑になっていることに気が付いて、思わず千瀬は身構えた。


「コマンダーは各々に《ポート》ってよばれる十人から二十人くらいの部下を所有してるんだ。情報収集や事故処理を請け負うポートが二グループ。残り二つは現場組だ。この二つのポートの配下に《パース》って呼ばれるやつらがいる。シンジケートの末端構成員だな。こいつらは何人いるのか、俺にもわからない」


とりあえず沢山いると思っとけ。そう言った駿の口調は何だか投げ遣りである。

図の最下部の、ごちゃごちゃしている部分――これがおそらく《パース》を示すのだろう。


「……と、これが大体の組織構成。ここまでの内容で質問は?」

「う」


千瀬の口から情けない呻き声が漏れた。質問するも何も、話が大きすぎて理解できないのである。とりあえず千瀬は、素直に一番の疑問を口にした。


「あたし達は、どこの所属なの?」

「――俺たちは別格」


駿は勿体ぶるようににんまりと笑った。細められた目が猫のようだ。


「俺たちの所属は、ポート以上のヤツにしか存在を知られてない機密機関だ」


少年の言葉にロザリーが続く。秘密を分かち合う瞬間のように声を潜め、いたずらに笑いながら。


「《ヘッド》直属の配下にあたるわ。地位は《テトラコマンダー》と同等かそれ以上よ」


千瀬は彼女の唇からその名が紡がれるのを聞いた。それは、少女が生きる新たな世界を知った瞬間。


「《特別戦闘能力保持部隊“EPPC”》通称、虐殺隊(スローター)


駿は鉛筆を取ると、図の首領を示す文字のすぐ下にもう一本ラインを書き足した。

記されたその文字は【EPPC】――ロザリーがその横にさらさらとアルファベットを書き込んでいく。EspeciaI、Potential、Preservation、そしてCombat――各頭文字に丸を付けられたその単語は筆記体の上、ろくに学校にも通っていなかった千瀬には意味などわからなかったけれど。




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