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『これが私の世界だから』  作者: カオリ
第三章《はじまり》
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第三章《はじまり》:はじまりの寓話(2)


「俺達が戦争孤児だという話はしたよな? 今現在も内乱の絶えない国で、俺が物心ついた時には紛争が日常だったんだが」


もう何年前になるか、と男は笑む。再びしっかりと席に座りなおした面々をゆるりと眺め、一組織の首領は穏やかに回想に耽り始めた。彼が、彼らがまだ幼かったあの頃。誰にでも平等に訪れるはずの幼少期、そのはじまりの話だ。


(むかしむかし、)


ロヴと呼ばれた子供がいた。実際彼をそう呼ぶものは少なかったのだが、気が付いたときには彼はロヴという名を与えられた生き物で、それ以上でもそれ以下でもなかったのだ。

ロヴは大人に見捨てられた戦争孤児たちが集団で暮らす、ゴミ溜めのような建物で生活していた。生まれたからにはあるであろう誕生日も、親の顔も知らない。この国で生まれたのかでさえ定かではなかったが、彼がそれを気に掛けたことはなかった。ロヴの周りには同じような境遇の子供が溢れていたし、彼はそれを当たり前だと思っていた(なぜなら外を知らなかったからだ。)

ロヴ、という識別名称があっただけでも彼は恵まれていたといえる。彼の周りには、名を持たない子供も多くいたので。


「食べ物は無かったな。衛生状況は酷いなんてもんじゃない――餓鬼どもの吐冩物や屎尿が床や寝床の上に散乱していたし、病気にかかれば医者も薬も無い。助けに来る大人もいない――あそこは子供を捨てるために存在していた場所だ。死んでいく奴は後を絶たなかったし、生きてる奴も脳に満足な栄養がいかない状態で、障害をきたしたり人格崩壊を起こす奴がほとんどだった」


あ、これは前も言ったっけ? 穏やかに首をかしげ、そこでロヴは一息吐いた。紅茶のカップに手を伸ばすとくつろいだ様子でそれを口に運ぶ。

それは、まるで御伽話を語り聞かせているような口調であった。話の内容と語り手の様子があまりにも不釣り合いで、千瀬はどうにも反応に困ってしまう。これはそんなに軽く聞き流していい話なのだろうか?


「俺が物心ついて暫らくしたある時、その建物の中で疫病が流行ってな。悪環境の引き起こした物だったのだろうが――収容されていたほとんどの子供達が死に絶えてしまった。そこで生き残ったのが俺とエヴィル、そして“テトラ”――後のルカだ。この三人だけだった」


こくりと音を立てて上品に飲み干された紅茶はすんなりと男の腹に納まった。そんな当たり前のことをひたすら目で追っていた千瀬は、ふと耳にした聞き慣れぬ単語に首を傾げる。


「テトラ?」


鸚鵡返しに発された声はルードのものだ。あれお前も知らなかったのか? と僅かに驚いたロヴが小さく笑う。


「ギリシア数字の“4”だよ。テトラコマンダーのテトラも同じ意味だ、ほら四人いるだろ」

「はぁ」

「当時その場所にはギリシア数字をふった十の部屋に分けて子供が収容されていて、ルカは四番目の部屋で生活していた。ルカにはその頃まだ名前が無くて、仮の名としてテトラと呼んだんだ」


モノ・ジ・トリ・テトラ・ペンタ……、指折り数えて示してみせる上司に、はぁ、とまた千瀬は曖昧な相槌を打った。

懐かしい、とルカが笑うが、千瀬の想像力はなかなか追い付くことができない。子供が収容されていて、でも殆ど死んでしまって。その中でたまたま生き残った三人?(そんなこと現実に起こり得るのだろうか。)


「つまり、ルカは小さい頃はテトラと呼ばれていたと」

「その通りだ。ちなみに、ルカと言う名は同名の聖職者がいるんだが、知ってるかい」


綴りは“LUKE”だと言って笑みを浮かべる男に、千瀬は正直に首を横に振った。

家柄上、仏教ならまだしもそちらの方面には疎い千瀬である。聖職者の名など一人も知らなかったし(キリストは名前を知っているだけだ)ルカというスペルを聞いてもピンと来なかった。あ、ローマ字綴りじゃない、やはり日本とは違うのだなぁとは思ったが。(ロヴのトランス能力は千瀬の脳裏から人種の壁を取り払いがちなのだ。)


「まぁ、この聖職者は直接はルカと関係ないんだが」

「?」

「話を戻そうか。ではチトセ、何故俺達だけ疫病で死ななかったと思う?」


……え?

突然の問いに困惑する少女に対し、ロヴは酷く楽しそうであった。

早く言えとルードに小突かれ、ようやく彼は口を開く。


「それはな、俺達が突然変異だったからだよ」


――極限の環境が生み出したのは、人知を超える力を持つ子供達だった。結果、彼らだけは病に侵されることなく外の世界を見ることになる。

死と隣り合わせの毎日が能力を開花させたのは、身を守ろうとする本能だったのかも知れない。気付いたときには共に在ったその力を、子供たちは当たり前のように受け入れた。それが普通ではないと気付いたのでさえ、もっと後。


「俺たちは生きていた」


偶然か必然か、こうして彼らは生き延び、出会った。手を取り合うのは自然なことだ。何よりも、本能が仲間だと告げていたから。


「屍累々の死んだ建物の中で、たった三人だったけれど」


祝福されぬ人生に訪れた、たった一つの邂逅の時。

その日生き残った少女は、生まれて初めて言葉を発した。

世界の最果てを、教えて。


(――それは、はじまりの物語)




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