第六章《輪廻》:機会仕掛けの神様(3)
「一、女子寮に進入して攫ってくる。二、シュン君が制服着て、生徒のフリして会えるまで張り込む。三、銃で脅して正面から強行突破。さ、どれが良い?」
「どれも却下だボケ!!」
盛大なツッコミを入れて駿は嘆息した。
無事“学園”へ着いたものの、早々に問題が発生した。どうやって百瀬と話をするか、である。
正規の手続きと下準備があった前回とは異なり、此度の訪問は自分達の独断だ。身分を明かせぬ身の上では学園側に掛け合って呼び出してもらうことはできないし、女子寮に入るのも目立ちすぎる。
おまけに駿は、仮にも暫く生徒生活を送っていたのだ――顔だって割れている。
「え、駄目?」
何がいけないんだと言うように首を傾げ、ふむ、と恭吾は顎に手を当てる。
「うーん、じゃあどうしようか」
「俺とキョーゴが行くのは? 前の任務では来てないから顔もバレてないし」
ルードが提案するが、それは駄目、と恭吾は斬って捨てた。
「ちびちゃんじゃあ悪目立ちしちゃうよ。学業に従事するような品性は欠片もないし」
「ちびちゃんって言うな!」
憤慨するルードに、怒るところはソコなの? と小さく千瀬が呟く。
「それから、俺は行かない。メンドクサイから」
「お前なぁ……」
肩を落とした駿はぐりぐりと指でこめかみを揉む。頭が痛くなりそうだった。
言い出しっぺの恭吾は全くあてにならない。日本語の話せないロザリーを送り込むのも無謀であるし、まさか千瀬本人にいきなり姉のもとを訪ねろともいえなかった。
「ほんっと、どーすんだよ……」
寮棟はもうすぐ近くに見えていた。駿達が今いるのはあの、“箱庭”と呼ばれていた内グランドである。目的地を前にして、いつまでも隠れているわけにはいかないが――。
―――その瞬間駿の思考は断絶した。木陰から突然、何かが飛び出してきたのである。
「―――う、わッ」
「「「…………っ!?」」」
駿が声を上げると同時に恭吾がホルダーから銃を抜いた。ロザリーとルードも同様に反応し、三人が一斉に“何か”へ銃口を向ける。
飛び出したモノはそのままの勢いで駿に激突し、彼の身体を羽交い締めにした。
――人間、だ。身に着けているものからここの生徒であることがわかる。
「――誰だ」
恭吾が一段低い声で鋭く問いかけた。不意を突かれたとはいえ、駿の自由を奪われているのは由々しき事態である。只でさえこの学園には怪しい輩が入り込みやすいのだから、ルシファーの敵である可能性は十分あった。
しかしその緊迫した空気を、突如千瀬が打ち破る。
「ま、待って! この人――――!」
「……む〜と〜うゥゥゥゥ!」
地獄の底から響くような凄みある声で突然“それ”が喋った。
身体は拘束されたまま、背後から聞こえたその声の正体に駿も気付いたらしい。げっ、小さく声を上げた駿の顔は驚きと焦燥で歪んでいた。
「……は、はり……ま?」
「そうだよみんなの播磨君だよ〜」
にこにこにこにこ。極上の笑みを浮かべながら播磨亮平は、駿に回した腕の力をより強くした。ミシ、と身体が軋む音がする。
「俺、もう一度武藤に会ったら絶対殴ろうって決めてたんだァ……」
「な、んで、だよ!」
うっとりと言う亮平の腕を無理やり引き剥がし、駿は漸く胸一杯に空気を吸い込んだ。
「だってお前何にも言わずいなくなるし、知らないうちに学校側に転出届出してるし!」
「あ、ああ……」
「あの後ホンットに大変だったんだぞ! ウォルディがし、死んじまって、なのに何にも残ってないし、冬悟は俺の話信じないでずっとウォルディ探すし、挙げ句学園側に聞いたらウォルディは入学すらしてないことになってるし、他にも……!」
「それも、あの……悪かったよ」
「本当、お前が無事で良かった……! う、うぁぁぁあん武藤ぅぅ〜!!」
「お、おお……」
怒りの形相から一変、今度は(本当なのかフリなのかわからないが)泣きだした亮平を困ったように駿が宥める。
……彼がこうも翻弄される様を見るのは、ルシファーメンバーからすれば酷く興味深かった。
「いや、マジ悪かったって。謝るから、だからまずお前は自分の置かれた状況を確認しろ?」
「へ?」
駿に宥められた亮平は顔を上げてぐるりと辺りを見回した。恭吾、ロザリー、ルード、そして最後に千瀬の顔を見てから漸く彼は自分に突きつけられたままの三つの銃口に気付いたらしい。そして、
「きゃー!」
という女子学生のような悲鳴を上げて駿の背に隠れたのだった。
「……で、コイツはなんなわけ?」
「えっと……シュンの友達、かな?」
ひそひそと問いかけてくるルードに行って千瀬もこっそり耳打ちする。
微かな囁きでしかなかったそれを聞き取ったのだろう。ふぅん、と怪しく恭吾が笑う。
「つーかお前何でこんな所に……」
駿が呆れたように問いかければ、やっと落ち着いたらしい亮平が笑う。
「あ、俺? 昨日野球やってさー」
「は? 野球?」
「ホームランを二本打ったんだけど両方ボールなくなっちって。みんなが『責任もって探せ!』って言うから」
「探してたのか」
駿はそれで納得した。今いる場所はグランドといってもその端の端で、木々が鬱蒼と生い茂っているような所である。駿達が身を隠すために選択したここは、普通生徒が好んで入るような場所ではない。
「いや、探してはみたけど諦めて寝てた。ぜんぜん見つかんないし」
「寝………、平和だな」
「声がするから起きたら、武藤が見えたんだもん。びっくりした」
成る程な、と話を聞いて千瀬も思う。いくら気を抜いていたって、誰かが入ってくれば自分達は気が付く。その点最初からここにいた亮平は警戒の範囲外だ。眠っていたとなればその気配もほぼ周囲と一体化していただろう。
ただし恭吾が気付かなかった理由は確実に――彼にやる気がなかった為である。
「で、武藤お前は? 何でここにいるの」
「えーっと……」
駿が言い淀めば、困ったように眉を寄せて亮平は笑う。
「いーよ、無理に言わないで。また何か訳アリなんだな」
お仕事ってやつかー。そうだよな、じゃなきゃ戻ってくるわけねーもんなー。
呟いた亮平の肩を突然、ポンと恭吾が叩いた。
「そうだよ、お仕事さ」
「おい、イチハラ……?」
「播磨君だっけ? 良いところに来てくれたじゃないか」
にっこりと笑った恭吾の目は捕食者の色をしていた。
あ、もう逃げらんないねー。のんびりとロザリーが言う。
「せっかくわざわざ来てくれたんだから利用……じゃないや、協力してもらおうか」
「今明らかに利用って……」
「播磨君。黒沼百瀬って知ってる? 知ってるよね。呼んできてくれるよね今すぐ。あと人がいない部屋用意して。余ってるでしょこの学園なら、ね?」
有無を言わせぬ口調はどう大目に見ても「お願い」ではなく「脅迫」だった。突然のことに亮平は目を白黒させる。
「は、え、黒沼? 何で? つーか俺関係な……」
「お・へ・ん・じ・は?」
「はいィィィッ!!」
ゴリ、と眉間に銃を突きつけられて亮平はすっ飛んで行った。彼が真っ直ぐ女子寮に向かったのを見て、恭吾は満足気な表情を浮かべる。
「……おいイチハラ……あいつは完璧無関係の一般人だぞ」
「てゆーかシュン君、友達いたんだね。お兄さんは安心したよー」
「………。」
誰がお兄さんだ、と思う。しかし播磨亮平の存在が自分でも不思議な駿は、何も言い返せないのだった。