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『これが私の世界だから』  作者: カオリ
第一章《始動》
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第一章《始動》:‐Lucifer‐

少しも覚えていないと言えば嘘になる。血に塗れた着物を脱がされ体を拭われた感覚や耳元に聞こえていた声は微かだが記憶にあったし、何よりもその手にはまだ刀の感触が残っていた。刀が人間の体を貫いた、生温かい手応え。


ただ、その後のことを少女は全く思い出せないのだった。気が付いたら門の前に立たされていて、たった今彼女はそれを通り抜けたところだ。

姉はどうなったのだろう。あの家はこれからどうなるのだろう。なぜ自分はあんなことをしたのだろう……いくら考えても、わからない。少女は前を行く二人をぼんやりと眺める。この二人が他でもない、彼女をこの場所へ連れてきた張本人。


「ルシファーの建物はすごく広いんだけど、すぐ慣れるから大丈夫よチトセ」


黒髪のほうが少女、千瀬ちとせを振り返って言う。千瀬は確かめるかのように口の中で小さくルシファー、と繰り返した。


――“ルシファー”は多数の構成員より成る大規模な犯罪組織である。けして表には出せないような取引や盗みに至るまでを堂々と行い、また他の組織との勢力争いも激しく殺し合いも頻繁に行なわれる。裏社会で今、最も勢いと権力のある一団。

これが、千瀬が黒髪の少女――ルカから説明されたこの組織の概要だった。そしてそれは、これから千瀬が所属することになる組織である。


マフィアなのかと尋ねたら、ルカはそのようなものだと言って笑った。


「正確には、シンジケートって感じね」


裏の世界に名を馳せる、この世の犯罪を支配するギャング団。この二人はその一味から千瀬を迎えにやって来たのだという。

金の髪をしたほうは『ミク』だと名乗った。ミクもルカもそんな世界で生きているとは到底思い難かったが、現に自分がその世界に踏み込もうとしている今、千瀬には事実を受け入れる他無かった。


近ごろは犯罪組織といっても様々で、厳重な情報管理やネットワークを駆使した組織態勢がとられていることが多い。しかし結局のところ武力重視なのは昔から変わらない、不変の事実である。

そしてその『武力』を手に入れるために――この組織では、ある特殊な試みが行なわれていた。これが彼女達が千瀬を迎えに来た、たった一つの理由。

――ルシファーは、“殺人者”を集めていたのである。

集められた者達は、敵対するシンジケートやマフィアとの戦いに使用される。必要なのは絶対的な力、殺しの能力。


「あたし達が必要としているのは、“分別ある殺戮者”」


ミクがその碧い瞳を千瀬に向けて言った。


「単なる快楽殺人者とか、無差別殺人するような馬鹿はいらないの。しっかりと我を保ち、論理的に物事を考え、なおかつ冷静に迷いなく殺人できる――そういうやつを、集めてるのよ。世の中の警察の手に渡る前にね」

「……あなたは選ばれたの、チトセ」


ルカが柔らかく笑んだ。どこまでも優しいその声に、千瀬はやはり夢を見ているような気持ちになる。自分が犯してしまったこともこんな組織が存在することも、嘘のようだ。本当の自分は寝室で夢を見ていて、姉の帰りを待っているのではないか。


――少女の思考はそこで途切れた。突如目の前に巨大な建物が現れたのである。門を抜けてから数分、霧に覆われ視界の悪い道のせいで気が付かなかったが、少女達は着実にこの建物を目指して歩いていたのだ。

……とにかく大きい。一見して洋館のようだが、その奥には古びたビルやシェルターのようなものまでが見える。


「ルシファーへようこそ」


ルカが分厚い扉を押し開けた。組織本部の入り口だというのに警備員はおらず、いささか不用心な印象を受ける。中に入るとまずホールのような場所へ通された。


――広い。少女は瞠目する。一面に敷かれた深紅の絨毯は毛羽立ち埃が積もっていたが、天井のシャンデリアは知識のない千瀬にさえその価値が見て取れる。


ホールの端にには立派な螺旋階段が備え付けられていた。二人に続いて千瀬もそれを上がっていく。ミクの履いていたヒールがかつん、かつんと音を鳴らし、静寂に溶けて行く様が不思議な気持ちにさせた。


「それじゃあ、後は説明したとおりだから。あの部屋に入ってね。あなたのことは知らせてあるわ」


階段をのぼりきったところでルカが告げた。行く手には鉄製の扉が一枚あって、そこのことを言っているのだろうと少女は思う。


「あの……ルカさん」

「ルカでいいよ。何?」

「……姉さんは、どうなったんですか」


千瀬はどうしても気になっていたことを口に出した。人々が死に絶えたあの家で、姉はどうすればいいのだろう。殺人鬼と化した自分を恨むだろうか。それとも――まさか自分はあの後、姉を殺してしまったのだろうか。

覚えていないことが恐かった。思わず俯いた少女の頭を柔らかな手が撫でる。


「安心して。『学園』に入ってるから」


世間的には死んだことになってるけどね、と付け足してルカは笑う。その笑顔に、なんだかひどく千瀬は安堵した。


「さあチトセ、行ってらっしゃい。今日から貴女は“ルシファー”の一員よ」


背中に温かな声を聞きながら、少女はゆっくりと鉄の扉に手を掛けた。




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