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『これが私の世界だから』  作者: カオリ
第二章《模索》
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第二章《模索》:THE TOWER OF BABEL(3)


ルシファーは犯罪シンジケートである。マフィアでもなければ暴力団でもない。かといって、一般的な企業とはまったく異なる活動をしている。

――あえてあげるならば、マフィアに近いのかもしれないと駿は言った。


「……よくわかんない」

「適当に流せ。実は俺もよくわかってねぇんだから……そもそもマフィアってのはイタリアのほうを中心に活動するらしくてな」

「なんで?」

「何でってそりゃお前……えーと……そんなイメージじゃん」


駿がしどろもどろになったところで、周囲から笑い声があがった。シュンってばお馬鹿さんだよねー、と笑って殴られているロザリーを横目に、シアンが続きを語る。


――そもそも“マフィア”というものはシチリアを中心に活動していた犯罪組織の総称で、現在はイタリア系の人間で組織されているグループが多い。ここルシファーでもEPPC内は様々な国籍の人間が集まっているように見えるが、《ポート》以下の構成員はほとんどイタリア系の人間を採用しているのである。(次に多いのはアメリカ人だ。)中には本当にマフィアの一派から引き抜かれた者までいるらしい。


「でね、さっきの男も例に漏れずイタリア出身だったわけ」


つまりあれはイタリア語だったということだ。何となく英語ではない気がしていたが、満足に学校にも通っていなかった千瀬にはその判別すら難しかった。


「……そこまでは、わかったけど」


千瀬の目の前で笑みを浮かべるシアン・エルフィールはイタリア出身の女性である。イタリア語は母国語だ。

――だから、何だというのだ。千瀬が一番知りたい核心の部分には、まだ何も触れていない。

少女の顔に不服が滲み出ていたのだろう、駿が苦笑を洩らした。


「ここからが本題。いいかチトセ、よく聞け。俺が省いた『暗黙の了解』の内容だ。――“EPPCのメンバー同士は、いかなる場合でも言葉が通じるようになっている”」

「……どういうこと?」

「そのまんまさ。シアンの話したイタリア語が、お前には日本語に聞こえてたってこと」


駿は静かに言葉を続ける。にやりと口元を歪めると、内緒話をする時のように囁いてみせた。


「ロヴが能力者だって話は、前にしたな?」

「聞いたけど……」


それが何、と続こうとした千瀬の言葉が不意に途切れる。一瞬とてつもなく突飛な想像が頭を掠めていった為だ。自分はこんなに想像力豊かだっただろうかと苦笑しそうになる。……そんなの、冗談に決まってる。


「まさか、」


まさかそんなこと。


「――これが、ロヴの力だ」



…………ありえない。




*




テレパシーって聞いたことあるだろと尋ねる駿に、千瀬は見開いた目を向けることしかできなかった。


「それに近いらしい。ただあいつの場合は自分の声を相手に伝えるんじゃなくて、他人と他人の言葉を繋いでる。自分以外の者の意志を、もう一方に伝えることができるんだ」


信じられない本当の話、と少年は笑う。彼がこれを千瀬に言わなかったのは、そのほうが面白いからだ。黙っていてもいつか気が付くことなのだから、その時の反応を楽しむつもりだった(けして説明が面倒だったからではない、ないはずだ)。

――その前にこんな事態を引き起こしてしまったのだから、それは説明を怠った駿の落ち度である。

千瀬に対して申し訳ないことをしたという気持ちは多少あったので、駿は出来うる限り細かく説明してやることにした。


「あいつの力が及ぶ領域テリトリーがあるらしいけど、少なくともそこから出ない限りは俺たちは言語には不自由しない。色んな人種が混じって生活してるからな、そうでなきゃ不便だろ?」

「けっこう広範囲に使用できるんだって。それで、」

「――その力をEPPC内に使ってるってこと?」


ロザリーの言葉を遮って千瀬が尋ねる。その通り、と駿は笑った。


「翻訳、全自動の通訳……トランスか。まぁそんなふうに思っとけば良い」


イチハラは《ホンヤクコンニャク効果》って言ってたけど。そう呟いた駿の言葉に千瀬は首を傾げた。何で蒟蒻?

シアンが続いて口を開いたので、少女の疑問は一瞬で流れ消えてしまう。


「私はここに来てから、英語とイタリア語しか話したことはないわ。千瀬の話す言葉はね、私にはイタリア語に聞こえるの」

「……ほんとに?」

「本当に。私たちの脳は、ロヴの力によって聞こえてくる声を会話の相手本人のものだと勘違いするんですって。――そういうふうに、ロヴが操作してるのよ」


不思議なんだけど信じるしかないのよねー、だって実際そうなんだもん。

からからと笑うシアンを唖然として千瀬は見つめた。どうやら皆、この現象にすっかり適応しているようだ。

ただし、と駿が言う。


「ロヴの力が働いてるのは俺たち特戦隊……EPPCの連中と、あとは《テトラコマンダー》だけだ。だからさっきのおっさんみたいな《ポート》以下の連中とは、元からそいつらと同じ言語を話す奴しか会話できない」


――信じられない話だった。だがそれ以外にこの現象を説明することはできないのだと、漸く千瀬は悟る。半ば無理矢理自らを納得させた。


(……あたしって馬鹿)


何故気付かなかったのだろうと千瀬は自分の単純さを恨む。明らかに日本人ではない人間がこれだけいるのに、全員が日本語で会話しているはずないではないか。


「……ねぇチトセ。“バベルの塔”って知ってる?」


ロザリーの質問に千瀬は首を横に振った。聞いたこともない。そもそも彼女の育った環境では、子供に昔話や神話の類を語り聞かせるといった習慣は存在していなかったのだ。


「……聖書に書かれている話」


口を開いたのはオミだったので千瀬は驚く。そういえば彼女は今日一度も言葉を発していなかった。


「全ての人間が同じ言葉を話していたとき、人間は天に届く巨大な塔を造ろうとして神の怒りに触れ、神は人々の言語を乱してしまった。その塔が神話に残る乱れ(バベル)の塔」


物語の粗筋を丸暗記したような簡潔な説明が、すらすらとオミの唇から紡がれた。何故そんなことを知っているのか聞きたいのを飲み込んで、千瀬はおとなしく耳を傾ける。

オミの解説にロザリーが頷いた。


「言葉を乱され――つまり、今まで傍にいた相手と意志疎通のできなくなってしまった人間達は、同じ言葉を話す者同士で集まって他の土地へ移っていくの。……今のあたし達にとって、ルシファーは“シナルの地”なんだよ」


しなるのち。聞き慣れぬ言葉を繰り返した千瀬は、銀髪の少女の瞳が憂いを含んでいたのに気が付いて口をつぐむ。


「差し詰め俺たちは、塔を造り上げている人間達ってところだ」


人間って言えるかは微妙だけど。と駿は笑った。


「ローザは英語とロシア語を喋ってる。ロヴはああ見えて博識でな、様々な言語を習得してるらしいぜ。ルカもあいつの影響で何ヶ国語かは話せるが、残りの連中は母国語のみだ。俺も含めて」

「……だからあたしたちは、もしロヴの能力が無くなったらバラバラになってしまう。“バベルの塔”の話みたいに」


ロザリーがぽつりと零した言葉には、淋しさが滲みだしていた。このまま泣いてしまうんじゃないかと千瀬は思う。そんなことはなかったのだけれど。


「俺たちの任期がロヴの命日までってのは、そういう意味だ。あいつが死んだら、俺たちは全員で英語でも勉強し直さなきゃならない。言っとくが、俺はそんなのごめんだ」


駿は天井を見上げた。そのさらに上にある、空を睨み付けている。

少年は言う。俺たちって中途半端なんだよな。犯罪者で人間だけど、他の奴らから見れば化け物だ。組織で地位を持った残酷な殺人鬼。でも俺はそれでいい。無力な人間より、ここで化け物でありたい。……だけどそれでも。


「俺達のやっていることがいつか神とやらの怒りに触れて、ロヴが死んだときは」


彼はゆっくり目を閉じた。その言葉を、なぜか千瀬は聞きたくないような気がした。


「化け物の俺たちは、何もできない哀れな“人間”に戻るんだよ」



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