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『これが私の世界だから』  作者: カオリ
第三章《はじまり》
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第三章《はじまり》:盤上に駒を並べて(2)


「日本人……?」

「そのとーり」


手を引かれるままにやってきたのは見覚えのある広間であった。千瀬も召集されたことのある、あのホールだ。そこには既に先客がいて、千瀬と駿、ロザリーはそれを後方から覗き見る形になった。

集まっていたのは千瀬の見知らぬ六人の男女だ。彼らは予め用意された椅子にきちんと腰掛けている。それからロヴ、彼の後ろにルカとエヴィル。

これからこの場で行なわれるのは遠征任務の報告会なのだという。千瀬達はホール脇にある螺旋階段の陰にそっと身を潜ませた。こんな覗くようなまねをしていいのかと千瀬が尋ねれば、バレなきゃ良いんだと駿は言い切る。


「お前だって気になるだろ」

「それは、まぁ、そうだけど」


会話は勿論小声だ。千瀬の返答に満足気に頷くと、ほら、と駿は前方を指差した。言われるままにもう一度集まった面々に視線を向ける。

……男と女がちょうど三人ずつ。その全てが千瀬に馴染みのある――所謂アジア人の顔立ちであった。


「あ、でもあいつは違うぜ。あの端にいる……長い茶髪の女」

「違うって?」


何が、と尋ねる前にロザリーが口を開く。彼女はこの状況をかくれんぼか何かと勘違いしているのか、ひどく楽しそうだ。


「あの子はシュンレン! 生まれは中国だよー」

「ば……っ」


思いのほか大きかったロザリー声。焦った駿があわててその口を塞いだ。かくれんぼ、にさえなっていない。

千瀬は“シュンレン”と言うらしい女を見つめた。東洋の美、とでも言おうか。白い肌や長い髪が、西洋人とは違った美しさをもっている。よくよく見れば、彼女の来ているのは黒のチャイナドレスのようである。なるほど、と少女は独りごちた。


「で、だ。驚くべきことに、シュンレン以外の五人は全員日本人」

「ほんとに……?」

「あぁ。ツキハの仕事の成果か、ソルジャーは圧倒的に日本人の割合が多いんだぜ」


月葉。その名に千瀬は目を見開いた。そうだ、やはり彼女はここにいるのだと思う。思ってみても実感が沸かなかった。長い間探し続けた結果の、余りにも短い邂逅だったのだ。そして余りにも皮肉な再会だった。こんな、ところで。


「……シュンは」

「ん?」

「ツキハさんを、知ってるの」


疑問なのに語尾が上がらない、妙な問い掛けだった。言われた駿は眉を潜める。知っているに決まっているではないか、だからこそ話題に出したのに。


(なにこいつ、また天然発揮?)


どう答えたものか。そんなふうに悶々と悩む駿のことなど気にも掛けず、明るくロザリーが割って入る。今度は声のトーンを押さえていたが。


「ツキハさん、って七見女史のことでしょー? テトラコマンダーのリーダーだよね」


ななみじょし、と千瀬が小さく繰り返した、その時だった。

静寂を割って凛としたロヴの声が響き渡る。空気が変わった。どうやら遠征の報告が始まったらしい。


「……じゃー、俺から。結果から言うと、ツネヒコの足取りは掴めなかった」


千瀬達の見守る前で一人の少年が椅子から立ち上がり、おもむろに話をはじめる。声は周りが静かなせいか、こちらまで良く聞こえた。明らかに未成年の彼は煙草をくわえながら、ばたばたと報告書を振る。

薄い栗色の髪。少年が動く度に耳のピアスが小さく輝いた。


「今喋ってる不良がハル。日向ハル」


駿が少年の名を告げた。

日向ひゅうがハル、まごうことなき日本人である。髪は脱色してあるのだろう。駿曰く不良、の彼は至極マイペースで報告を続けている。


「俺とツバキで日本中を調べ尽くしたんだ。が、ツネヒコの野郎がいた形跡はこれっぽっちも出てこなかったぜ。……それどころか、ツネヒコが自殺した可能性が出てきた」

「……自殺か」


ロヴが不敵に笑う。集まった者の前に立つ彼は首領の風格を存分に醸し出していた。これが先刻まで一緒にティータイムを満喫していた相手なのかと思うと、もう目で見たものを信じることはできないんじゃないかという気が千瀬にはする。


(ツネヒコ、って誰だろう。日本人の名前?)


「俺からは以上ー。ほい、」


ハルは報告書の束をロヴに放り投げると、欠伸をしながら後ろの方に退った。ロヴは笑ってそれを受けとめる。


「ご苦労、ハル。ツバキは何かあるか?」

「……ない」


ツバキと呼ばれた少女はそれだけ言うと、ハルの後を追うように踵を返した。日本人にしてはやや赤みを帯びた髪を高い位置で結い上げた少女が自分と同じぐらいの年頃であることに千瀬は気が付く。

駿に目線を送れば、彼女の名は華京院かきょういん椿だと告げられた。随分と厳かな名だ。丈の短い着物という変わった出で立ちの椿は、ロヴに話し掛けられてもニコリともしない。


「シュンレンの隣にいるのがアサミ」


ロザリーが囁き示した所にいたのは、細い釣り目の男。背が高く、黙っているだけでも威圧感がある。

彼はロヴに報告書だけを渡して、さっさと自分の席に戻っていった。


「朝、深、って書く。あいつは謎だらけだよ。名前も本名なんだか」


ハルの手から癖の強そうな煙草を一本引き抜き火を灯した朝深を見て、駿が僅かに渋い顔をした。


「ちなみに、あそこの二人とも未成年。よくあんなもん吸う気になるよな」

「え」

「あの二人、っていうか皆まだ十代じゃない?」

「え?」


タバコって美味しいのかな、と呟くロザリーの横で千瀬は目を瞬いた。あそこに集まった者達の纏う空気はどう見ても――明らかに幼いとわかる者を除けば――十代、という様子ではなかったのだ。春憐などはすっかり大人の女性の色香を漂わせている。


「ちなみにハルと駿は同いどしー。朝深は一つ上? 二つだっけ?」

「……そんなふうに見えない……」

「……おい。それはあいつらが老けてるのか? 俺がガキ臭いって言いたいのか?」

「えっと……」


悩むのかよ! と叫びだしそうになる駿をロザリーが宥めるうちに、次の人間が立ち上がった。彼はツヅリと呼ばれる青年(とはいえやはり未成年なのだろうが、少年よりは青年と形容するに相応しいだろう)である。あいつも偽名疑惑だ、と駿が呟いた。

長めの黒髪に数ヶ所のメッシュ。彼は、隣に座っていた少女を連れてロヴの前にやってきた。んん? と妙な唸り声を上げたのは駿だ。


「あれ、あいつは……?」


駿が小首を傾げた。現れた少女、に全く見覚えがなかったのである。

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