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『これが私の世界だから』  作者: カオリ
第六章《輪廻》
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第六章《輪廻》:ある姉妹の咎(1)

1ヶ月以上開いていたなんて……びっくりしました。



『 お姉ちゃん、 』


己を慕う妹の声が反響する。

嗚呼、ついて来ないで。あなたを、連れて行きたくない。いつもそう思うのに、声にならない。この喉を掻き切ったら、少しは何か変わるのだろうか?


『 お姉ちゃん、あたしが 』


違う。違うんだ。望んでるのはそんなことじゃない。

なのにどうしてその小さな手で、銃を握ったの?

引き金を引かせたのは、臆病な自分。


『 あたしが、守るからね 』


――――ただ、幸せな未来を見ていたかっただけなのに。








* * *







鈍いエンジン音が耳朶を打つ。目を閉じて追憶しても、沸き上がるのは後悔ばかりだ。

ロアルは顔を上げ、あてがわれた部屋の窓から外を見る。水平線に消えてゆく太陽が水面を燈色に染め上げていた。


「――それで、」


ルシファー本部へ向かうクルーザーの中。視界の端に映る少年か耐えかねたように口を開いたのを、ぼんやりとロアルは眺める。

シュン、という名前だったはずだ。武藤一咲の兄。優しすぎる兄。ロザリーに対しても自分よりよほど、その役目を果たしているように思う。


「そろそろ教えてほしいんだけど。意味わかんねーし、なぁ、ローザ……」


名を呼ばれた少女は片手で手首を押さえたまま、ふるふると首を横に動かす。はぁ、と駿は溜息を吐いて、助けを求めるように辺りを見回した。千瀬と目が合う。困ったような視線が返ってくる。


「仕方ないね。僕が掻い摘んで説明しよう」


ぱちん。手の中で折り畳み式のナイフを弄んでいたゾラがすっと立ち上がる。ロザリーの縋るような視線は綺麗に無視。まるでウィルヘルム姉妹に黙秘権はない、と言わんばかりの態度であった。


「世の中には三種類のタイプが存在する。常人(ただびと)――所謂“普通の人間”と、僕やルードのような異能者。それから、その“中間”」

「中間?」


アバウト過ぎる、と駿が不満げにぼやく。


「仕方ないだろう、本当に定義できないんだから。戦闘のエキスパートだという面から見れば、君たちだって“普通”だとは言い難い。チトセのように、存在の根底に“異能”が関与している特殊な例だってあるし――」


ゾラの瞳が千瀬を見、百瀬に移った。確かに黒沼の一族が普通かと言われれば、それは“否”だ。

……で、つまりさ。じれたように恭吾が口を開く。


「君はロアルも“中間”だと言いたいわけ?」

「そう。限りなく“異能”寄りの、ね――」

「その根拠は?」


曖昧な答えは許さない。言外にそう込めて恭吾が言えば、ゾラは心得たように笑う。


「まず一つ目。僕には触れた人間の本質を知る力があり、“同族”の判別が可能であること」

「……知ってる」


渋い顔で恭吾が呟いたが、千瀬からすればそれも驚きの事実であった。異能にも色々あるのだな、と今更ながら実感する。

ジェミニカのように物を爆ぜるものや、ロヴの“翻訳”。遠隔操作を得意とするルード、記憶除去の可能なミク。ルカのようにその力の正体すら曖昧な場合もある。


(でも、ローザのお姉さんは……)


力を一概に定義付けることは難しい。しかしゾラは、ロアルのもつ力を“予見”だと言い切った。よけん、とは何なのだろうと千瀬は首を傾げる。


「二つ目。その姉妹がルシファーにやって来た経緯」

「――え?」


思考に飲み込まれていた千瀬は、ふと聞こえた単語に疑問の声を上げた。情報屋という仕事柄、ゾラは知っているのかもしれない。しかし千瀬は――今更だが――ロザリーから、己の過去の話を聞いたことがなかったのだ。


「三つ目。二人の、ミドルネーム」


――――エレクトラ。

ゾラがそう呟いたのと、ロアルが立ち上がったのは同時だった。


「私が、」


銀を湛えたような瞳が揺れる。ロアルは意を決したように一歩前へ踏み出すと、そのまま傍らの妹へ向き直り――その身体を力いっぱい抱きしめた。


「私が、話します。私――」

「おね、……ちゃん、」


ロザリーの瞳が驚愕に見開かれた。わななく唇で姉を呼ぶ。

妹の細い手首に巻かれていた銀のブレスレットを、ロアルはするりと外した。


「私、だったんです。あの日、ルシファーに来るべきだったのは――私の筈だったんです」


その告白に、やはりとゾラは頷いた。君も、そうだったんだね。


「――君も己の責務を、妹が負ったんだね。そこの二人のように」

「ど……っ、どういう事ですか!?」


がたん、と激しい音がした。百瀬が立ち上がりざまに椅子を倒したのだ。


「……モモセ、」


ロアルが静かに窘めるが、黒髪の少女は嫌だというように首を振る。


「ロアは“学園”の生徒です! 私よりもずっと前からそこにいて、右も左もわからなかった私の面倒を見てくれた。ルシファーに妹が……私と同じように、いるって、そう言って……っ」

「そうだよ、黒沼百瀬。君と“同じように”ね」

「違うわ! ロアは何もしてない! ルシファーに行く必要なんてないし、私みたいに、罪を背負ってなんかな―――」


そこで百瀬の言葉は不自然に途切れた。ロアルの腕がまっすぐに伸びて、百瀬の手のひらを握りしめている。

二人の少女の視線が絡み合い――解けた。目をそらしたのは百瀬だ。ロアルの哀しげな表情を、見ていられなかったのだ。


「いいのよ、モモセ」

「だって、ロア――」

「私は確かに、何もしなかったの。何もしなかったことが咎なのよ」


その手を血で染めたのは、最愛の妹だった。

ゾラの言う通りだとロアルは思う。百瀬と自分は、悲しいほどに良く似ている。


「……私とロザリーは、ギリシャ地方の小さな村に生まれました」


ぽつりと零された言葉に、ゾラが満足げな表情を浮かべた。興味の対象をナイフから少女に移し、情報屋はゆったりとした仕草で席に着く。


「私達の村は――“魔女”の住処だと呼ばれていました。その土地に住む人々には不思議な力が受け継がれ、それが外部の人間に畏れられていたんです」

「それが――“予見”?」


恭吾が口を挟めば、ロアルは素直に肯いた。


「――予見とは未来観測さきよみの事だ。未来を知る力――予知能力、って奴だよ、チトセ」

「!」


わかっていないのがバレバレだったらしい。ゾラがにんまりと笑って解説したのて、千瀬は恥ずかしさに下を向いた。この様子だと、言葉の意味すら理解できていなかったのは千瀬のみのようだ。


「……村の中でも特に私の家は、予見能力を色濃く受け継いでいました。だから、私の家は村を統括する役割を担っていた。私達の言葉は村にとっての絶対で、信仰の対象だった――でも、」

「……でも?」


途切れた言葉の続きをゾラが促す。ロアルは困ったように小さく笑って見せた。


「あなたはもうご存知なんでしょう。……私の身体に眠る能力は、強力であるが故に制限がかかっていた。理由は私も知りません――」

「リミッターの詳しい内容までは僕も知らないさ。主に“儀式”のあたりとか――興味あるなァ」


黙って口を噤んでいたロザリーがきゅっと眉根を寄せる。


「……ゾラのばか。知ってるんじゃない」

「はは、良いじゃないか……みんなにも教えてあげようよ」


クッと口角を上げたゾラの顔に、愉しげな笑みが張り付いていた。そのままロアルの言葉を引き継いで彼女は言う。


「ウィルヘルム家の予見能力者には幾つかの決まり事があった。一つ、能力継承は女のみが行うこと」

「……だから“魔女”か」

「ああ。二つ、能力を発動する際には、鍵が必要であること。そして三つ目――」


ロアルがふと目を伏せた。その手にはロザリーが肌身放さず身に着けていた、銀のブレスレットが握られている。

ロザリーは空になった己の手首を、それでも癖のように握りしめていた。


「能力者になりうる娘の名には“エレクトラ”と名付け――エレクトラは、神話にのっとった儀式を行うこと」

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