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『これが私の世界だから』  作者: カオリ
第三章《はじまり》
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第三章《はじまり》:彼らの日常A

特別戦闘能力保持部隊、というものはそのお堅い名前に似合わず、酷く平和な職業だった(職業、と言い切るには些か疑問が生じるが。

)無論それは出動命令がないときの話であるが、武力を用いた大きな争いを必要とする仕事は今日び少なくなってきているし、何よりルシファーという組織には、敵と呼べる敵が存在していなかったのだ。それは首領である青年が組織設立と同時に(その頃彼はまだ少年だった)同業者を尽く吸収し、掌握し、叩き潰してしまったからである。


「最終的に」


この組織はどこに向かおうとしているのか?

独り言のような千瀬の疑問に答える者はいなかった。少女は手持ち無沙汰で辺りを見回し、この微妙な面子はどうしたものかと思う。暇が暇を呼んだ結果だ。


千瀬を中心にべったりと廊下に座り込んでいるのは椿とオミ、菫である。何をどう間違ってこうなったのか、気が付いたときには四人の少女はまるで何かに取り残されたように廊下にぽつんと立っていた。こうも巧いこと年の近い娘たちが揃うのも珍しいので(そして何よりも暇だったので)誰からともなく腰を下ろし、さぁ何か語ってみようと思っても話すことがない。


(……気まずい)


千瀬はそっと溜め息を吐いた。勿論周りにはばれない程度に、だ。

千瀬にはこれまで同年代の友達がいた例しがなかったので(悲しいことに)親しくなりたい気持ちは山々でも、話の切り出し方など皆目検討もつかないのだった。お喋り好きのロザリーはこういう時に限って現れない。彼女がいれば、この空気はもう少し穏やかなものだったかもしれないのに。


「……おまえ」

「はいっ」


おもむろに口を開いた椿の声に過剰反応。千瀬は思わず流れた冷や汗を押し込めながら、無理矢理笑顔を作ってそちらを向いた。

華京院 椿と言うらしいこの少女は先日長い遠征から帰還したばかりで、どうも話し掛けるタイミングを見失いがちであった相手である。丈の短い奇妙な着物を好んで身に付けているし、全くの無表情であるせいか近寄りがたかった。その彼女に話し掛けられているのだと思うと、些か緊張する千瀬である。


「おまえ、七見女史の知り合いなんだってな」

「ななみ? ああ、うん」


月葉の話だと悟った千瀬はこくりと頷いた。よく知ってるね、そう言ってみれば椿は淡々と、組織内ではもう有名な話になっているのだと告げる。


(そうなんだ……何時の間に?)


続いてさらりと紡がれた椿の言葉に、思わず千瀬はがっくりと首を垂れた。


「あの人とのコネクションは大切にしたほうがいい。仕事が楽になる」

「はぁ……」


そっちに来るとは思っても見なかった。確かにこの組織、大きな仕事を入れるのは勿論ロヴであるが、細かなものや仕事の分担を提示するのは《テトラコマンダー》、すなわち月葉の仕事であった。コマンダーは後三人いるはずで千瀬は会ったことはないが、それでも代表者は七見月葉なのである。


「おまえ、七見女史の紹介で入隊したのか?」

「えーと、どうなんだろ。スカウトってやつでルカが迎えに来たんだけど」

「ふぅん」


千瀬が月葉に再会したのはつい先日のことだ。彼女は仕事の一貫で日本の様子を見ていて、結果その網に千瀬がかかっただけの話である。迎えを出すよう手配したのは月葉だろうが、紹介というわけではないのだろうと千瀬は思った。

ここで、どうやら椿は無口ではないのだと気付く。必要最低限しか話さないし淡々とであるが、これなら話せないことはないと思えた。よって、今度は千瀬から口を開いてみることにする。


「椿……ちゃんは」

「椿でいい」


ばっさりと斬られて僅かにたじろぐ。が、千瀬はここにやってきてから諦めの悪さというものを学んでいた。受動ばかりで生きてきた幼少時代に比べれば大した進歩である。


「椿は、やっぱりスカウトでここに?」

「そう」


答えを貰えたことに安堵した。他人のプライベートを尋ねるのは憚られたが、いかんせん話題がないので仕方ない。このくらいならまぁ良いだろう、千瀬はそう思い込むことにした。


「実家で暗殺の仕事を請け負ってた。両親に毒を盛って家を出たのが二年前」

「毒って」

「家業用の」


何と答えれば良いのやら息詰まってしまった千瀬を気にもかけず、椿はつらつらとその時の様子を語ってきかせる。犯行は計画的で、ずっとこの家業を絶やしてやろうと思っていたのだとか。

それにしても二年前とは、また随分な話である。どう見ても椿は千瀬と同じ十四、五歳程で、この年代の二年間は心身ともに大きな差を作る。椿はそうとう幼い頃から“そういうこと”に慣れていたのだろうか。

考える千瀬を見透かしたように椿は言う。


「忍の仕事は九つから始まる」

「……しのび?」


しのび、しのびってなんだっけ。千瀬はうまく稼働しない頭に鞭打って知識をあさる。忍び、忍か。あれ、それって。


「それはつまり、椿は忍者なんですか」


思わず敬語になった。こっくりと頷いた少女を見て、千瀬はうわあぁあと叫びたいような気持ちになる。

確かに言われてみれば彼女はそれらしい。ものすごくらしい。尋ねてみれば、着物を着るのは家業の名残で洋装に慣れていないからだと言う。


(本物はじめて見た!)


興奮冷めやらぬ千瀬は、見たことないのが普通だとは気が付かないのだった。

と、ここにきて初めてオミが口を開く。普段はひどく口数の少ない彼女も、椿の言う忍とやらに興味を持ったらしい。


「シノビ、とは日本の生き物ですか」


質問が少々ズレているような気がするが、あまり気に掛けないことにする。椿は首を傾げるオミに対して、もう廃れた、と簡潔な答えを述べた。

オミは不思議な女の子だと千瀬は思う。何を考えているのかいまいち良くわからないし(自分のことは棚に上げて)見た目は一番幼いのだが、誰よりもルシファーの構造に詳しかった。迷子になりかけた千瀬が二回ほど彼女に助けられていることは駿とロザリーには内緒である。

口数が少ないせいで話すこともあまりなく、彼女が敬語で喋るのだと千瀬が気付いたのは最近のこと。


「そういえば、オミって何歳?」

「オミは十三になります。こちらでは」

「ふーん……んん?」


何気なく尋ねてみたことにきわどい返答。千瀬はそれ以上の追求を諦めた。聞かないほうが平和な気がするのである。


「……そっちのおまえは? いくつ」

「……あ、え、私?」


椿の見やった方向からか細い声が上がった。今まで無言を貫いていた菫である。姓は栗原だっただろうか、とぼんやり千瀬は考えた。

どうやら菫は緊張していたらしい。身体が不自然に硬直している。本部にやってきたのは千瀬よりも後のことらしいので、無理もないのかもしれないが。


「私、は、十五歳。今年で」

「皆近いんだね、年」


オミはやや下であったが。

千瀬の言葉に安堵したように菫は小さく笑んだ。はて、と千瀬は違和感を感じる。前にも思ったことだが、面と向かってみるとなおさらだ。菫はあまりにも気弱そうで、とてもじゃないがここにいるような――人を殺すことを仕事とするような――人物には見えなかった。そしてその千瀬の勘は、数分後明確に示されることとなる。


「ちとせ、ちゃんだっけ」

「うん」


勇気を振り絞って口を開いたのは菫本人であった。どこかおどおどとしながら、それでも懸命にこちらを向こうとする彼女を千瀬はゆっくり待ってみる。


「チトセちゃんは、こっちでもうお仕事したの?」


千瀬は黙って頷いた。

千瀬が仕事らしい仕事に付いたのは(牛の捕獲騒動を除けば)あの初陣と、視察とは名ばかりの巡回もどきに二、三度外へ連れ出されただけであったが、おそらく前者で良いのだろう。(後者はルシファーの外に出て建物周辺を駿やロザリーとぶらぶら回っただけである。遠くに見えた町並みに、ここは日本でないことだけを実感して終わった。)


「じゃあ、その、戦えるんだ」

「……一応は」


あれを戦いと呼ぶのならば。一方的な殺戮であったことは否めないが、千瀬は確かにあの日任務を全うしていた。

なぜそんなことを聞くのかと首を傾げると、菫は困ったように笑う。


「私ね、戦闘要員じゃないの」

「……? どういう、」

「一応はEPPCのメンバーとして登録されてるけど、情報収集とか、そっちが専門職で」

「へぇ……」


そういうこともあるのか、と千瀬は目を見開いた。椿も初耳だったらしく、興味深げにこちらを見つめている。オミは無感動に、しかし話には耳を傾けているようだった。


「だから、殺したことないの、人」


そう申し訳なさそうに呟く少女は、確かにこの集団のなかでは異質なのかもしれなかった。軽蔑するか。そう問われている気がして、千瀬はそんなことはないと思う。菫が引け目を感じる理由はどこにもないのだと思ったとおりを口に出せば、そこで初めて菫が笑った。それまでの切なそうな笑みではなかったので、やはり彼女は気にしていたのだろう。


「頭使いそうだね、情報収集って」

「得意なの、コンピューターとか」


殺したことがない菫を、羨ましいとは思わなかった。随分自分もこの空気に馴染んでいるなと千瀬は思う。菫がデスクワークを得意とするように、自分からこれを取ってしまったら何も残らないからだ。


「私、本部にいるのは短いと思う。きっとすぐ別の仕事が入って、外からサポートする形になるんだ。ここにいても戦えないから」


せっかく出会えたのに。

千瀬はそれを、素直に淋しいと思った。


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