第六章《輪廻》:間話−漆黒と白銀−
「――――ルカ!」
何重にも張り巡らされた鋼の扉を潜り抜けた途端、自分を呼ばう声が高らかに響いた。同時にどん、と軽い衝撃を身体に受け、ルカは小さく笑う。
「ルカ、ルカだ。やっと来てくれた」
「久しぶりね」
ルカにしがみついた子供は真っ白い髪をしている。雪の色をした睫毛に縁取られた目は血の色が透けて真っ赤だ。色素欠乏――所謂アルビノである。色味だけを見れば、ルカとは綺麗に真逆だった。
「どうしてしばらく来なかったんだ?」
「本部が移動したの。日本だから、ロヴのジェット機で来たけど結構かかったわ」
「ふぅん……またロヴの気まぐれか」
響く声は柔らかく高い少女のものだが、やけに老成した喋り方をする子供だった。背丈が自分の半分しかない彼女をあやすように、ルカは白い髪を撫でる。
「気まぐれ……そうかもね。探し物を見つけるためなんだけれど、ロヴの事だもの。また飽きて止めちゃうかも」
「どうでも良いよ。どうせ私の出番はないのだろう?」
「……そうね」
申し訳なさそうに苦笑するルカを見て、少女はにこりと笑う。
「良いんだ、私の仕事は無い方が良いから。でも最近は特に退屈だよ」
「退屈?」
「そう。“ラムダ”や“カイ”はいつ帰ってくるんだ? “オミクロン”は仕方ないが、他のやつは戻ってきてくれないと……遊び相手がいない」
その瞬間だけ年相応の表情を見せる少女が何だか可愛く思えてルカはくすりと笑う。不思議だった。そんな顔をする彼女をこうして見るのは。
「“カイ”達にはまだ仕事の事後処理をやってもらってるのよ。でももうじき帰ってくるわ」
「本当か?」
「うん。昨日報告が来たから、必ず。“ベータ”や“ファイ”、“シグマ”も戻ってくるわよ――オミだけはまだ、こっちで働いてもらう予定だけど」
そう言えばぱっと少女が顔を輝かせる。嬉しげなその様子に、ルカも笑って頷いた。
「そうか、そうか。楽しみだ」
「これであなたの退屈が紛れれば良いけど」
「大丈夫だ。だから、ルカ――」
刹那、少女の瞳がすっと細められる。
「私を働かせるなよ、ルカ」
「……ふふ。あなたは一応、仕事上は私直属の部下なんだけど」
ルカは曖昧な笑みを浮かべた。サボタージュを希望する発言で無いことは明白だった。少女が何を言いたいかなど、彼女に課せられた使命を考えれば嫌でもわかる。
……わかるからこそ、ルカにはイエスと言い切ってやることができないのだが。
「ふざけてなどいないぞ? 私は“終焉”なんだ」
「わかってるよ。あなたは優しい子ね」
ルカは小さな身体を抱き寄せる。黙ってされるがままになる彼女の髪を指先で掬い上げ、そっと唇を寄せた。
「でもその時が来たら、ちゃんと働いてね」
「――、わかってる」
それは祈る仕草によく似ていた。
「……約束よ、“オメガ”」