挿話
(ある少年の独白)
――突然だけど、オレは今すごく困ってる。
口煩い連中から逃げ出して早一週間と三日、これまで地道に貯えては消費してきた食料が底をついたからだ。今までは食料庫や食堂のキッチンから人目を盗んで拝借していたのだけれど、ここ数日の間に突然それが出来なくなった。それは何故か?
……警備が強化されたせいだ。いきなり。これって間違いなくオレへの対策。オレを捕まえようとしてるんだ、あいつらが。
自己紹介が遅れた。オレは名をルード・エンデバーという。ルード、なんて正直言って酷い名前だ。まぁ本名じゃないんだけど(本名なんて無いんだ、実は)
年齢は十三。誕生日はよくわかんないけど、たぶんもうすぐ十四歳。この犯罪シンジケートの組織員で、階級は〈マーダラー〉という。……実はなかなか偉い立場なんだなぁ、これが。
ここに来たのは三年か、それよりもう少し前。その頃のオレは今よりもっとガキで(認めたくないけど今だってガキだ)それでもその時から〈マーダラー〉だった。それは一重に、オレの能力が買われてるからだと思う。
オレがルシファーにやって来たのは全くの不本意だった。こんな所、来る気はなかった。じゃあ何でここにいるのかと聞かれれば、のっぴきならない事情があるからだ。深い深い理由が。これはオレのなけなしのプライドをひどく傷つける話なので、これ以上は言わないけれど。
とにかく、オレはこの場所が苦手だ。組織として縛られるのがすごく嫌だ。まだ遊びたいし、自由が欲しい。だから逃げる。そういうお年頃なわけ、わかる?
……そう、オレがこうして仕事をエスケープして行方を眩ませるのは今回が初めてじゃない。むしろ常習犯だ、申し訳ないことに(悪いことをしてる自覚はあるんだよ、やめらんないだけ)
本当ならこんなふうに組織本部をこそこそ逃げ回るんじゃなくて、外に出られるのが一番良い。けれどそれが出来ないのは、オレがこのルシファーの建物の所在地を知らないからだ。敷地から出れば迷子確定、マジ笑えない。
え? って思うだろう。でも本当だ。オレは今自分がいるこの場所が、どの国のどの場所にあるのかわからない。極端な話、地球上にあるという確信さえ持てない。冗談なんかじゃないさ。そうでなきゃこんなとこ!
……一応言っておくけれど、これを知らないのはオレだけじゃない。
外部から組織の一員となった奴、要はEPPCのメンバーなんかはルシファーの所在地を知らされないんだ。スカウトされて連れてこられて、あとはここに従事するだけ。最近連れてこられた新入りの女の子(名前は確かチトセ、といった)も例外ではなくて、ここはどこなのかわかっていないと思う。たぶん母国(日本かな?)でないことだけは漠然と感じるんだろうけど。
で、問題は何でルシファーがこんなことをするか。仮にも仲間なのに秘密主義。まるで幽閉。でも、答えはすごくシンプルだ。――裏切らせない、為。裏切り者を逃がさない為。
EPPCほどの実力を持つ奴が反乱分子になればそれはせれは厄介だろう。それを未然に防ぐための作戦だ。組織の裏切りは死罪、それを誰もがわかっているから、EPPCの中にこの場所を突き止めようとする奴はいない。本当はロヴに聞けば教えてくれるかもしれないけれど、それでもダメだ。暗黙の了解なんだ。オレ達の生きるのはこういう世界。
と、いうわけで。話を戻そう、斯くしてオレは組織の建物の中を逃げ回っている。何度目の逃亡かなんてとっくに忘れたけれど、自由を求めることは子供の権利だと思う。正当防衛だ!
……と、毎度主張してみるわけだけどあっと言う間に追っ手が来る。オレと同じ〈マーダラー〉のやつが躍起になってオレを捕まえようとするからだ。最近ではオレも相手も自棄になって追いかけっこ。食料庫の警備だって、きっとあいつの差し金に違い無い。
――ミク・ロヴナス。
オレは最近あの女を天敵と認識した。年は(たぶん)十九かそこら、黙っていれば美人の部類だと思う。黙っていれば、だ。性格はキツいし容赦ないし、女のくせ言うことはえげつない上に力もある(ああでもこれはこの組織のやつは皆だけど。)そう心で思っても、恐いからけして口には出さない。逆らうと怖い、ホントに恐いんだ。
否、この際はっきり言うと恐いのはミクじゃない。
確かに捕まれば鉄拳は飛んでくるだろうし罰も与えられるけど(ミクは何故か脱走したオレに罰則を科す権限を持っている。同じ階級なのに!)何よりも、どういうわけだか、あいつはやたら〈ハングマン〉と仲が良い。もし、もしもだ。オレへの“お仕置き”にハングマンが乗り出したりしたら。……うわ、ちょ、寒気が! ちょっと自分の最後が見えた。
〈ハングマン〉の一人、エヴィル・ブルータスはこの組織一番の危険人物だと思う。終始不機嫌なオーラが辺りに漂ってるし、切れ長の目はその恐ろしい空気を増長させている。まだ若いってのに、常に眉間に皺寄ってるし。
恐いのは見た目だけじゃない。何にも動じないくせにキレやすい性格と残虐性。気に食わないコトがあるとすぐ手を出す、タチの悪い子供みたいだ。……子供ならまだ可愛げがあるのに。
エヴィルの怒りを買ってしまった人間は、みーんな死んでしまう。
手を出す、っていうか手に掛けるって感じ?
現にオレはエヴィルを怒らせて不幸にもさっくり殺されてしまったやつを何人か見てきた。仕事に失敗したとか、勤務中にくだらないことを話してたとか。エヴィルがハングマンだと知らずに(組織の幹部が末端構成員の前に現れることは珍しいからだ)うっかり若造呼ばわり、なんて無礼極まりないやつもいた気がする。あれは死んでも仕方ない……じゃなくって、何話してんだろうオレ。
そういえば。
冷酷無慈悲なエヴィルだけれど、ルカやミクには気を許しているみたいだった。コイビトってやつとも違うみたいだけど(相手二人だし)、なんだか妙に仲が良い気がする。あの三人で一緒になって、良くロヴに絡んでるから。ルシファーの幹部が団体で集まってるのを見るとちょっと胃が痛くなるんですけど。だって恐い、いろんな意味で。
泣く子も黙る幹部の奴らに対して例外がいる。不思議なことに、〈ソルジャー〉のレックスやサンドラはこの面子に臆する事無く話し掛けてた。レックスがエヴィルの頭を掻き回していたのを見た日には、ちょっぴり泣きそうになった。ちょっとだけ。
話がまた逸れた。
とにかく、オレはミクに見つかってはいけない。
万が一捕まったら、潔く諦めなければいけない。もし無駄に歯向かったりしてオレのことがエヴィルの勘に触ったら――エヴィルが、オレを邪魔だと判断すれば。次の瞬間、ルード・エンデバーはこの世に別れを告げてるんだろうから。(オレの脱走はすでにエヴィルの耳に入ってるに違い無いから、今までこうして生きてるのだって奇跡かも)
そんな危険を犯すならおとなしくしてれば良いんだけれど、残念なことにオレの体はこのスリルの味をしめてしまった。
一度枷が外れたらエヴィルは止まらないし、止められないし、誰も止めない。唯一彼と対抗できるロヴやルカは傍観を決め込んでいるから、オレに生きる道はないだろう。ここはそういう場所だから。
こうして考えてみると、ルシファーの人間は皆どこか狂ってると思う。何かが欠落してる。裏組織なんて全部そうなのかも知れないけど。普通とは違う、足りない、トンでるものがある。……そう、オレも、含めて。
実は、知っている。ミクの気の強さが、自分がいまいち戦闘に向いていないことを認めたくない為の虚勢だとか(常人に比べりゃ十分なんだけど)、エヴィルが部下を殺っちまう理由の大半が、そいつの首領への不服や陰口であることとか。
人一倍無邪気な笑顔を浮かべてたまにオレの悪ふざけに付き合ってくれるルカが、組織で一番手を血で染めていることも。悪名高いうちの首領が、オレを含めた配下を信じられないくらい気に掛けてるってコトも知ってる。
……もう一度言おう。オレはこの場所が嫌いだ。所属という名の束縛で、オレから自由を奪った薄暗い組織が大嫌いだ。
――でも、正直、ここの連中は嫌いになれない。
ここがどこだかわからないから、なんて。本当はそんなの理由にならないんだろう。出たければ出れば良い。オレはきっとこれを理由にして、もうすこし楽しんでいたいんだ。
……なんて、認めるのは悔しいから。
さぁ作戦を考えよう。とりあえずこの空腹を誤魔化すべく、警備のスキを付いて冷蔵庫のプリンをくすねてこようか!