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『これが私の世界だから』  作者: カオリ
第二章《模索》
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第二章《模索》:初陣(3)



千瀬は走りだした駿とロザリーの背を追った。鮮やかに事を行なった二人は手慣れたもので、迷う事無く一定方向へ――騒ぎの渦中、人間の気配の色濃く渦巻くほうへと進んで行く。

たった今目の前で失われた命には、何の感慨も呼び起こされなかった。


「チトセ。お前、殺せるよな」


念を押すような響き。かなりのスピードで駆けながら、息切らすこともなく少年は言う。追い付いた千瀬はしっかりと頷いて見せた。


「大丈夫だよ、シュン」


これは本当だ。心配ない、そう言い切れる。体内の冷めた血は滾るような事もなく、淡々と現実を見つめていた。『大丈夫だ』と、他でもない自分の身体が教えてくれるのだ。

……あたしのやるべきこと。少女はゆっくりとそれを反芻する。ヒトゴロシのあたしの、仕事。


「――そうか。さぁ、団体さんのお出迎えだぜ」


殺し損ねた男を追った先に数多の人影が現れた。もう相手は逃げも隠れもする気はないようで、全員が何らかの武器を持っているのがこちらにもわかる。

千瀬は集団の中心に居る人物が構えている物体を見て首を傾げた。初めて見る物だったのだ。大きな筒状のそれに触れていた敵の男が薄ら笑いを浮かべる。

携帯式対戦車ロケット砲――所謂、バズーカ砲だ。千瀬にその名はわからなかったが、それがこちらに照準を当てていることははっきりとわかった。

思い通りにさせてたまるか、と妙な闘争心が沸き上がる。


「All′arme!」


群れの先頭に立つ人間の口が動く。何かを叫んだが、異国の言葉であるそれを理解することは千瀬には叶わなかった。

瞬間、耳を劈くような爆音が響き渡る。びりびりと泣きながら揺れる地面。


(撃ってきた)


ぼんやりとそんなことを考えた。身体は脳が指令を出すより早く行動を起こす。千瀬は素早く道の端へ飛び退るとナイフを逆手に握った。火薬と血の匂いが立ちこめていて視界はすこぶる悪い。そのまま少女は土煙の中、敵の一団に向かって駆け出した。


「チトセ!」


駿は新人の少女が動いたのを目の端で捉えながら、自らも目標めがけて走る。こちらは三人、相手の数は数えるのも面倒臭い。飛びかう銃弾にのみ注意を払って、出会った端から昏倒させた。一撃で刺し貫いてしまいたいがそうもいかない。刃物とは面倒なもので、下手に乱用しているとあっという間に切れ味を欠いてしまうからだ。


発砲音が鳴り響いて、駿に掴み掛かろうとしていた人間が崩れ落ちた。ロザリーが射撃を開始したらしい。

少年は前を見据えた。躊躇う理由など、もとより存在しないのだ。


一方の千瀬は群れなす人間達の、端の一角に飛び込んだ。叫び声をあげる人間達の間を縫うように動くと、敵が動揺して統率が効かなくなっていくのがわかる。辺りが崩れるのに時間は掛からなかった。大振りのコンバットナイフは殺傷能力に長けていて、目標の後ろへ回りこみナイフで頸椎を突くだけであっさりと死んでいく。


(なんか、)


拍子抜けだ。不謹慎にもそんなことを思いながら、少女はまた一人を地に落とした。

使い慣れていた日本刀ならばいざ知らず、使い勝手のわからないナイフでは(同じ刃物とはいえ)苦戦するだろうと思っていたのだ。それがどうだ、実際相手は図体ばかり大きくてこと肉弾戦に関してはお話にならない。多少の心得がある者を連れてきたのだろうが、少女にしてみれば素人同然だ。誰も彼も動きが鈍い。実家での修業のほうが、数段苦しかったような気がする。


(そういえば、死ぬかと思ってたな、あの日)


千瀬は我を忘れた人間から順番にどんどん切り崩していく。

――トン、トン、トン。

命を奪う音は、千瀬の耳にそんな風に聞こえた。




*




殺せ、早く殺せ、何をしている、殺せ、逃げるな、殺せ。

狂ったように叫んでいた男は、突如自分の周囲の人垣が崩れ落ちたのを見て唖然とした。死んでいるのだ、倒れた人間全てが。

ぽかんと口を開けていた彼の目の前でまた一つ人垣が割れ、飛び出してきたのはまだ幼さの残る少女だった。

黒髪黒目、衣服も一式黒色の彼女は東洋人特有の顔立ちをしている。黒目がちの大きな瞳が男とかち合った。同時、少女の小さな唇が動く。


「     」


紡がれたはずの言葉は理解ができなくて、ああ自分とは人種が違うのだと男は笑った。こんな小さな子供がこんな場所で何をしている。祖国は遥か彼方だろうに。

男は呑気な思考を巡らせながら、迫り来る少女に向かってお飾り程度に銃を構えた。さぁ、来いよお嬢ちゃん。


――彼は諦めていたのだ。少女の持つコンバットナイフの刀身が、真っ赤に染まっているのを目にした瞬間に、全てを。



*




殺した人間の足元に数本、スローイングナイフが落ちているのを見つけた。千瀬は僅かに悩んでからそれを拝借することにする。コンバットナイフだけで十分に事足りていたのだが、まぁ何かの役には立つかもしれない。薄っぺらい妙な形状のそれを暫らく眺めてから、千瀬は自分の身につけていたホルダーに差し込んだ。

ここら一帯の敵はあらかた排除し終えたらしい。とはいえ、駿やロザリーのいるであろう方向では未だに爆音と怒声が渦巻いていた。次の目標に狙いを定め、少女は力強く地を蹴る。後には物言わぬ肉塊だけが残された。




「キリがねぇな」


殺しても殺しても向かってくる人間達を見て、駿はひとりごちる。全て始末しなければならないのだから、逃げられるよりはましなのだが。

彼の心配していた新入りの少女は、思いの外うまく初仕事をこなしているらしい。駿は安堵して敵の一団に突っ込んだ。雑念は仕事の敵だ、今は目の前に集中しようと思う。


と、少年の視界に黒髪の少女が躍り出た。千瀬はぽんと跳躍すると相手の背後に周り、擦れ違いざまに首に一撃を落とす。一人、二人、三人、みるみる崩れる男達とそれに振り返りもしない少女に、ぴゅうと駿は口笛を吹いた。

鮮やかな身のこなしだ、何分いつもぽけらとしていることが多い印象だったので(迷子になるし寝呆けるし)正直ここまで動けるとは思っていなかったのだが。


駿が安心してそちらから目を離そうとした瞬間、千瀬の動きが停止した。響いたのはガチ、という鈍い音。死体に馬乗りになったまま動かない少女に、駿は眉を潜める。


「あ」


千瀬は小さく声をあげた。順調に仕事は進んでいたというのに、ここにきて思わぬことが起こってしまったのである。


「チトセ?」


異変に気が付いたのだろう、ロザリーが千瀬に駆け寄ろうとする。しかし彼女の小さな身体は、立ち塞がる敵の群れにあっという間に飲み込まれてしまった。

同時にロザリーの拳銃から発砲音。火を吹いたそれは男たちを僅かに怯ませただけで、敵を全て始末するには足りない。すぐ傍の人間が殺されて発狂した者、余計に血気付いた者。全てが彼女に向かって行く。この空間は狂っている。


その群れの中から四人、進路を変えた者がいた。狙いは千瀬だ。誰の目から見てもそれはあからさまにわかる。――しかし、千瀬は動くことができなかった。

最後に殺した男の骨と骨の間にナイフが引っ掛かり、抜けなくなってしまったのである。


「うわ、大変大変」


少女の声に切迫感はなかったが、それは紛うことなき命の危機だった。通常、密林の草葉を断つのに役立つ軍用ナイフの形状――刀身の根元に鋭い凹凸が付いている――が仇となったのだろうか、しっかりと食い込んだそれは幾ら引いてもびくともしない。

拾ったスローイングナイフの存在覚えていたが、千瀬にはとうてい使い方などわからなかった。


「――チトセ!」


その時横の人垣を割って駿が転がり出してきた。安心した途端この様だ、と内心呆れ返っていた駿であるが、今は小言を言う間も惜しい。現に敵の握った刃物の切っ先が、着実に千瀬に近づいていたのだから。


少年は立ちはだかる人間の喉元に一撃を入れると、それの握っていた大刀を鞘ごと奪い取り千瀬に向かって放り投げる。それは乱雑な弧を描き、巧い具合に少女の頭上めがけて落下して。我ながらナイスコントロール、と自画自賛したい気分であった。


――その時少女の目付きが僅かに変わったのを、駿は見逃さなかった。

彼が投げた刃物は長さが一メートル弱、刀身が少しだけ反った形状である。明らかに西洋のデザインではあったが――ここにあるどの刃物よりも、“日本刀”に良く似た形のそれ。


千瀬は右手を伸ばし、投げられた剣の柄を直接握った。そのまま親指で鞘を弾き飛ばす。すらりとした刀身が白銀に輝いた。

ヒュ、と。風を切る音がする。……おそらく男達には、何が起こったのかさえわからなかったに違いない。

少女は左足を軸にして体を捻るとそのままの勢いで、一気に四人の首を刎ね飛ばしたのである。

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