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『これが私の世界だから』  作者: カオリ
第三章《はじまり》
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第三章《はじまり》:Crescent

さぁ皆様、お手を拝借。


幕間劇を演じまするは

空から墜ちた反逆者、

ギニョルの墓場に捨てられた

マリオネットが踊ります。

冴えた満月の嘲笑浴びて、

聞こえるでしょう

母喰い鳥の子守唄。


(絡んだ糸は もう手遅れ)


ほら、堕天使は悪魔に近いのよ。










『これが私の世界だから』3










――満月の夢を見た。星一つ見えない漆黒にぽっかり浮かぶ、大きな月の夢だった。静かで、綺麗で、少し悲しくて、それから彼女のことを思い出した。


「おはよう、チトセ」


少女はゆっくりと目蓋を持ち上げる。外気の刺激で痛む眼球を薄い涙の膜が包み、おかげで視界はひどくぼやけていた。

目の端にちらりと映った金髪で、漸く声の相手を認識。


「おはよ……う、サンドラ」


サンドラは未だ寝呆け眼の千瀬にくすりと笑みを零した。眠たそうに目蓋を擦る少女は年相応に幼く見える。それはどう考えても、大きな死線を一つ潜り抜けた人間の様子とは思えぬほどであった。


「悪い夢は見なかった?」


あんな仕事の後だから、と言外に滲ませる女の問いに少女は小さく笑う。確かにあの凄惨な光景を目にしてしまっては、悪夢の一つや二つ見ても無理はないだろう。

平気だと返しながら、我ながら図太い神経の持ち主だと千瀬は思う。悪夢どころか懐かしい夢を見てしまった。ここしばらくは思い出す機会のなかった、もう昔のこと。


(悪夢、なのかな)


綺麗な思い出だった。でも、後悔の念の強い記憶だと思う。あの家で過ごしていた時間の中では唯一鮮明な色の付いていた出来事だったのでなおさら。


思考のベクトルがあらぬ方向に拡散してしまったせいか、ふいに黙り込む千瀬にサンドラは首を傾げる。どうもこの少女は突然意識が逸れる癖があるらしい。任務中も危なかったのだと、少女の教育係を命ぜられた少年がぼやいていたのを思い出す。


「チトセー?」

「……ぇ、あ、はい!」


まだ夢でも見ていたのだろうか。弾かれたように顔を上げて辺りを見回す少女の動きは実に滑稽である。どうにか我に返った千瀬を笑いを堪えて見つめながら、サンドラは少女に声を掛けた目的を思い出した。

任務報告に付き合わないか。そう尋ねれば、千瀬はぱちぱちと瞬きを繰り返す。


「……任務報告?」

「そうよ。チトセはまだ経験ないでしょう?」


サンドラは微笑んだ。彼女率いる〈ソルジャー〉の隊員が仕事を終えてから――つまり、千瀬が初めての任務を経験してからもう二日が経つ。


「ロヴには当日に報告してなかった?」

「ええ。でも今回は≪テトラコマンダー≫への報告よ。ちゃんと書類を作成して……色々と手続きも必要だわ」


教えてあげるからついてらっしゃいな、とサンドラは言う。

〈テトラコマンダー〉はルシファー内の情報処理の要だ。戦闘専門であるEPPCの仕事にもきっと大きく関わっているのだろう。


「わかった。行く」


頷いた千瀬の腕を、サンドラの柔らかな手が握った。



*




カツン、カツンと廊下に響くのはサンドラのヒールの音、それに続くように少女の足音が調和する。

手を引かれるままに千瀬がやってきたのは、離れのような一角であった。位置的にはあの“廃棄場”の少し奥だろうか、つくづくルシファーという組織の建物は奇怪だと思う。このような場所があるなどとは、千瀬は全く知らなかった。

今度こそ忘れないようにしようと、千瀬は道順をしっかり頭に叩き込む。迷子は御免だ、もう二度と。


「テトラコマンダー、って何をする人?」

「主に組織の運営に携わってるかしら。ロヴが面倒くさがりだから」


漠然としていた知識を確かなものにしようとして少女が問えば、サンドラは快活に笑ってみせた。

彼女達の絶対の主君であるロヴ・ハーキンズは、実に奇妙な人物である。この不思議な建物の造りはまるで彼を象徴しているかのようだ。

人好きのする笑みを浮かべたかと思えば冷徹な態度で仕事に望み、堂々たる風格を見せ付けておきながら部下に紅茶を振る舞ったりする。殺人を命じた口で冗談を言い、敵組織の殲滅を目論む脳が時々酷く抜けていることもある。変人、そう言いだしたのは誰だったか。部下から多大な信頼を寄せられるその男は、同時にその一部の部下――主にEPPCの面々――から激しく貶されたりしていた。


理由はわからないが、特にサンドラとレックスはロヴのことを常に気に掛け、彼の奇怪な行動にはいちいち口を出しているようだ。

まるで保護者だと千瀬は思う。首領であるロヴに対しそういう対応をとる彼女らは少々間違っているのかもしれないが、全ては強い絆故なのだろう。(少女はそう信じたかった、そうでなければあんまりだ。)

何故ならば。これほどまでにあつい信頼を寄せられている人間を、千瀬は見たことがなかったから。


「見てごらんなさい、チトセ」


不意にサンドラが指差したほうを見ると、隠されたように暗い廊下の突き当たりに六つの扉が並んでいた。扉の形状は、全て同じ。


「覚えておいてね。左から二番目が、テトラコマンダーのオフィスよ」


言うやいなや、サンドラは鈍色のドアノブを掴むとそれを強く引いた。がこ、と妙な音。ノブが外れて後にぽっかりと穴が開く。

そんなことをして平気なのかと口を開き掛けた千瀬だが、それが只の穴ではないことに気が付いて瞠目した。

外されたドアノブの跡部。其処にあるのは小型のディスプレイと熱感知式のタッチボタン―――電子ロックだ。


「コマンダーはうちの幹部だから、普通の組織員はこの中には入れないのよ。私達は出入り自由だけど、毎回ここを開けなくちゃいけないの。解除コードは〈冥界の番人〉……“HADES(ハデス)”よ」


コードを打ち込む電子音が響き渡る。サンドラの白い指が慣れたようにキーを叩くのを、千瀬は神妙な面持ちで眺めていた。

がちゃり、重たい金属音。解除された砦の入り口。扉が、開く。

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