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『これが私の世界だから』  作者: カオリ
第六章《輪廻》
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第六章《輪廻》:神みつる場所(2)


* * *



『――赤い柱。古い…この国の伝統家屋の、入り口に。門のように建っている……柱のようだけれど、少し違う…これは……?』

『……絵を描けるかい』

『やってみます。それから、白い――白い着物。大きな木。それからこれは、“言葉”としてのイメージなんですけど――』


―――“優しい思い出”。





* * *




エンジンの低い振動に身を委ねながら、ロアルが予見した言葉をゆっくりと千瀬は思い浮かべる。

“赤い柱”と表現された物体はあの後、絵に示されてその全貌が明らかになった。ロアルには馴染みないものだったのだろうが、日本人が見ればまず間違いなく気付く――神社の、鳥居だ。


上水流町に現存する神社は、数十年以上前からたった一つである。

田舎町には似つかわしくない尊大な――否、田舎だからこそだろうか――佇まいの其れは、不可解なことに神主の管理下に置かれていない。よって季節の節目などに、町の人間が手入れに来るだけの状態が続いていたはずだ。にも関わらず神社は神聖な空気を保ち続け、町人らも神の加護を疑わない。

正式な名を示す立て板や石碑すらないため、町の名をそのままとって、“かみずる神社”と呼ばれていた。


「御神木である大きな菩提樹が印象的で。あたしは年の瀬に一度、父と行ったきりだけど……何だか不思議な場所だった」

「神社の癖に管理者がいないってだけで十分妙な話だけどな」

千瀬の解説を聞きながら、駿は助手席で腕を組む。車は道を違えることなく真っ直ぐ目的地へと進んでいた。大通りから細い道へと入ったので、もう近いのだろう。


「あ、そこを左です」

「了解」


どうやら神社までの道は記憶に残っていたらしい。たどたどしくも正確な千瀬の案内に従って進んでいた車は、やがて小さな空き地で緩やかに停車した。

ゾラに続いて車を降りたルカが、すっと顎を上げる。その目線の先にある鳥居は古く、しかししっかりと聳え立っていた。


「……どうだい?」


ゾラの問い掛けに答えず、ルカはただ目を細める。ざあ。不意に吹いた風が彼女の髪を大きく乱して去ってゆく。


「行きましょうか」


ルカの声に従って、一同はゆっくりと鳥居をくぐり抜けた。

白い石畳が続く先の本殿。正面の扉は堅く閉じられていて、辺りをぐるりと一周しても内部へ入れそうにない。本殿裏は樫の木の林になっていて、それ以上の道は存在していなかった。

境内には他に目立った建造物はなく――ただ一本、樹齢百年はゆうに越しているであろう巨大な菩提樹が生えている。


「何かね、昔から言い伝えがあるんだ」


異質な存在感を放つ御神木を眺めながら、ふと思い出したことを千瀬は口にした。


「何だっけ……願いが叶う、とか何とか。言い伝えがあったような気がするんだけど……菩提樹が叶えてくれるんだっけ?」

「なんだそりゃ?」


突拍子もないことを言い出す少女に首を傾げた駿は、次の瞬間身体を硬直させる。


「――少し違いますよ」


くすり。漏れ出した笑い声と共に突如割って入った声に、千瀬と駿は飛び上がった。音源は死角になった菩提樹の向こうで、存外に近い。

無論ルカとゾラは最初から気付いていたのだろう。二人は目配せをし、どちらともなく囁く。――ただの人間だ、と。


「菩提樹は“永遠”をくれるんです。だからこの辺りの子供達は、仲の良い数人で夜中にここに集まったりする……まぁ、度胸試しも兼ねたりしながら」

「……あぁ?」

「あなたは――」


太い太い菩提樹の幹。その裏側に腰掛けていたらしい人物がひょこりと顔を出して、千瀬は目を瞬いた。


「あはは、また会っちゃいましたね」


良いながら微笑む娘の顔には見覚えがある。以前この町へ来たとき、役所まで案内してくれた人間だ。


「ええと…(こずえ)さん……?」

「はい」

「何でこんな所に……?」


千瀬の呼んだ名を書い聞いて、朧気だった駿の記憶も徐々にはっきりとしてくる。


(こいつ……)

「神社を見に来たんです」

(そう、神社マニアの女……)


間違ったままの印象を再び思い浮かべた駿は、梢というこの娘が前回も同じことを言っていたのを思い出した。

もしや前回も、梢はこの神社を見に来たのだろうか――考えて、その推察は正しいだろうと駿は思う。千瀬の話によれば、この町にある神社は一つだけなのだから。


「お一人……ですか?」

「あ、いえ。前役所で紹介した、タケ――木内って覚えてます? 彼と一緒ですよ。今は飲み物を買いにコンビニ行ってますけど」

「ああ…あの人………」

「ちひろちゃんと……武藤君、だっけ」


名を呼ばれてぎょっとした駿は、前回名字のみを名乗っていたことを思い出した。よもや再び会うことになるとは思っていなかったので、呼ばれるのは少し妙な心地になる。

千瀬のほうは偽名を貫くつもりらしく、“ちひろ”に笑顔で頷いた。


「二人はもしかしてアメリカンスクールか何かの生徒なの?」

「へ?」

「前も外人さんが一緒だったし……今も、前の子達とは違うけど」


梢が視線をやった先にいるのはゾラとルカだ。前回彼女と会った時にいたのはロザリーとルードだったので、梢の考えも無理なはい。よって駿は、適当に話を合わせてしまうことにする。


「あー、まぁ、そんなもん」

「あぁやっぱり」

「……ハッ、シュンみたいな低脳がスクール? 君って確か高校中退して――」

「ああああぁあぁあぁ何でもないうるせーぞゾラ!!」


努力は情報屋によって一瞬で潰されそうになった(しかも名前まで呼ばれた)。突然の大声に梢は驚いたようだが、幸いにもゾラの声は聞こえなかったらしい。

ほっと息を吐いた後、駿が思い切りゾラを睨みつける。しかしゾラは微塵も怯むことなく、かえって強い視線を駿にぶつけ返した。


「僕らが何しに来たのか忘れてないだろうね? 君達いつまでもぐだぐだしてるなら、僕が進めるよ」

「進めるって――どうやって、」

「……そうか、君達にはわからないのか―――」


問われてゾラは暫し黙ると、すっと目を細める。


「この神社―――間違いなく、いるよ」

「……“いる”?」

「ああ。人間じゃないもの。尾花や女郎花と同じものの気配だ――――」


ゾラとルカには感じられるらしいそれが全くわからず駿は眉根を寄せた。それは千瀬も同様らしく、ただ成り行きを見守るばかりである。

するとゾラは数歩、菩提樹のそばに歩み寄った。その際に一瞬――ほんの一瞬だけ、偶然を装って梢の腕に触れる。人混み間のすれ違いでたまたま肩が触れ合うような、梢は気にもとめないような接触だ。


「コズエって言ったっけ? 君、ずいぶんこの神社に通い詰めてるみたいだけど――」

「えっ?」


刹那の間に彼女から何かを読みとったのか。ぽかんとする梢に向かってゾラは淡々と言葉を紡ぐ。


「どうして、君はここに来るの」

「それは……」

「君はここで、何を見たの?」

「…………何を、みた?」


どうしてそんなことを聞くんですか。問いかけた梢の声は強ばっていた。


「教えてくれ」

「……。」


ゾラの有無を言わせぬ様子に梢は押し黙ってしまう。見ず知らずの外国人――日本語は堪能だが――にいきならそんなことを言われたのだから、無理もない反応ではあった。


「……ここは思い出の場所なんです。それだけですよ」

「その思い出は、普通の思い出?」

「……だから、どうしてそんなこと」


これでは不信感を煽るだけだ。思って駿が制止の声をかけようとすると、意外なことに千瀬が先に動いた。


「あの、梢さん。あたし達、人を捜してるんです」

「人……?」

「はい。それも、ちょっと普通じゃない人、を。ここにいるはずなんです。何か知りませんか?」


その瞬間、微かに梢の表示が変化した。

瞳の奥を現れたその、一瞬の動揺を見逃す千瀬ではない。直感的に、これはひょっとするかもしれない、と思う。


「普通じゃないって……まさか……でも……」

「知ってる……いえ、あったことが、あるんですね……?」


言いよどみ、視線をさまよわせるばかりの梢が再び口を開くまで、千瀬は辛抱強く待った。ゾラもルカも何も言わずに成り行きを見守っている。


「……4年前に、」


そうしてぽつりと彼女が呟いた時には、数分が経過していた。


「この場所で、不思議な男の人に会いました。白い着物をきていて……私達に、永遠をくれると」

「永遠……」

「いえ、正確には……永遠をくれるのはこの菩提樹で、サトマさんはその説明を」


サトマさん?

鸚鵡返しに駿が訪ねれば、梢は小さく頷いた。


「その人の名前です。彼自身がそう名乗って――」

「ねぇ」


そこで割って入ったルカの声は、鈴のように澄んでいた。振り返った梢の顔を真っ直ぐに、ぬばたまの瞳が覗き込む。


「永遠は、もらえたの?」


ルカの質問はひどく単純で、しかし確信的だった。

梢は暫し逡巡すると目を閉じる。そして、静かにそれを肯定した。


「貰えましたよ。確かな永遠を。きっと、あなた達にはわからない形で」

「そう」


ルカは頷くとゆっくり菩提樹に歩み寄った。そして、


「この木を根こそぎ枯らしてしまったら、どうなるかしら」


と恐ろしいことを言う。


「だっ…駄目だよ!」


仰天した千瀬は慌てて制止の声を上げたが、一方でゾラがルカに賛同した。


「どう考えてもそのサトマって奴がここの主だろ? で、この菩提樹を宿り木にしてる――幽鬼の(たぐい)がよくやることだ」

「幽鬼って何ですかそんなものいるんですか」

「少なくとも人じゃないものはいるだろ。とにかく僕たちはそのサトマって奴に会わなきゃ行けないんだから。出てこないなら引きずり出してやるしかない」

「変なことしたら協力なんてしてくれませんよ! 絶対!」



言い争う面々を前に、駿はやれやれと首をすくめる。すると、梢が控えめに声をかけた。


「あの…せめて夜まで待ってみたらどうですか?」

「……夜?」


ゾラがすっと目を細める。続きを促され、梢はおずおずと口を開いた。


「近所の子供たちはみんな夜にここへやってきます。肝試しを兼ねてるからなんですけど……でも、私も彼に会ったのは深夜でした。 サトマさんは……昼間に現れるような人じゃない気がするんです。どこか不思議で……その、幽霊と見間違えましたから、最初」

「なるほどね、わかった」


ゾラが素直に承諾したので、千瀬はほっと息を吐く。しかし―――次の彼女の発言に、 思わず耳を疑った。


「じゃあ、今すぐ夜にしよう」


ど ん 。

瞬間、鈍い音とともに千瀬の身体は地面に倒れ込んだ。

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