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『これが私の世界だから』  作者: カオリ
第二章《模索》
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第二章《模索》:初陣(1)


千瀬は夢を見ていた。夢だとすぐわかるほどに明確で、矛盾した、リアルな映像。いつも夢見ていた光景。


寮生活の姉が、千瀬の誕生日の数日前になると必ず家に帰ってくる。そんな、少女の大好きな場面だった。片手に千瀬へのプレゼントを持った姉――百瀬は、千瀬と目が合うとくしゃりと笑む。


『姉さん』


声が反響する。ひどく静かなのだ。千瀬は自分によく似た面立ちの姉が笑う度に、自分にもそんな優しい顔ができるのかと不思議に思う。目に映る、いつも綺麗な姉の制服。


『あたしも、姉さんの高校に行きたいの』

『行けるわよ』


いつか。いつかきっとね。

百瀬は千瀬に優しかった。家の外の世界のことを、千瀬は全て姉から学んだ。千瀬はもっと知りたかったが、それは一族の鎖に邪魔されて叶わなかった。


『いつかこの家から、出してあげるから』


大好きな姉の声。そう言って、泣きそうな笑顔を浮かべたのはいつ?


触れた手は温かかった。――なんてひどい夢だろう。愛しくて悲しいのは、もう手に入らないことを知っているからだ。……だから、


『殺したのね、チトセ』


(これは、夢だ)


少女は墜落してゆく感覚に目眩を覚えた。

視界が暗転する。映像が歪んで消える。赤と黒が目の端を掠めた。音がうねる。ぴちゃ。ぽたり。ぴちゃ。涙の音? 血痕、誰かの手、堕ちる、どこに。血涙、回る、声、


『あたしのことも、殺したのね』


姉の顔。歪む、視界が。


(ダメ、)


血に濡れた壁、染まる、ナイフは何処? 刀を。刀を頂戴。

嗚呼、ほら見て。真っ赤に、紅に転がった。あれは何。



―――――姉さんの、首。







『黒沼の血を絶やせ』

『忘れるものか』

『忘れさせまいぞ』













「おい起きろ、チトセ」


千瀬を覗き込んでいる駿が眠たそうに一つ欠伸を零した。目の前の顔に少女は瞠目する。ぼやける眼で辺りを見回して、漸く千瀬は自分が眠っていたことに気が付いた。


「ここ、どこ」

「あ? 何言ってんだ」


寝呆けんな馬鹿、と少年は千瀬の頭に一発喝を入れる。ぱしりと良い音が響き渡った。痛い、と少女から呻き声。


「目ェ覚めたか」

「はい……」


気恥ずかしくなった千瀬は駿から視線を逸らす。起き抜けの醜態を曝してしまった。夢まで見ていたというのに。寝ている間に変なことを口走りでもしていたら、恥曝しも良いところだ。

そこまで考えて、ふと千瀬の中に疑問が生まれる。


「ねぇ、あたしを起こす前にシュン何か喋ってた?」

「……あん? いや、何も」

「……そう」


もはや少女の中で夢はその断片しか残っていなかったが、それでもその中に――恐らく目が覚めるほんの少し前に――声が聞こえた気がした。

姉のものでも、千瀬自身の声でもなく。母でも父でもなかった。祖父祖母従兄、全て違う。それなのに、聞いたことがあるような。


(何て、言ってたんだろう)


千瀬は首を傾げる。おぼろに霞む夢の破片からはその内容を拾いあげることはできなかった。きっと二、三日もすれば、夢を見たことさえ忘れてしまうに違いない。


「……そういえば、どうしたのシュン」

「何が」


まだ外は暗い。惰眠を貪っていても誰にも文句を言われない時間のはずである。

何で起こしたの、と千瀬が尋ねた瞬間、駿は大袈裟に溜め息ついてみせた。


「お前、よくこの騒音の中で寝てられるよな」

「え……? あ、あぁ」


漸く千瀬は合点がいった。金属のぶつかり合うような甲高い音が、部屋一杯に満ちていることに気が付いたのだ。そういえば耳が痛いような気もしていた――今更、だが。


――時刻は午前二時十七分。


「ほら、出るぜ」


召集を受けてから四日目。“監獄”の中に、《仕事》を知らせるサイレンが再び鳴り響いた。




*




夜の風を正面から受け闇の中を疾走するのは、コンテナーを積んだ一台のトラック。それは少々乱暴に街の中を走り抜けると寂れた路地に入り込み、静かに停車した。


「こんな街中でやるの?」

「ああ。わざわざ戦の場所なんか選ばねぇよ。どこであろうと仕事が入ればそこが戦場、ってな」


千瀬はコンテナーの窓から外の様子を伺う。名も知らぬ街はひっそりと眠りについていた。遠くに見える微かなネオンは歓楽街のものだ。他には何の明かりも見えない。月さえ、無い。


「こんなところに来るなんて」


小さな街だった。ルシファー本部でトラックに乗せられてから、ほんの一時間ほどしか走らなかったように思う。こんな場所で、今からたくさん人が死ぬ。


「この街を通ってルシファーに攻め入ろうって魂胆だろ。だから、その前に俺たちが潰すんだ」


あのサイレンが鳴ってすぐに集合したEPPCの面々は、ロヴから直接戦いの開始を告げられた。敵対者側がやっと動いてくれた、と彼は笑っていて。


敵はルシファーの傘下にあったはずのとある裏組織であった。ルシファー抹消を目論み、数十人の手練を送り込んできたらしい。

深夜時間帯であるのは、こちらと同じく“犯罪者”である敵が警察の眼を避けて行動を起こしたからだ。


ロヴはわざわざ向こうからやって来てくれるのを待っていたのだと言う。喧嘩は買い取り倍返し――それが首領たる彼の主義だ。

そしてこういう時こそその力量を発揮するのが《特別戦闘能力保持部隊“EPPC”》、まさに千瀬達の出番なのだとロヴは笑った。


――虐殺隊スローターの二つ名を欲しいままにする彼らが動く時。それは、“犯罪シンジケート”ルシファーが最もマフィアに近い行動を取る瞬間だろう。


「準備は」

「大丈夫」


千瀬は周囲を見渡した。今此処にいるのは、ジャンケンに負けたシアンとレックスを除いた五人である(この期に及んでジャンケン、髄分と呑気なものだ)。

残された二人は、街で始末し損ねてルシファーに潜入した敵を排除するために本部に残されていた。


『あーあ。折角久々の仕事だってのに、一番暇な役に当たっちまった』


千瀬は心底つまらなそうにそう言ったレックスの声を思い出す。居残りが決定した瞬間、彼はまるで子供のように不平不満を零していた。


どうして暇なの? そう尋ねた千瀬に向かってレックスは笑った。千瀬からすれば、たった二人でルシファー内部を警備するほうがよほど骨が折れるように思える。

それを告げると、千瀬の耳元に向かって小さく体を屈めながら彼は言った。


『――ルシファーに侵入した奴を俺たちが見つけるより、それに気付いた〈ハングマン〉が始末しちまうほうが早い。今回の任務は〈ソルジャー〉用だから〈マーダラー〉の連中は手を出さないが、〈ハングマン〉はな……』


すげぇんだ、あいつら。そう呟いて彼は笑った。

凄いって、なにがどう? 首を傾げた千瀬に、今にわかるとレックスは言っただけ。


――EPPCのトップに君臨する〈ハングマン〉、ルカとエヴィルの持つ力はどれほどのものなのか。その時の千瀬には、まだ何一つわかっていなかったのだ。

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