第三章《はじまり》:間話
ざり、ざり。その空間の中にただ響くのは、人間の足が細かい砂利を踏みしめる音のみだった。それは一定の歩調ではなく、かといってリズムを刻んでいるわけでもなく。酷く静かで緩慢で、億劫な響きだ。
足音は僅かに入り乱れながら二人分。彼らはこの道上を、先刻からただひたすら歩んでいる。
「ねぇ、サブー。サブってば。ちょっと聞いてんの? サブナック」
退屈に負けたのだろう、ついに口を開いた少年に、隣を歩んでいた青年は思わず眉を寄せた。珍しくおとなしくしていたかと思えばすぐこれだ。
「……名前を省略するな」
「なんでさ。ジャパニーズ・サムライみたいでちょっと格好良いじゃないか」
青年――名はサブナック、といった――がそれに無言で応えると、少年は不満だったのか不貞腐れたようにぷいと横を向いた。
少年は一見してかなり高貴な出で立ちをしている。胸元のスカーフや羽織った分厚い外套はまるで一昔前の貴族達のそれであった。
対する青年は黒のスーツと薄い藍色レンズのサングラス、耳元には銀のピアスが輝いていた。どう見てもつり合った二人連れだとは言い難い。こんな薄暗い、舗装もされていない路地裏を歩いているのだから尚更だ。
「……俺に何か用が有ったんじゃないのか」
「別にぃ。呼んでみただけ」
少年の返答に思わずサブナックは溜め息を吐いた。その際に横目でちらりと少年を盗み見れば、こちらに気付いて笑みを浮かべている。
はぁ、ともう一度だけ溜め息。こんな少年が自分の上司にあたるのだから世も末だ、とサブナックは思う。
「……お前、そんなことで大丈夫なのか」
「何が?」
「冷静に仕事をこなせるのか、ってことだ。良いか、如何なる時も貫くは己が信念――」
「信ずるは己が正義、でしょ。馬鹿にしてんの、サブナック」
「……いや」
一瞬浮かんだ少年の目の色に僅かに青年はたじろいだ。そんな彼の様子を知ってか知らずか、次の瞬間『わかってるよ』と笑ってみせる少年は年令相応の無邪気さを見せる。
サブナックはこの幼く気難しい上司と対等の立場で仕事することを許された、希有な立場の人間だった。少年は一見サブナックに懐いているようだが、サブナック自身は常に彼に試されているような気分である。これはそういう少年だった。何を考えているのやら、全くその腹の中を見せようとしないのだ。
「心配しなくても、僕はやる気満々さ――正義は悪を倒すのがお仕事だろ。そして、正義は悪に勝つもんだよ」
楽しみ。そう呟いた少年に、サブナックは僅かに眉をひそめる。この少年が仕事熱心になる時ほどろくな事がないと、経験上わかっているからだ。
「……変なことはするなよ、ユリシーズ」
何のことかな?
そう言って破顔する少年の、その笑みの裏を知ることなど、青年には終ぞ叶わなかった。