第六章《輪廻》:機械仕掛けの神様(1)
「――――“学園”へ行く!?」
「声が大きいよシュン君」
その発言で駿を仰天させた恭吾は、唇の前に人差し指を立てて素早くそれを窘めた。
「だ、だってお前……自分が何言ってるか」
「わかってるとも。だからこそ、だよ」
ロヴが目の前から姿を消して数刻後には、駿は“オミナエシ”についての情報をあらかた恭吾から聞いていた。
――東洋の魔女。ロヴが長年捜していた相手。それは駿が既にルードから聞いていた内容とほぼ相違ないものであった。
……ただ一点を除いては。
「オミナエシと呼ばれる“魔女”は数十年、もしくは数百年ごとに現れてきた。これは俺たちみたいな裏社会の人間なら知ってる奴も少なくない」
「……どうして知ってるんだ? あのロヴが捜しても見つからないような奴なんだろ」
「よくはわからないけれど、どうもオミナエシは時代の節目に現れては何らかの影響を周りに与えていくらしい。“裏”の勢力争いにも時々絡んでは、時の情勢をひっくり返したりした」
俺が思うに、と恭吾は呟く。
「“魔女”と呼ばれるからには、オミナエシは何らかの力を持ってるんだ」
「“能力者”ってことか? ロヴやルードや……イチハラ、お前みたいな」
遠慮がちに付け足された己の名を聞いて、恭吾はくすくすと笑った。人とは違う能力を疎ましく思う者もいるだろうが、恭吾は違う。むしろお陰で非平凡な人生を送れることを楽しんでいるのだが。
「そうだね。それもかなり強力な……ロヴや、下手すればルカ以上かもしれない。オミナエシが味方した組織には勝利が約束されたから、欲しがる者は多かった。けれど、オミナエシは常に歴史の表に出てくる訳じゃないんだ。いつの間にか消えていたりする」
「……。」
ルシファー以外の裏組織も、オミナエシを捜したことがあるのだろう。けれど見つからなかったに違いない。
(ルシファーが……ロヴが苦戦しているものを他が見つけ出せるはず無い)
ロヴには天下の情報屋、ゾラの力添えすらあるのだから。
話を聞きながら駿は脳内で少しずつ情報を整理していった。
「……ロヴがオミナエシを欲しがる理由も、戦力確保の為か?」
「わからない、としか言えない。ロヴはこの件に関してだけはずっと単独で動いてるから。ただ――俺は、違うと思う」
言い切って恭吾は悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「だって考えてみなよ。君たち〈ソルジャー〉のみの戦闘でもうちはほぼ負けなし。さらに上には能力者の俺たちがいて、最深部にはエヴィルとルカだよ。これ以上どんな戦力が必要なのさ」
「……だよなぁ」
駿は“学園”で見たものを脳裏に描く。アイジャという名の異能の少女が生み出した炎と、それを全て飲み込んだ水柱。あれこそが、ルカが体内に飼う悪魔の姿だった。
全てを消失させる水(の、ようなもの。あれが何だったのかは結局わからない)。物理攻撃を無効にし、触れればあらゆるものを溶かし、ルカが望めば硬化して刃となる。戦艦とてあれには叶わないかもしれない。
(あんなものを、どうやって、どうしてルカは……)
話を続けようか。考えに沈んでいた駿は恭吾に促され、ゆっくりと頷く。
「オミナエシが現れる背景には、必ず登場するある一族が存在する。それが“クロヌマ”だ。オミナエシはクロヌマ家が数代繁栄したころに現れ、一族の滅亡とともに姿を消す」
「――滅亡?」
共に話を聞いていたルードも目を丸くした。歴史を語るには些か不穏な単語である。
「“クロヌマ”と呼ばれる一族は元を辿れば、平安の時代から続く由緒正しい血筋だ。けれどそれはね、ずっと絶えず続いていたわけじゃない……いや、」
恭吾がすっと目を細める。鋭い眼光が刹那の間だけ煌めいた。
「“必ず絶える”んだ。何代か順調に続いたと思ったら、何の前触れもなく突然滅亡する。一族郎党、丸々死に絶えてしまうような事件が必ず起こる」
「……な、」
「けど不思議なことに、十年ほどの空白の後に必ず“クロヌマ”は蘇るんだ。死に絶えたはずなのに、子孫なんていないはずなのに、いつの間にかまた“クロヌマ”として生きる一族が現れる……不気味だろう?」
それが、その一族の血が、千瀬に流れているというのだろうか。問いかけた駿の声は掠れていた。
わからない、と恭吾は言う。
「黒沼千瀬が“クロヌマ”なのかはわからない。でもそうだと思ったから、ロヴが目を付けた」
「――やっぱりロヴは、わかってたのか」
「ロヴはチトセちゃんを見てたよ。彼女がルシファーに入るずっと前からね」
千瀬への“迎え”の速さは異例だった。やはり、と駿は呻く。
「……ロヴには“クロヌマ”が必要だったんだ、オミナエシに近付くために。その一族の終焉とオミナエシが現れる時期が、無関係のはずなかったから」
「まるで……」
小さくルードが声を上げた。自分の考えが正しいことを畏れるかのように、か細く言葉を紡ぐ。
「それじゃあまるで、オミナエシは“クロヌマ”を滅ぼすために現れるみたいだ……」
「――ルード、それって」
「真実はわからないけれど。でもさ、知ってるんじゃないかな? 本当の“クロヌマ”の生き残りなら、何か少しくらい」
恭吾がにこりと笑う。けれど駿はしばしの間の後、ゆっくり首を横に振った。
「……駄目だ。チトセは、あいつはほとんど覚えてないんだ」
「みたいだねぇ」
知ってるよ、と恭吾はのんびり言い放つ。何でそんなに余裕なんだ。悩んでから駿ははっと顔を上げた。まさか。
「生き残りはまだいるだろう? 彼女の、実の姉がさ」
「黒沼、百瀬―――!」
「どうすれば良いかはわかってるね? 幸いにもロヴのお陰で最近暇だし。チトセも連れて行くよ」
――学園へ、ね。
こうして駿は冒頭の叫び声をあげることとなる。
突飛な提案に焦燥を感じる一方で、しかしこれしか方法はないのだと駿にはわかっていた。
(滅亡する、一族。全て死に絶えるような何らかの事件が起こって――)
“学園”へ出立する日取りを決め始めた恭吾とルードをぼんやり眺めながら、駿は一つ思い出していた。
それはもう薄れかけた記憶の中、初めて出会った時のこと。今思えば酷いことを問いかけた自分と、
『 親類……ほぼ全部 』
皆殺しにした。
そう答えた、あの日の千瀬を。
* * *
――――足りない、と“彼女”は呟く。
力が足りない。何度も繰り返すうちに薄れていったのだ。でもまだ、やめるわけにはいけない。
――――赦すわけにはいけない。
何回だって消してやるのだ。滅びの苦しみを、絶える恐怖を与えてやるのだ。何度も何度も。生かしては殺すのだ。
――――どうして?
そんなこと、もう忘れた。憎怨の念だけが根深く残った。
「嗚呼、赦すまいぞ」
力が足りない。ならば、不足分は取り込んで補えば良い。
ちょうど良い材料があることを“彼女”は知っていた。
「けして赦すまいぞ――黒沼」
否、と“彼女”は嘲う。懐かしい呼び名を唇に乗せて、冷え切った外気の中に吐き出した。
「――黒縄よ……」