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『これが私の世界だから』  作者: カオリ
第六章《輪廻》
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第六章《輪廻》:機械仕掛けの神様(4)

更新期間があいて申し訳ないです。なんともうすぐ連載3年らしい。いつまでやる気だ自分w……ごめんなさい、頑張って終わらせます!

「授業が終わったら来るってさ」


程なくして戻ってきた亮平は一人であったが、言付けを預かってきたらしい。どうやら黒沼百瀬はこれから授業に出なければならず(正規の呼び出し理由がないのでサボらせるのは難しい)、もう暫く待つ必要があるようだった。


「お前は授業いいのか」


駿が問えば問題ないと亮平は笑う。


「今日はもう授業ないんだ」

「なんだ、サボりかと思ったぜ」

「あっははは、ひでー!」


特殊な教育カリキュラムを組んでいるこの学園では、必要最低限の必修単位を除けば生徒達が自由に選択して授業を受けられる。つまり個人でその日の時間割が異なっているのだ。


「ま、俺はサボリも常習だけどねッ」

「威張んな」


授業は一コマが一時間半。百瀬の授業が終わるまでの間、駿は恭吾から――彼なりの優しさ、ではなく十中八九気紛れで――亮平と話す時間を与えられた。

千瀬達を残して亮平と二人、少し離れた場所に移動する。そこで駿はあの日起こっていた出来事を―――度重なる生徒達の不審死や亡霊と言われた“黒髪の少女”、そしてウォルディの最後についてを亮平に語り聞かせた。


駿が亮平に与えることのできる情報はあまりにも少ない。ルシファーや他の“裏世界”に関わる組織については何一つ教えてやれず、己の身の上すら語ることは叶わなかった。駿に出来たことはたった一つ、巻き込んだことへの懺悔のみである。

――それでも、


「そっか」


それでも亮平は、晴れ晴れとした顔つきで笑って見せた。


「話してくれてサンキュ、武藤」

「……、」

「俺はさ、馬鹿だし世間知らずだし、難しいことはわかんねー。だから、何にも気にしない。お前がどんなでも、何してても、俺は友達ダチだと思ってるよ」


言葉を失った駿は俯いて一つ頷いた。喉の辺りまで出かかった問いかけは、ついに口にすることが出来なかった。


(――お前は同じ事が言えるのか? 播磨)


俺が、人殺しだと知っても。








***









終業を知らせる鐘の音が聞こえてから暫し。待ち人は漸くその姿を現した。


「おー、来たね」


愉しげに言う恭吾につられて顔を上げれば、千瀬の目に懐かしいシルエットが飛び込んだ。

嗚呼、と思う。 最後に会ったときは悠長に眺める余裕などなかったが、少し痩せたかもしれない。


「姉さ……」

「お姉ちゃん!?」


しかし千瀬が彼女を呼ぶ前に、ロザリーがギクリと身体を強ばらせた。思わずあげてしまったらしい声は僅かに掠れている。


「……ローザ」


百瀬の隣を歩く彼女はこちらに気付くと、どこか少しだけ悲しげな笑みを浮かべた。ロアル・E・ウィルヘルム――ロザリーの実姉である。


「おや、君も来たのか」

「………。」


ロアルは一歩前に出ると――それは百瀬を背に庇う仕草にも見えた――恭吾に向かって無言で頭を下げた。二人に面識があるのかどうか、その様子だけでは千瀬には判断つかない。恭吾のほうは明らかにロアルの素性を知っているようだが。


「お姉ちゃん、どうして」


どうして来たの?

問いかけたロザリーの声音は固い。小さく震えてぎゅっと左手首を押さえる彼女の様子を、不思議そうな面持ちで千瀬が見つめる。

どう見てもロアルは百瀬の付き添いだ。ロザリーがそこまで過剰に反応するほどのことは無いように思えた。


「さて、モモセさん」


しかしロザリーの様子など恭吾には全く気にならなかったらしい。にこりと笑うと彼は単刀直入に話を切り出す。


「君に聞きたいことがあって来たんだ。悪いんだけどちょっと付き合ってくれるよね」

「――――うちの一族について、聞きたいんですか?」

「!?」


思わぬ百瀬の返答に皆揃って瞠目した。千瀬に良く似た黒目がちの瞳が、確信を湛えて真っ直ぐ恭吾を見つめ返す。

ぴゅう、とルードが小さく口笛を吹いた。


「聡い子は嫌いじゃないよ。……わかってるなら話は早い。どうしてわかっているのかも含めて、ゆっくり教えてもらおうかな?」


すっと目を細めた恭吾は捕食者の顔で笑う。それに臆することなく百瀬は頷いた。


「話します――こちらの質問にも、答えていただけるなら」

「俺と対等に取り引きしようって言うのか。面白いお嬢さんだね、君のお姉さんは」

「き、キョーゴ……っ」


そこはかとなく不穏な空気の中で話を向けられた千瀬は狼狽えてしまう。何かを知っているらしい姉とそれを聞き出したい恭吾、いつになく真剣な面持ちのルード。千瀬だけが事の重大さにいまいち気付けぬまま、話ばかりが展開してゆく。


(え? ええと、何コレ?)


そもそも今日この学園へ来たのだって、ろくに詳細もわからない状態での強制連行だったのた。拉致同然の勢いでクルーザーに乗せられ、「お前の姉に会いに行く」と言われた時の千瀬の驚きは想像に難くないだろう。


(でも、たぶん、あたしの記憶と関係あるんだよね?)


自分の周りを取り巻くように現れる“オミナエシ”の名を、ルードと駿が危険視していることはわかっていた。欠けている記憶と、夢で聞いた声と、老婆やユリシーズの忠告が全てそれを示していることも。

ただどうしても千瀬には、百瀬がそこに一枚噛んでいるかもしれない、という状態に現実味を感じられなかった。


――――事が黒沼の血筋全てを巻き込んでいるということに、否、元凶こそがその血にあるということに、この時まだ千瀬は気付いていなかったのである。


「部屋を用意しました――案内します」


そう告げて先導するロアルに全員が従う。自然な動作で横に並んだ百瀬が己の頭をそっと撫でたので、千瀬はびくりと肩を震わせた。単純に驚いたのもあるがそれだけではない。嬉しいのに何処か、不安を感じたのだ。


「ごめんね、チトセ」


やっぱり、私の、せいだ。

吐息に溶ける微かな声で百瀬が呟く。










***










亮平と別れてやって来た駿と途中合流し、案内された部屋はまずまずの広さを持っていた。

中へ全員を通してからロアルがしっかり内鍵をかける。


「この部屋は?」

「寮長の使う会議室です。鍵は今私が持っているこれだけ」

「ふぅん……」


コンコンと壁の厚みを拳で叩いて確認し、恭吾は一つ頷いた。


「いいだろう。―――さて、」


改まって視線を向けられた百瀬は僅かに表情を引き締めた。

まずは君の質問から聞こうか? 言いながら恭吾は室内の椅子を勝手に出してどかりと腰を下ろす。


「生憎こっちには言えないことも沢山あるんでねー。俺の口から言える範囲内なら答えよう」


言えない事って何? 陰でこそりとルードが訪ねる。ルシファー関連全般だろ、と返したのは駿で、千瀬とロザリーは固唾を飲んで恭吾のことを見つめていた。


「……聞きたいのは一つだけです」


暫しの沈黙の後、百瀬は静かに口を開く。一度俯かせた顔を上げて真っ直ぐに恭吾を見据える彼女の、掌は固く握り締められていた。


「私が今から話す事によって、妹は――チトセは、どうなりますか」


危険な目に、合うんですか?

真摯に問いかける百瀬は、姉の顔をしていた。ただ一人になった肉親を、たった一人の妹を、心の底から案じる姉。百瀬はそれ以外の何者でもないのだ。


「――率直に言おう。どうなるかなんて、誰にもわからないよ」


君はもう気付いてるかもしれないけど。着席したままゆるりと足を組み替え、恭吾はどこか困ったように笑った。


「君の大事な妹は既に危険の真っ只中だ。君が俺達に情報を提供することによって、何かマイナスの要素を呼び込む可能性はもちろんある」

「……、」

「ただしそれは逆も然り、だ。俺達がより詳しく状況を把握できていれば、君の妹を護ってやることだってできるかもしれない。仲間だし、努力は惜しまないつもりだけど?」


どうする?

試すような問いかけに百瀬はぎゅっと目を閉じた。それから小さく息を吐き、瞼を押し上げて恭吾を見つめる。

――無言の、しかし確かな返答を受け取った恭吾は満足気な笑みを浮かべた。


「じゃあ、今度はこっちの番だ」


すっと椅子から立ち上がった恭吾は一歩前へ出る。己より低い位置にある百瀬の頭に合わせて腰を折り、その黒い瞳を覗き込んだ。


「黒沼百瀬――君は、“オミナエシ”を知っているか」

「…………いいえ。けれど、」

「けれど?」

「――黒沼を陰から監視し支配する、何かがいることには気付いています。気付いて、しまった」


迷いなく告げた姉の顔を、千瀬はぽかんと眺めていた。


「――うちは、黒沼は、呪われている」

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